第2話

 バクヒロとニントモが観戦地点にたどり着いたときには、すでにフローラルキティンとビンビントリッキィは激しい戦闘を開始していた。


「サンフラワー手裏剣!」


 フローラルキティンの手から飛び散る花びら型の武器を、ビンビントリッキィは大きな身体には似つかわしくない軽やかな動きでかわしていく。


 街を破壊する目的のスーパーヴィランと防ぐ目的のスーパーヒーローでは、守りながら戦うスーパーヒーローの方が不利で苦戦する。


 ビンビントリッキィは、あざ笑うようにサンフラワー手裏剣の乱れ撃ちを軽やかに避け続ける。



「あー! 名乗りの後のパフォーマンス見逃した」


 バクヒロが頭を抱えていると、ニントモは落ち着き払った顔で答える。


「そこはどうせ配信でもやるから大丈夫ぞぃ」

「そういう問題じゃないんだよ。せっかく見に来たんだから生の臨場感を味わなきゃ意味無いじゃん」


 配信で流れる戦闘は編集で大幅にカットされてしまう。

 名乗りのシーン、押し問答のパフォーマンス、フィニッシュブロー、勝者の決めポーズは見どころなので流されることが多い。

 逆にあまり馴染みのない新技、戦闘中のちょっとしたやり取り、戦いが中断されるようなハプニングはほとんどカットされる。


 だからこそ、真にスーパーヒーローを愛するなら、現場に来てライブで観戦するべきなのだ。

 しかし現実はというと、スーパーヒーローの戦いは全国各地で行われていて、ただでさえ少ない愛好者を取り合うようになっている。


 もはやベテランの域に達しているフローラルキティンの戦いでは、見渡したところ、バクヒロとニントモ以外には、バズーカのようなカメラを抱えた二人組しかいなかった。

 よく見る細身と太目の二人組で、バクヒロとニントモも多少の面識はある。

 ネット上ではそれなりに名のしれたヒーローウォッチャーなんだけど、批判的な意見をズバズバと言うのでバクヒロはあまり好意的には思っていない。



「ニンの読みでは、今回もBBAの圧勝だぞぃ」

「ちょっと、ババアとか言わないでよ。フローラルキティンはまだ34歳だよ」

「34か。それは完璧にBBAのお年頃だぞぃ」


 ニントモは良いやつではあるのだけど、露悪的に他人を悪く言うことがある。

 バクヒロが何度注意しても治らず、むしろそれを面白がってるフシすらあるのだ。

 彼の中ではどこかで、架空のスーパーヒーローこそが至高であり、現実で活躍するヒーローたちを格下と見下しているような気がする。

 バクヒロとはそのことについて何度も喧嘩をしたこともあったが、スーパーヒーロー仲間はニントモしかいないので、この関係をなくしてしまうほどの事態には発展したことはない。


 フローラルキティンはサンフラワー手裏剣を撃つのをやめた。

「どうした、もうおしまいか?」

「ええ、もうおしまい」


 フローラルキティンはそう答えると、弧を描くように旋回して距離を詰めた。


 ビンビントリッキィが逃げようとすると、背後の建物に阻まれる。

 あのサンフラワー手裏剣は、逃げ場のない場所に誘い込むための布石だったのだ。

 退路のないビンビントリッキィは、フローラルキティンのパンチを身を固めて防ごうとする。

 しかしビンビントリッキィは身体ごと、背後の建物が崩れるほど吹き飛んだ。


「待ってました!」

 思わずバクヒロは声を上げる。


 フローラルキティンの戦いの見どころは、本来守らなきゃいけないはずの街に遠慮しないところだ。


 恐らく数多いスーパーヒーローの中でも、かなり思い切ったオリジナリティだ。

 時にはスーパーヴィランよりも多く街を破壊していることすらある。

 良いことではないのだろう。

 しかしまったく環境に被害を与えずに戦うということも不可能だ。

 だからこそ、フローラルキティンの爽快感は、ほんの少しの罪悪感と共に病みつきになる魅力を持っているのではないかとバクヒロは考えている。



「BBA。その調子だぞぃ」

「やめなって! それ聞こえたら殺されるよ」

「おお、知ってた。じゃ、御BBA」

「ニントモ、本当に! 怒るよ?」


 煙が立つ瓦礫の中から、ビンビントリッキィがのっそり立ち上がる。


「えらくご機嫌が斜めじゃないか。更年期障害か」


 フローラルキティンは一瞬動きを止めると、姿勢を正しツカツカとビンビントリッキィに近づいた。


「おっと、それ以上近づかない方がいい、チミの足元には地雷がたんまり埋まってるのだぁ!」


 フローラルキティンは歩みを止め足元を確認する。


「泣いて俺様の尻にキスしな」


 ビンビントリッキィが振り向き尻を叩いて嘲笑すると、フローラルキティンは再び歩き始めた。


 足元が破裂することにためらわず、崩れる姿勢を持ち直すように地面を踏みしめ近づき、フローラルキティンはビンビントリッキィの尻にローキックを放った。


 よろめいたビンビントリッキィの胸ぐらを掴み、鼻に向かって打ち下ろすようにパンチを浴びせる。


 五発、六発、七発……。

 パンチに誘発されるようにビンビントリッキィが仕掛けた爆弾がそこら中で破裂する。


 周囲の建物が振動により崩れ、土煙が上がり、打撃音もかき消され、何発殴られてるのかも確認できなくなった。


 フローラルキティンとビンビントリッキィがいた場所にも建物が崩れ落ちる。

 やがて建物の崩壊音が止むと静寂が訪れた。


 風が土煙を払う中、フローラルキティンはビンビントリッキィを引きずりながら瓦礫の中から出てきた。


 フローラルキティンは、汚れた洗濯物を扱うようにビンビントリッキィを数メートル先に投げ捨てた。


「非道な暴力は許さない。この世に花が咲き乱れる限り!」

 フローラルキティンはそう言って振り向きざまのポーズを決めた。


 こちらに視線を送り微笑むフローラルキティン。


 その時、ニントモが叫んだ。

「BBA! 後ろぞぃ」


 上半身だけをムクリと起こしたビンビントリッキィが何かを投げると、フローラルキティンの肩の辺りで爆発が起きた。

 小さな悲鳴と共にフローラルキティンのコスチュームの一部が破け鎖骨が露出する。


 男女どちらのスーパーヒーローも、露出を求めるファンへのサービスのためにコスチュームの一部は剥がれやすく作られているのだ。


 それが批判のやり玉に挙がることも多いが、バクヒロに言わせれば時代と共に意識も変化してきて、今は本人の望まない露出などは決してされないこととなっている。

 そういったわかりやすい批判をする者は、その変化や現状を調べることなく、昔のイメージだけで語る。

 しかもそれに対してファンが真面目に反論をしたところで、ただ批判をしたいだけの者は聞く耳を持たなかったりする。


 とは言え、さすがにフローラルキティンのものとなると複雑な気持ちになる。


 地面をジッと鳴らして振り返ると、フローラルキティンは勢いをつけてビンビントリッキィの頭にチョップを打ち下ろす。


 そしてゆっくりと振り返り、バクヒロを見据えた。


「やばい、逃げるよ」

 バクヒロはニントモのシャツの首の部分を握り駆け出した。


「なんぞぃ?」

「ニントモがあんなこと言うからだよ。死ぬのが嫌なら死ぬ気で走るんだ」

「おお、知ってた。そうと決まれば遅れを取るなぁ~!」


 フローラルキティンの勝利を喜びながらも、その視線はバクヒロの脳裏に頑固な油汚れのようにこびりついていた。

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