第40話 経験値①


「ね、猫が喋った……!?」


「ようこそ、冒険者ギルド『アリアンロッド』へ。さあ、お話をしましょう」


 驚く俺を余所に、黒猫はシュっと机から降りる。


 次の瞬間――黒猫の姿はみるみる変化し、幼い少女へと変貌した。


「初めまして、アイゼンちゃん。アタシはメラース・アイルーシカ。冒険者ギルド『アリアンロッド』のギルドマスター……なんて自己紹介は不要よね」


 子供のような見た目と妖しい雰囲気を併せ持ち、深淵を連想させる蒼い瞳で彼女は俺を見つめる。


 同じ〝四大星帝クアッド・マスターズ〟であるライドウさんやジェラーク総代とも違う、幻惑的な覇気の持ち主だ。


「は、初めまして。俺は『追放者ギルド』のアイゼン・テスラーです。今のは変身魔術ですか……凄いですね、全く見抜けませんでした」


「姿形を変えられても、気配までは消せないって魔術師は多いものねぇ。さぁさ、楽にして頂戴な」


 俺は催促されるままに椅子に座り、メラースさんも大きなソファ――というよりソファベッドにごろんと横になる。


 彼女は金色の煙管に火を入れ、フウっと煙を吐くと、


「聞いたわよ聞いたわよぉ? あなたたち、あのアクア・ヒュドラを倒したんですってね? 素敵だわぁ、とっても面白い! アタシは、そういうのを期待してたのよ!」


「は、はぁ、それはどうも……」


「長生きなんてしてると、刺激が恋しくなってくるのよねぇ。だから、あなたみたいな子が出張ってくるのは大歓迎。それにジェラークおじ様からのお願いもあるし、今日はたっぷりと語り合いましょう?」


 長生きって、この人いったい何歳なんだ……?


 外見上は10歳前後くらいにしか見えないんだけど……


 いや、でも〝四大星帝クアッド・マスターズ〟の1人であることに違いないし、さっきの変身魔術もあるし……きっと姿なんてどうとでも変えられるってことだろう。


「それで、アタシに聞きたいことがあって来たんでしょ? ホラ、言ってごらん?」


「は、はい……」


 俺はメラースさんに悩みの全てを話した。


 俺の持つ【鑑定眼】について。


 人ならば誰しもが持つ〝隠しスキル〟について。


 そして――〝隠しスキル〟を持たない無能力者のことについて――


「……ふぅん、つまりあなたは、その〝隠しスキル〟を持たない子をなんとかしたいワケなんだ」


「ええ、俺からすればなんの才能スキルもないなんてあり得ない。でも昔から疑問なんです。そもそも〝隠しスキル〟というのは――」


「――いったい、いつから身に付くモノなのか? 先天的なのか、後天的なのか? はたまた……変化する〝隠しスキル〟もあるのではないか? ――なんてトコかしらぁ?」


 ――続く言葉を奪われた俺は驚き、沈黙する。


 対するメラースさんはニヤニヤと笑い、こちらの反応を伺っている。


「……ええ、そんなところです。もしかしてジェラーク総代から聞いたんですか?」


「まさか、あの人ってば頑固で口が堅いもの。あなたみたいなお人好しは、そんな風に考えるじゃないかなーって思っただけよ」


 ……なるほど、これは喰えない人だ。


 ジェラーク総代が苦笑していたのも、よくわかる。


 メラースさんはしばし考えるように虚空を眺めると、


「……あなたが見える〝隠しスキル〟って、魔術とも似た部分があるわね。先天的に魔術を扱うのが上手い子もいれば、後天的に勉強と訓練を積んで上手くなる子もいる。その前者後者に、必ずしも絶対的な優劣はない。……もうかなり昔のことだけど、アタシもその違いに興味を持って調べたことがあるの」


「なにか……判明したんですか?」


「――アイゼンちゃん、例えばなにか1つのことをより上手くできるようになりたいって思ったら、あなたはどうする?」


「え? それは……練習するとか訓練するとか……または上手い人にアドバイスをもらう、とかですかね?」


「そういった行為を、総じてこう呼ばないかしら? 〝経験を積む〟って」


 まあ、確かに呼ぶかも。


 でも、そんなの別に普通じゃ――


「……あ」



「気付いた? アタシたち冒険者の世界では、そういうのを〝経験値〟って呼ぶの」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る