アバカム

第 1回  その名はアバカム

 現代でこそ、そう感じることは少なくなったが、往年のRPGに於いて『扉』の存在はかなり重要な位置付けであった。

 閉ざされた扉を開くことで初めて放たれる次なる冒険のフラグがそこには

存在していた。

 

 ドラクエも例外ではない。そのことは第1作目から如実に痛感することになる。

 

 筆者がドラゴンクエストというゲームを初めてプレイしたときの話をしよう。

 まず、ゲーム開始早々、ラダトーム王との謁見を終えて、最初に行うこと、それが

『扉を開ける』ことなのだ。

 

 そう、まずはこの玉座の間から、出ないといけないのだ。しかし、出ようにも扉には施錠がしてあり、そのままでは部屋から出ることができない。

 何か手がかりは・・・と、部屋をよく見渡さなくとも、何やら箱が3つ無造作に置いてあることに気づく。その箱の横に立ち、さっそく『しらべる』コマンドを実行してみる。


 「〇〇〇〇は じぶんのあしもとをしらべた しかし なにもみつからなかった」


 ん? なんど調べても結果は同じ こんなテロップが流れるだけである。

 痺れを切らし、別の方法を考えようと、ふと十字キーをその箱のほうに押すと、なんと、その箱の上に重なったではないか! 

 なるほど、この世界では物の上に重なることができるという事実をそこで知ることになったのである。 

 重なった状態で、再び調べるコマンドを実行・・・すると


「たからばこ が ある!」

 

 え?それだけ・・・ そんな当たり前のことを言われても・・・である。

 強いて言うなら、この茶色のただの箱だと思っていた物体が宝箱だったのだということが判明したくらいか。役立ったのは


 せっかく1歩進んだと思いきや、また振り出しである。そこでまた何かないかと、コマンド画面を再度開き睨めっこしていると、一番右下に『とる』の文字を発見。

『とる』=『取る』 なぜこんなことに気づかなかったのか。

 

 これしかないと再び重なったままで宝箱を『とる』と、今度はその宝箱の中から『かぎ』(鍵)を入手した。

 なるほど、物を取るときはこうやって重なって『とる』のかと、また1つ学習したのであった。

 

 しかし、すんなり納得したのも束の間、その場を1歩離れると、なんと先ほどまでそこに在ったはずの宝箱がない。消えているのだ!

 

 いま取ったのは中身の鍵であり、箱そのものではないと信じて疑わなかったのだが、なるほどこの世界では宝箱の中身を取るということは、その箱ごとかっさらうということなのか それがPRGの世界なのかと、とてつもなく違和感を感じたものだ。

 しかし、まあ郷に入っては郷に従えである。当時そんなことわざを知っていたかは別として、とりあえずこの世界のルールに従うことにした。

 

 さて、あとはこの鍵を用いて、例の扉を開けば冒険の始まりである。

颯爽と扉の前に移動し、コマンド画面を開いてみる。そのとき、扉横に立つ兵士が気に掛かった。そういえば、まだこいつらに話していない。


 コマンド画面の一番左上、おそらく最も多様するコマンドだから、その配置なのだと一目で判じとれる位置に『はなす』は在った。


 兵士の隣に立ち話しかけてみる。

 さすがに、この世界でも人間には重なることはできないようだ。何だか妙な安心感を覚える瞬間だ。

 

 『はなす』を選択すると、次に開いたのは 東西南北を指定する新たな画面だった。

 なんだよ。普通に隣の兵士に話掛けたいだけなのに面倒くさいなあ・・・と思ったが、これは仕方がないのだ。

 それもそのはず、本作ではキャラクターが常に正面を向いているのだから。

 横を向くことができないのである。

 これが、後にドラクエⅠはカニ歩きでダサいというイメージ定着させた因であることは言うまでもない。


 要は、横移動時に側面用のグラフィックが用意されていなかったのだ。そのため、NPCに隣接した後は上記のように、その話掛けるべく相手のいる方角を選択しなくてはならないのだ。実に面倒くさい。

 まあ、無理にでもこのシステムのメリットを挙げろと言われたら、それこそ当時の筆者のような幼年ユーザーにとっては、方角の確認になったというくらいか。

 町で「○○の南に△がある。」みたいな情報を得た際に、あれ?南ってどっちだっけ・・・と迷ったその時にこの『はなす』を選択することで南が画面下方だということが、確認できるというわけである。しかし、こう書きだしておいて何だが、苦しい言いぐさである。小学1年だった筆者でさえ東西南北など把握していたのだから・・・ 

 さて話を戻そう。そうして面倒な作業を経てやっと話かけた兵士がしゃべったのは、宝箱に鍵がはいっているということ。

 そうか、先にこいつに話掛ければよかったのだ。そうすれば迷わず済んだのだ。なるほど

 さらに彼が言うには、なんとこの鍵というのは1度使ったら壊れてなくなるらしいのだ。

 え?消耗品なのか! さらりと言ってのけたが、それかなり重大なことではないのか。

 そう、ここで扉を開けたらもう手持ちの鍵はない。では、次に扉が出てきたらどうするのか

 つくづく悩み疑問を押し付けてくるゲームである。

 考えていても仕方がないので、とりあえず目の前の扉をその鍵で開錠だ。

 コマンド『とびら』 パリーン!と景気のよい音が響く。これで、手持ちの鍵は失った。扉が開いたのだ。

 

 扉を開けると、そこには階段が見える。

 これは重なればよいのだな。先ほどの宝箱の学習により、すぐさまその階段のアイコンの上に重なる。ここでも何も起きない。

 落ち着いてコマンドを開く『かいだん』

 

 ガッガッガッッガ・・・

 

 どうやら階段を昇降したらしい。やれやれ、これでやっと旅立てるのであった。 


 しかし、ここで、学んだこの操作や仕様も結局、他作品では役に立たないのはご周知のとおり。

 そう、次作であるⅡ以降では話す際に、方角指定など必要なくなり、また宝箱も調べれば中身をそのままゲットできる。取る必要はないのだ。まあ、それでも箱ごと消えるのだが、これはⅢ以降ではちゃんと箱は残るように改正された。

さらに、階段はそのアイコンに重なりさえすれば自動で昇降するようになった。


 このように、進化していくのがシリーズというものなのだ。いや、むしろ一作目

が迷走していたというほうが正しいのか・・・(模索ともいう)

 それは、鍵とて例外ではない。

 

 Ⅰでは、消耗品だった鍵が、Ⅱからはれっきとした重要アイテム扱いへと変貌しているのだ。

 

 2作目であるⅡでは、銀の鍵、金の鍵、牢屋の鍵、水門の鍵と、イベント用の鍵も合わせて4種の鍵が実装された。

 そして、それに合わせるかのようにして、こんな呪文も同時に実装されたのであった。

 それが即ち『アバカム』


 これまた、ヒャダイン同様不遇な運命を辿る1つの呪文の物語の幕開けであった。

 

 


 

 

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