第3話 徒労

 その日より冴木所長と溝呂木はアルゲンマスクについて詳細な分析に取り掛かった。他の所員たちは外で調査を開始する。


 が、調査の手ごたえは芳しくない。アルゲンマスクについて何らかの問題があると考えているものは一人もおらず、その性能についても疑う者はだれ一人としていなかったのだ。また、これによって不正に利益を得ている者も、SSTLの調査で浮かび上がってくることはなかった。


 また試験所での調査分析についてもこれといった結果は出ていなかった。ウィルス吸着死滅剤のアルゲニスチウムやその他の繊維、果ては耳にかけるゴム紐まで調べ上げたが、健康被害を示すものは何も見当たらない。何の手掛かりも得られぬまま一週間が過ぎようとしており、SSTLの面々にも焦りの色が浮かび始めていた。


「あーあ、今日も何の情報もありませんでしたっ、と」


 ソファにドカッと腰を下ろした檜山が苛立ち紛れに大声を出す。


「まるで返ってくることのない石ころを投げてるようなものですよ。これってなしのつぶてってやつですよねほんと! ねぇチーフ」


 向かい側のソファで指を組んで座っている溝呂木チーフは何かを考えこむような顔で応える。


「うん。だがあの手の込んだ電話を考えると、やはり何かあると考えるのが妥当だろう」


 檜山が身を乗り出した。身振り手振りで自分の考えを強く主張する。


「それですよそれ! あれ、逆に考えると手の込んだイタズラだったんじゃないですか?」


「そうと決めつけるの早いんじゃないかしら? 午朗ごろうさん」


 檜山の背後に立つ浅川が少しきつい声でやり返す。


「いやしかしだね、これだけ調べ上げても何も出てこないんだから――」


「だったらもっと調べてみればいいじゃない」


 苦虫を噛み潰した顔で頭をかく檜山に溝呂木が笑いかける。


「千紗ちゃんに一本取られたな午朗。確かに無駄骨に終わる可能性はある。だが電話の主は何か深い事情があって俺たちに一縷いちるの望みを託したのかも知れない。ここは大いに無駄骨を折ろうじゃないか」


 檜山が諦め顔でソファに身を預けはいはい、と答えたところで事務所に冴木所長が入ってきた。特にそう言った定めがあるわけでもないのに全員が起立する。冴木の顔にはやはり疲労の色がにじんでいた。冴木は溝呂木に声をかける。


「ああ、楽にして。そちらの結果はどんな具合だい?」


「いや、それが何もめぼしいものはなく。所長の方は」


「ん、うん。それがこちらも何の成果がなくてね」


 冴木所長はふうっ、小さなため息を吐いて後ろ手を組んで天井に目をやる。


「ここはひとつ本丸を突いてみる他なさそうだな。ああ、それと沢田警部に連絡を取ろう」


 全員に緊張が走った。

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