第39話 仙姿の魔女


「よぉし! その調子だ! 攻撃の手を緩めるんじゃねぇぞぉ!」


「はいっス! ――ハアッ!」


 ――サルヴィオをコレットの指導役にして、早数日。


 彼らは今日も特訓に勤しんでいた。


「やぁコレット、精が出るね。サルヴィオもお疲れ様」


 俺は2人に差し入れの飲み物を持ってくる。


 彼女たちは水筒を受け取ると、小休止に入る。


「コレット、特訓はどうだい? 少しは順応してきたように見えるけど」


「いやー、全然! サルヴィオの兄貴ってば、まるで手加減してくれないんスもん。毎日ヘロヘロっスよ」


「ハハハ、でも動きに無駄がなくなってきたんじゃないか? どう思う、サルヴィオ?」


「フン! ダメだなぁ、話にならないぜ! Sランク冒険者には程遠い! だが、根性だけなら見どころあるかもなぁ、ヒャハハ!」


 なるほど、内心では認めてるってことだな。


 特訓中の彼を見ていても、コレットを見捨てるような素振りは一切見せない。


 むしろ常に彼女を激励し、鼓舞し、どんな訓練でも一緒に汗水を流して行う。


 ヴィリーネを追放していた時の彼からは、想像もつかない姿だ。


 彼が心を入れ替えたのは本当だったらしい。


 この口の悪さは……治る様子はないけど。



 ただ1点、不安なことがあるとすれば――やはり、コレットの〝隠しスキル〟が〝なし〟のままであること。


 そりゃたった数日で強くなったり、〝隠しスキル〟に目覚めたりすれば苦労はないのだろうが……



 いずれにせよ、コレットとサルヴィオにばかり努力させてちゃいけないよな。


 ギルドマスターとして、俺は――俺にできることをやろう。


「……コレット、サルヴィオ、キミたちはこのまま特訓を続けてほしい。俺は今日にでも『デイトナ』を出る。しばらく留守にするかもしれない」


「え? マスターさん、どこかへ出掛けるんスか?」


「ああ、以前ジェラーク総代と会った時に紹介された人がいてね。その人を尋ねてみようと思うんだ」


「ジェラーク総代! ヒャハハ、こりゃスゲェ名前が出たなぁ! そんで、そんなビッグネームからいったい誰を紹介されたんだぁ?」



「……冒険者ギルド『アリアンロッド』のギルドマスターにして、〝四大星帝クアッド・マスターズ〟の1人――――メラース・アイルーシカ」



   ◇ ◇ ◇



 ――大手冒険者ギルド『アリアンロッド』。


 ギルドの規模としては『ヘカトンケイル』『アバロン』に続いて大きく、上述の2つよりも魔術や魔術師を重用するギルドとして知られる。


 また冒険者ギルドとしても歴史が古く、冒険者ギルド連盟発足時には既に存在していたともされている。


 外部と内部を明確に隔てることでも知られており、関係者がギルドの内情を他言することは稀だとか。


 組織全体が神秘主義や秘密主義に染まっている、なんて怪しい噂も。


 ――そんな『アリアンロッド』は、『デイトナ』から遠く離れた『ナーシセス』という街に拠点を置いている。


 1年を通して霧に包まれ、どこか幻想的な雰囲気すらある都。



 ここで俺は『アリアンロッド』のギルドマスターに会って、話を聞かねばならない。


 そう――俺自身が持つ【鑑定眼】と、俺が長年抱えてきた〝隠しスキル〟への疑問について。


 ジェラーク総代は、彼女なら面白い回答を出せるだろうと言ってたけど……



 数日間馬車に揺られ、無事『ナーシセス』に辿り着く。


 そして『アリアンロッド』の建物に向かうべく、街の中を進む。


「本当に街が霧に包まれてる……。それに街全体に魔術が浸透してて、生活の一部となってるんだな。『ビウム』みたいな大都会とは全然違う感じだ」


 街のミステリアスな雰囲気に呑まれつつも、なんとかギルドの建物に到着。


 中へ入ると、顔も服装も瓜二つな受付嬢が出迎える。


 たぶん双子だろうか?


「いらっしゃいませ」


「『追放者ギルド』のギルドマスター、アイゼン・テスラー様でございますね?」


「お待ちしておりました」


 双子の受付嬢は、こちらが名乗ってもいないのに歓迎してくれる。


「……え、あれ? どうして俺の名前を?」


「メラース様が仰っておりました」


「『追放者ギルド』のギルドマスターが街に入ったから、出迎えて差し上げろと」


「メラース様は街の全てを見ておいでです」


「隠し事はできぬとお思いください」


「さあ、こちらへ」


 双子の受付嬢は慇懃に頭を下げると、俺を案内してくれる。


 建物の中は薄暗く、神秘的な装飾が壁や床に施されている。


 なんというか……とても趣味性の高さを感じるな。


 そしてギルドマスターの執務室前に着くと、


「メラース様。アイゼン・テスラー様がお見えに」


『ニャーン』


「かしこまりました。ではアイゼン、どうぞ中へ」


 ギイっと扉を開ける受付嬢。


 ……え? 今のでいいの?


 なんか猫の声が聞こえただけだったけど……


 とても不可解だったが、誘われるまま執務室へと入る俺。


 すると中には大きな執務机があったが――その椅子には誰も座っていない。


 代わりに、机の上で丸くなる黒猫が1匹。



「……いらっしゃい、アイゼン・テスラー。あらあら、思ったよりずっと可愛いじゃない。おじ様が期待させるだけあるわね」



 聞こえたのは、幼い少女を彷彿とさせる声。


 同時に黒猫がのそりと動き、座った姿勢でこちらを見据えた。

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