コンビニにて:第15話

3年ぶりに実家に電話をかけた

話すことなど何もなかったけど、お母さんとの会話は予想以上に短いものだった

電話に出て私が名乗ると「元気?」でも「久しぶり!」でもなく「どうしたの?」だった

何か大事な要件でもなければ実家に電話もかけてはいけないのだろうか

電話を買ったから番号を伝えようと切り出したら私の話を打ち消すように電話機のディスプレイに表示されている番号ねと云って、着信履歴から見れるから後でメモをしておくと云われた

どうやら実家の電話機は新調されていたらしい

私が「お父さんは?」と尋ねるとお母さんは「相変わらずよ」と答えた

無口なお父さんと無口を受け継いだ娘の私が電話越しに話す会話などないと判断したのだろう

まぁ、私もその電話でお父さんの声が聞きたかった訳でもなかったし、元気にしてるならそれで良かった


しばらくの沈黙の後、お母さんはお父さんに私から電話があったことを伝えておくと云い、私は「んじゃ」と呟いて電話を切った


昨日、和希さんに背中を押されて早速今日の仕事帰りにお店へ行きスマホを購入してきた

プランとか、まどろっこしい事はみんな理解なんてしてない、自分がどんな風に使うのかをお店で相談すれば1番合ったプランを勧めてくれると

和希さんの云っていた通り、私はお財布としてしか使う予定はないと云うと1番安いプランに設定してくれた

今後、スマホで映画や音楽を楽しむようになったらその時にまたプランを変更出来るから試しに1番安いプランでと


昨日の雪の影響で都内の電車は止まっていたり間引き運転で本数を減らしたりしていた

今日の都心は完全に麻痺していて仕事も儘ならない状態で、私の職場でも定時前に全従業員が帰された

そんなオカゲでお店は空いていてじっくりと話を聞けた

スマホを買うお客はたいていが機種変更で、電話帳や画像や音楽と云ったデータを入れ換える作業があるらしいけど、私の場合はこの新しいスマホに入れるデータなんて何ひとつなかった

それでもスマホの操作に馴れた方が良いからと云って電話帳に電話番号を登録する手順を教わりながら、私の頭の中にある唯一の電話番号を登録した


そんな流れで、まだ銀行に書類を送ったりしなければ財布としても機能しないこのスマホで出来ることと云ったら、電話帳に登録されている唯一の電話番号に電話をかけることくらいしかなかった

けど、その短いお母さんとの電話は無意味で空虚なものだったなと軽い後悔に似た気分になった


私はスマホをベッドの上に放り投げてその脇に座った

そして視界に入った残り17本の煙草から1本を摘まみ取って口に咥えた

ライターに手を伸ばしたけど、なんとなく火の点いていない煙草を咥えているだけで落ち着いた

手に取ったライターを眺めながら昨日の和希さんとの会話を回想してみた


確かに和希さんはレジカウンターの上に私が置いた方の缶コーヒーを手に取った

それは私も見ていたし、冷めていない方を私に譲るためだとも察した

和希さん本人もこの缶コーヒーが美味しいから温かい方を飲んで欲しくて、なんて後で云ってたし


私は気が動転していて「違うんです!」と口走った後、何をどこからどんな風に伝えたのかは思い出せない

けど私の話を聞いて和希さんは自分も私にお詫びがしたかったと云ったのは覚えている

トラックの脇で会話した次の日から私が買い物をする時間を変えたと云うことはきっと嫌な思いをさせてしまったのだろうと思っていたと

少なくとも、今までと違う時間に買い物をさせてしまっている事は事実だから理由は何であれお詫びをしたかったと


和希さんが持ってきた温かい方の缶コーヒーは、どうか受け取ってくれと私に頼んでから

もし私が怒っていたり嫌な思いをしていなかったのなら、私が持ってきた方の差し入れはありがたくいただくと云ってその場で音を立てて缶のプルトップを開けたんだった

駄目男くんは早々にその場から去っていていなくなってはいたけど「おっと、ここ店内だった!」とか云って笑ながら、私に時間が空いてるなら一緒に表で缶コーヒーを飲まないかと誘ってくれたんだった

最後には和希さんも「こんな長話になるなら暖房の利いたトラックの車内で話せば良かったね」なんて云って笑ってたけど、雪の中で私達は空っぽになった缶が凍るくらい冷えるまで話をした


和希さんは口が達者で頭の回転も速いから私は話に着いていくので精一杯だった

終始キツネに鼻を摘ままれているような気分で・・・


あ!

なんか腑に落ちないなとは思っていたけど


あの缶コーヒー、私はレジに持って行っただけで2本ともお金は和希さんが支払ってたんじゃん!!

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