第7話

 意見には理由を言う。そのルールが適応されて話し合いの姿勢は変わった。


 それでも女子生徒から吹き出る不満は消えてはいなかった。

 むしろ、自分たちの言語化できない不快感を蔑ろにされたためか敵意すら感じられた。


 大多数の女子を敵に回してまで自己主張をしたがる男子も少ない。


 愛泉手あいみてに限らず、この学級会が終わってからもクラスメイトであることは続くわけで、無理にこんなところで波風を立てようなんて者がいないのは当然かもしれない。


 そこに一人の女子生徒が手を上げた。


 その女子生徒、瀧野たきの乙羽おとはは、ボクの印象では取り立てて目立たない一般的な生徒だった。

 ちゃんと話したことはなく、何度か当番などの必要事項を交わしたことくらいしかない。


 休み時間は仲の良い三人くらいの小規模なグループで固まっている。

 みんなが笑うときには笑うし、トイレに行くとなれば一緒にいく。

 逆に言えば、目立たないレベルで女子っぽい水準をクリアしているわけで、身の回りのものは好きな色なのかブルー系で統一されているし、シュシュだのゴムだの、男にとってはそんなに数が必要なグッズなのか、というアイテムもきちんと揃えている。


 髪型も、コレと決まったものがなく、その日の気分によって変えたり気を使ってるようだ。

 授業中は小さな鏡で肌の状態をチェックしていたり、女子であることを逸脱しない。

 過剰ではなく、存在感もないけど、手は抜いてない標準的な女子といった感じ。


 人呼んで『丹精込めて作った麩』といったところだ。


「私は反対です。なぜならこれは差別だからです。裸を見せたいなんてことはスタイルが良いから言えるのだと思います。スタイルの良くない女性の気持ちを無視して傷つけています」

「そうそう」


 女子生徒たちは瀧野の言葉に、我が意を得たりとしきりに頷く。


「瀧野はオッパイ小さいってことかー」


 誰が言ったかは判別がつかなかったが、男子生徒の声でそんな野次が聞こえた。

 やばい、また荒れるな、と嫌な予感がしたところで山菓やまがが厳しい声で告げる。


「意見があるのなら挙手をして言ってください」


静まり返った教室で瀧野が再び手を挙げた。

言葉には怒気が混じって強く呼吸を乱しながら言った。


「私は胸が小さいです。悔しいですし、いつも気に病んでます。それどころか、別に言わないけど自分で嫌いなところなんていっぱいあって。でも、どうしようもなくて。なのに、そんなこと悩んだこともない人が、裸を見せたいだなんて言って。あなたがただ生きているだけでどれだけの人が傷つけられているか。比べられ、惨めな気持ちになる気持ちなんて考えたこと無いくせに。裸になったら余計にそう。スタイルの悪い女子は、今後男子からどんな目で見られると思うの。勝ち組にいるから言えるだけじゃない。そんな我儘を聞く理由なんて一つもない!」


 口を開いた時から、その声は湿った鼻声になっていて、ところどころで瀧野は泣きそうになっていた。


 なんとか自分を抑えつつ、所々で感情的な部分が漏れる様は、聞いている者の胸を締め付ける主張だった。

 そこには、自分自身の存在について悩みながら、頑張って肯定して前を向いている思春期の女子の姿があった。

 目立たないだとか、存在感がないとか、麩だとか、今までキャラクターの薄さくらいしかボクにとっては感じられなかった女子が、そこに急に立ち上がったことに驚き、そして申し訳ない気持ちになった。


 そんな瀧野の姿は、女子生徒の中に強力な結束感を産んだらしい。男子生徒の中には俯いて険しい顔するものもいた。


 誰かが拍手をして、やがてそれはまばらに広がり、しかし教室全体を包むというわけでもなく収束した。


 キモイ。という感情論を使えなくなった女子生徒たちは、感情的ではあったがきちんと理由のある自分たちの気持ちを代弁してくれた瀧野の言葉に賞賛を送った。


「そんなことない! オレは、お前の裸みたいよ!」


 教室のどこからか男子生徒の声が上がった。


「意見をいうなら挙手をしてください」


 山菓はいつも通り諌める。


 男子生徒の一人、住ノすみのえ軒士のきしが手を挙げた。

 真面目な印象のある男子だ。

 かと言って、ガリ勉というようなマイナスイメージはなく、そつなく成績がいい感じ。

 運動も得意ではないけど、爽やかさがあるせいか蔑まれる感じでもない。


 それがたまに話をすると興味を引くような面白い一言を言うことがある。

 毒舌と言うほど過激ではないが、ピリッとスパイスの効いた感じの発言をする。

 

 女子の中にも、その面白さを認識している者はいて、男女構わずあんまり嫌われないタイプだ。


 人呼んで『無味無臭のカレー』といった感じだろうか。


 住ノ江は、座ったままクラスを見回すと華奢なメタルフレームのメガネを直して言った。


「俺は、瀧野の裸が見たい」


 住ノ江の発言はそれだけだった。


 教室の中には「あの住ノ江が?」と言った半笑いの空気すらあった。


「な、何言ってんのよ」


 瀧野が顔を真赤にして机を叩いて立ち上がった。


「オレも見たい!」

「オレもだ!」

「見たい! 頼む見せてくれ」


 瀧野を侮辱するような感じではなく、どこか応援するような男子生徒の声が端々から上がる。


 ついに瀧野は両手で顔を覆う。


 泣きだしたか、と不安になる中、瀧野はすぐに両手を振り下ろした。


「馬鹿言わないでよ。なんで見せなきゃ、だいたいあたしの身体なんて……」

「いいや、見たい。オレはお前の裸が見たいんだ」


 住ノ江は着座のまま、瀧野を見上げるように言った。


 瀧野は押し寄せる感情を飲み込むようにぎゅっと目を閉じる。


「……以上です」


 目を開いた瀧野は、呆れたような、それでいてすっきりしたような笑顔をこぼすと着席した。

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