コンビニにて:第16話

「恋愛」なんて単語があるから混同してしまいがちなのは理解できるけど

そもそも「恋」と「愛」は全く別の物であって、更に云えば真逆の対になる2つだと思ってる

日本語には他にも「濃淡」や「明暗」など相反する意味を持った2つの対になる漢字を並べた単語がいくつもある

物凄く単純に云ってしまうなら「恋」とは相手を欲して自分の所有物にして独占したいと云う願望であって、対して「愛」とは自分の存在や命までをも投げ打って相手に与えたいと云う気持ちだと思ってる


例えば絵画を観てみると、そこには明るい部分と暗い部分があり、光と影を描くことによって3次元の奥行を2次元のキャンバスに表現をすることが出来る

同じ様に相反する「恋」と「愛」が混在してはいけないとか可笑しいなどと云ってる訳ではない

絵画の明暗や濃淡みたいに恋も愛も両方を伴った人間関係の方が普通なのかも知れない

ただ思ったのは、「恋」と「愛」は全く別の対局にある2つの想いだと云うこと


お母さんが私を産んだ時の話を何度も聞かされた

物凄い難産だったと

回旋異常の上、ヘソの緒が首に巻き付いて絡まってしまっていたらしい

死産の可能性が高く、赤ちゃんの命を救おうとすれば母子共に命の危険があると

お父さんは分娩室で「赤ちゃんの命を最優先してくれ」と云ったらしい

毎回お母さんはその話を最後に誇らし気に私に話した


十月十日もの間、お腹の中にいて四六時中一緒だった私をお母さんは自分の命よりも私のことを大事に想ってくれていた

そしてお父さんもそれを見ていて知っていた

お父さんはお母さんと私の命のどっちかを自分が選ぶとしたなら、きっとお母さんを選んだ方が良かったに違いない

だけど、赤ちゃんを失ってまで生き延びることをお母さんが望んでいないことや、仮にお母さんが死んじゃっても男手ひとつで私のことを育てようと云う覚悟で、まだ産まれて来てもいない私の命を選んでくれたんだと思う

お父さんもお母さんも、自分達のこと以上に私のことを大事に想ってくれている


もしも私が東京に負けて泣きながら実家に還ったならきっとあの2人は細かい話なんて何も聞かずに無条件に迎え入れてくれるだろうと云う確信はある

逆に実家に何か、有事の際には電話なんかで済まさずにどっちかが東京まですっ飛んで来るような気がする

あの2人の私に対する有り余る愛情の前では私の電話番号なんてホントに些細な取るに足らない話題だった

「元気?」とか「久しぶり!」なんて言葉じゃ云い表せないほどの思いを注いできてくれている実家に、なんとも無意味で空虚な電話をかけてしまったものだと軽い後悔をした


和希さんのそれは、どちらかと云えば中3の卒業間際の体育館裏での一件の方が似ていると思った

流石に初めての会話で「好きです」とかの直接的な台詞こそ無かったものの、私が両親から貰ってきた愛情とは別の物だった

無条件に犠牲的にと云うよりは、私と云う女を手に入れる為の犠牲なら缶コーヒーでも何でも買ってくれると云う感じだ

つまり、愛ではなく恋に近い感情と動機で私に話し掛けて来ている

勿論それは、いっこも悪いコトではないし、好意を抱かれているのだから喜んでも良いのかも知れない


「ずっと気になってた」


たしか和希さんは私にそう云った

私には物欲がない

それは物質的な話だけではなく人間に対しても同じだった

知り合いに嫉妬したり誰かに特別扱いされたいと願ったり、ましてや独占したり束縛したいなどとは一度も思ったことはない、と思う

友達や親友が欲しいと思ったこともないし、むしろ生まれ育った環境の中で生じたシガラミが煩わしくて東京に出て来たくらいだ


昨日、口に咥えまではしたものの、結局火を点けずに元の箱の上に戻した4本目の煙草をつまみ上げて口に咥えた

そして今日は迷う事なく直ぐにライターを掴んで火を点けた

咥えた煙草を軽く吸いながら煙草の先に赤い火玉が出来たのを確認しながら、教わった通りにまた口の端を開けて

口の中の煙と外の空気とを混ぜるようにしながら肺の奥まで思い切り吸い込んだ

ニコチンが肺の中全体に染み渡るような感覚がした

リラックスした私は目を閉じてゆっくりと息を吐いた


逆に私は和希さんのことをどう思っているのだろう?

決してどうこうなろうなんて事は毛頭考えてはいないツモリだ

けど、少なからず和希さんの事を考えてしまってはいた

固執しているツモリはないけど、ともすると和希さんの事を考えるようになっていたのは否めない

和希さんの姿を見たくて時間を合わせてコンビニに買い物に行きだしたあの頃から、そう、ずっと気になってた


「あ」


と声が漏れるのとほぼ同時に煙草の先から灰が床に落ちた

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