そうだ!異世界に行こう!!

 人生百年時代。永くなった人間の寿命の中で、一体幾つの転換期と言うものが存在するのだろうか?


 学業の躍進、就職、結婚、出産……と、挙げたらそこそこの転換期と言うものが存在する。


 その中の最たるものが『結婚』である。


 何故って?だってこれは、一人からの生活に変わるんだもの。


 人生最大の転換期。これがスタートが順調なら、ひとまずは安泰よね。


 だけどもし……この時に、不測の事態に見舞われたならどうだろう?



 思考は、『何で!?何でなの!?』『どうして?何がいけなかったの!?』自問を繰り返すのよ。




 例えば、こんな風に…………。





 ◇◇◇




 関東某所。都心ほどでも無いものの駅前のオフィス街と言うものはそこそこに建ち並び、栄えているものだ。

 そんなビルの中のオフィスの一つ。そこが私の職場。本社は都内に有る総合商社の支社で、中々に大手の分類なのだ。


 ほんのりクリーム色の壁紙に白色のLEDライトが職場を明るく照らす。


 所々に置かれた観葉植物とサイドテーブルのガラス花瓶に飾られた季節の切り花が、煩雑な仕事のストレスの数少ない視覚からの癒しだ。


 夕刻、就職時間直前。職場の仲間に取り囲まれ、暖かな(一分怖い視線を送る人は居るけど)拍手と共に差し出された花束を受け取った。


「今日で、堂城真理たかぎまりさんが最後の勤務となります。結婚おめでとう、寂しくなるなぁ。……明日から有休消化だっけ?結構残っていたでしょう?」

 上司である課長の吉田さんがそう祝福し、花束を寄越してくれた。


「そうなんですよぉ。だけど休みでも忙しいんですよ?」


「あっ!忙しいって、結婚式の準備?それとも新居への引っ越しかなぁ??」

 二つ上の先輩矢田さんが、からかいがちに言う。

「あははっ。実は、そうなんですよ。引っ越しはこれからなんで。結婚式の準備は、ほぼ終わりです」


「じゃあ、次に合うのは結婚式かな?招待状待ってるよん!」

 これは、同期の仁科久美ちゃん。

 拍手の後、取り囲まれて暫くそんな会話をしていた。


 退職を名残惜しむ声もあったけど、婚約者の桜掴良治さくらづかみりょうじは『結婚したら、俺が帰ったときには、家にいて欲しい』って言うものだからフル勤務、残業ギチギチの今の職場は退職することにしたの。

 良治も営業でそこそこの収入が有るみたいだし、暫くは楽をさせてもらおうかな?時期を見てパートか何かで短時間でも働くのも悪くないし、何か趣味のサークルにでも入るのも悪くは無いわよね。




 そんなわけで、家に帰宅しました。


 今日は、良治が家に来る。結婚も式の日取りまも決まって、来週新居に引っ越すまでお互いの家を行ったり来たりしているの。


 で、今日は良治が私の家に来る番の日なのよね。だから、張り切って夕飯の支度をしなくちゃ!


 今日は、良治の好きなハンバーグ。中にチーズを入れるのが最近のお気に入り。コンソメスープとサラダと、食後にシャーベットも買っちゃった♪


 ああ、不味い。式までに太らないように運動しなくちゃ。明日から時間はたっぷりあるから、全然問題ないよね?




 ピンポーン♪♪♪


 弾むように聞こえる、幸せのチャイム!

 きっと良治だ♡


「は~い♡」


 ガチャ。


 開けたドアの向こうには、やっぱり良治の姿が。

「お帰りなさいあなた♡お仕事お疲れさま♡……なんちゃって♪気が早いかなぁ~??」


 自分で言ってて恥ずかしい!穴があったら入りたい!!……けど、どうよ、どうよ?どうなのよ!?良治~♡


 そんな私の気の早い出迎えに、良治は戸惑った表情を浮かべていた。


 何よ、照れちゃって~!何か言ってよね。私だって、結構勇気だしたんだからぁ!!


「……………………うん。ただいま」


 良治は、私が勤務先のビルの上の階の会社で営業をしているの。元バスケの選手だけあって、身長は199センチも有る長身なんだよね。顔はイケメンかと言うと、そこまでは言えない。だけど精悍な顔立ち、そして良く気が付いてくれて優しいの。



「さ、入って。ごはんもう準備出来てるの。凄いでしょ!?偉い?」


 結婚を控えていると、こうも高揚感と言うか、待ちきれない気持ちが先走るものなのか、我ながら……バカップルのバカのほうに片寄ってるなーと、思いつつやってしまう。


「ああ。凄いな、張り切って作ってくれたんだね」


 ズラリ、並ぶおかずに良治は静かに……と言うか暗い?そんな様子に、何となく違和感は感じたのよ。


 …………まさか、良治がマリッジブルーに!?私のテンションがおかしいせいかな!??


「良治……?どこか調子悪いの?」


「いや、何でもないよ。……さ、食べよう、腹減っているだろう?」


 そう、お腹は物凄く空いてるの。何せ今の時間は夜の八時。これ以上遅いと確実にカロリーオーバー。贅肉になる。

 減量は……摂生は……明日から頑張ります!!




 食事を終え、後片付けも済んだ。どうしてだろう?何時もと良治の様子が違う。何かがおかしい……。

 何がって、まず笑わない。

 ううん。表面上は笑っているのよ。だけど、本心からじゃない。


 ちょっとした違和感。だけど、どうしてだろう。なんか、凄く不安なんだけど…………。


 どうして…………?


 


「真理。……話が有る」

「なに……?」


 真剣な顔。だけどその中に不安を宿す、こちらの顔色を窺うような。そんな目を向けての話って、一体なに?


「すまない!!」

 突然、がばっと勢い良く頭を下げて、良治は謝罪の言葉を口にした。


「なっ……何?(何よ、何処かのドラマみたいな結婚前に浮気を懺悔するパターンのシュチュエーションは……)」


 浮気……。浮気かな?ただの……浮気よね??結婚前に、魔が差したとか……。

 あ、でも嫌かも。浮気したの懺悔して許してもらってスッキリ結婚生活?……いやそれは、無理……だけどもう、式の日取りも決めちゃっているし……。


「すまん、真理。お前とは結婚出来なくなった。…………彼女に、子供が出来たんだ」


「えっ…………?(彼女?彼女って誰!?)」


 何……言っているの?嘘よね?

 私達、結婚の日取りも決まっているじゃない。それなのに……何で?何でなの!?


「ごめん。隠すつもりじゃなかったんだ……。その、一時の気の迷いと言うか、真理に不満が有ったとかじゃなくて……」


「何……言っているのよ。私達、結婚する日取りも決まっているのに……今更無しに何て出来るわけ無いじゃない!」


 ……仕事だって、退職願いは受理済みだ。

 結婚したら家庭に入って欲しいって、良治が言うから……だから…………それなのに何で…………。


「仕事だって辞めたのよ!?結婚が無しになったら、私はどうすればいいのよ!?ふざけないでよ!!……いつ?何時からなの!?……その女とはっ……!!」



 矢継ぎ早に責め立てた。だって、本当に何が起きているのか私は分からなかったのよ……。


「一年前だ。でも、もう三ヶ月前にはキッパリ別れたんだ。だけど、先週……呼び出されて子供が出来たって、俺の子だって言うんだ」


 否定出来ないのは、身に覚えが有るから。


 それにしても、その相手とは一年前からか。




 …………よりにもよって、一年前。


「どうして……?よりにもよって、一年前何て…………私が、実家に戻っていたせい?」


「すまない!寂しかったんだ。二ヶ月……君が大変な時だってわかっていても……俺が弱い男だったから……」


 何よ、浮気したのは私のせいだって言うの?

「何で、よりにもよって一年前なのよ。何で、になった時期に浮気するのよ!!相手は……誰?私の知っている人?」


「浅川…由依さん。同じビルに勤めてる。真理の会社の……受付をしてる……」


 よりにもよって!?同じビルって……。


 しかも、同じ会社!!?


 ………………。



 ………………。



 ………………あの子か!!?




 真理の脳裏には、今朝の出来事が浮かび上がる。







 朝、ビルのエントランスで茶髪で小柄の可愛らしい女に有った。面識はある。同じフロアだもの、朝の出勤時間が比較的近いからそこそこ行き合う。


「おはようございます。堂城さん!!」


 人懐こそうな肩に掛からないくらいの短めボブに緩いパーマをかけた可愛い子。


「おはよう。……えっと浅井さん…だったよね?」

「うふふっ♪うれしぃ~!ちゃんと覚えててくれたんですね?私の名前♪」


 名前を呼んだ途端の、弾けたような笑顔。好感の持てる、明るくて人懐こい声音。そんな様子は老若男女問わずに、受け入れやすいんだろうな…。


「ふふっ…。そうね、私も少しはキャリア持ちだから、その辺は…ね?」


「凄いなぁ~!堂城さんならバリバリ働いているんでしょ?私なんてぇ~、ちょっと体力に自信が無いから受け付けだけなんですよ~。お仕事任せてもらえるの」


「受付だって立派な仕事じゃない。云わば…そうねぇ。会社の顔じゃない?」


「きゃ~!堂城さんたら、おだてるの上手いんだから♪だからお仕事もバリバリこなせるんですね!?今期売り上げナンバーワン!!今回も堂城さんですよね?」


 え……?何でこの子うちの部署の情報知ってるの!?


「あ~。今期は…無いかな。ごめんね折角誉めてくれたのに、実は今日までなのよね。ここで働くの…」


「寿ですか!?結婚?相手は?イヤーン凄いなぁ!仕事も出来て、結婚の幸せも掴んじゃって…。少しぐらいは、私にも幸せを分けてくださいよぉ~!!」







 そんな風に、言っていたのに……。



 あの子もあの子だわ……。私の結婚相手が、良治だと知っていてあんなこと言っていたの……?

「何なのよ……それ………」


「すまない……」



「何なのよ、それはーっ!!わあああぁぁぁぁっ……!!」


 良治は、本当にすまなさそうな顔をしていた。だけど、謝っても心の傷も受けたショックも消えないし、全てを取り返そうとしたって、時間は巻き戻らない。


「細かい話は、またするから慰謝料とか……キャンセル料とか……」


 聞きたくない、聞きたくない!!

 だけど、どうしよう。もう引っ越しの手配だって済ませているのに……今更引っ越しキャンセル、アパートも契約更新出来るかしら?

 それに、幾ら両親の遺産が多少は有るとはいえ、これからの生活だって有る。


 何時までも傷を引きずって閉じ籠れもしないだろうし、再就職…………。



 お金は……必要だ。


「分かった……ちゃんとしてね」


 もう、良治の顔も声も聞きたくない!!

 一番弱っていた時に、『寂しいから』『遠くにいたから』で、浮気した?



 ふざけないでよ!!ふざけるな!!ふざけるな!!ふざけるな!!




「うわぁぁぁーーー…………」



 何なのよ!!良治のバカ!!クソッタレ!!




 気が付いたときには、いつの間にか良治は帰っていた。一人取り残された私は、ただ部屋のなかで泣き続けて……。





 一人で、部屋にいたくない。深夜、朝方までやっている居酒屋で、何時も以上のペースでお酒を飲んだ。

 賑やかな店内。まだ飲んでいる酔っぱらい達が、賑やかに騒いでいる。

 喧騒の中にいれば少しは気も紛れるかと思ったけど、実際はフィルター越しに音を聞いているようで……良くは聞こえない。


 ああ、ダメだ。全然気が紛れないや。


 店を後にして、町中をさ迷うように歩き続ける。酔っていると言うのに、足元はフワフワとはせず、泥の中を掻いて歩いているような気分だった。


 暫く、喧騒を離れ静かな道を歩いていた。駅前の広場の片隅。こんな時間だと言うのに路上に黒い布を敷き、色鮮やかな小物を販売する男がいた。

 全身灰色のローブのような物をかぶり、特に対した客引きをしている風でも無く、商売する気有るのか?と、疑う光景でもあった。


「お嬢さん、どうかならいましたか?」


「お嬢さんって……(何時の時代の客引きよ……)別に、ちょっと嫌なことがあっただけよ」

 まさか、結婚がおじゃんになった……しかも相手の男が浮気した挙げ句、相手の女が身籠るとか……。


「左様ですか?では、気晴らしに一つ。こちらの鏡は何でも願いを叶える……特別な鏡だそうで、もし宜しければどうですか?まぁ、願いが叶えられるかは、鏡次第……みたいな物なんですけどね」


 なんて、注釈つき。一応、商売する気は有ったのかとか、変な関心をしてしまったし……。


「なら、一ついただこうかしら?これは幾らするの?」


 男が勧めて来たのは、高さが90センチ位で、幅が40センチも有る壁掛け鏡だった。

 いや、正確なところはわからないけど、そのぐらいは有るのだ。


「二千円で良いですよ」

「ぅうっそっ!?ほんとおにぃ??」



 縁は、ヨーロッパ調な凝った装飾が施されていて、綺麗だった。


 酔っていたのだろう。何時もより多く飲んでいたし。


 何かに縋りたかったのだろう。




 だって、良治が…………。




 酔いながら、大荷物を持って家に帰ると倒れ込むようにベッドに沈んだ。



 流石に飲みすぎだ。目が回る……。



 ぼんやりと、抱えて持ち帰った鏡を見る。


 何が……願いを叶える鏡よね。こんなのになんの価値が有るって言うのよ!!



 ああ、どうしよう。仕事だって辞めて、元の職場に頭下げる?まさか、同じ建物に良治がいるのよ?


 あの女だって…………。



 ……再就職?とてもじゃ無いけど、今すぐそんな気になれないよ。




 何もかも忘れたい…………。



 全て、無かったことにしたい…………。




 部屋の隅、本棚の中に昔読んだ本のタイトルが視界に写り込んだ。


『異世界に召喚されて聖女に成りました』


『そうだ!田舎に行こう!!』



「異世界…………」


 それと、田舎か…………。



 傷心旅行何て短期間じゃ、このダメージは癒えないよな…………お金だってそうは続かないし……。



 田舎に行くみたいに…………。




 気軽に、異世界に行けたらな…………。




「異世界に行けたらいいのに…………」



 辛い現実を忘れるために…………。




「そうだ!異世界に行こう!!……何てね。有るわけ無い…………」





 シュパパパパアァァァ――――――!!!







「何?……まぶし…………!!」



 酔いながら、持ち帰った鏡が光だし、私はその光に飲み込まれた。


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