26. キュイハン社へようこそ

「……待って、今はこっちを先に……」

「うわあ!水が降って来た!」

「あー、こっちも駄目だ」

「もう!何がどうなってるの?」

「困るよ、今日に限って」

「ジリリリリン!ジリリリリン!」

「世間に知られたらまずいんじゃ……」

「とりあえず、その件は中止にしてくれ」

「これ以上対応しきれないよ!」

「くそっ、何故開かない?」

「……想定外の事例が発生しました。詳しくは各データを参照……」

「こんな状況じゃ、どうにも出来ません」

 ほんの小さな違和感が見る見る内に大きくなり、今や会社全体がパニックに包まれている。社員は皆、とにかくこの騒ぎを中に留めておくので精一杯だ。狼狽える人々の荒波をすり抜け、困り果てた部下に捕まらないようにさり気なく、地下へと続く階段を駆け下りる。

 喧騒が遠のいていき、辺りに機械の呼吸音が満ちてきた所で、大きな鉄製の扉が現れる。パネルに指紋を読み取らせると、音も無くメインシステム室への道が開かれた。足を踏み入れると、そこはもう生物とは無縁の世界だ。両側に整列したスーパーコンピュータが足元の青白い光で照らされていて、息もせずにそこに佇んでいる。部屋の一番奥に佇む巨大なコンピュータがそれらの王であり、キュイハン社の心臓とでもいうべき存在だ。その足元に、不届きにも一人の人影が、あくせく動き回ってはあっちのパネルを操作したり、コンピュータの一部と自身の体から伸びている線とを接続したりしている。

『――82%、……83%、システムは異常無く進行しています。……84%……』

 近付くと、その人間は素早く振り返った。目の部分にそれの代わりとなるパネルがはめられている為、誰がどう見てもそれが「ロボット」だと分かる。女性型の安物に違いない。ただし、その内部に秘められた「何か」は、明らかにその外見とは不釣り合いな害を伴っている。

『キュイハン社へようこそ!本日はどのようなご用件でしょうか?』

 たった今働いた悪事を隠そうとも悪びれようともせずに、朗らかに笑った。手にしていたレンチで頭部を殴ると回線が焼き切れる音がし、その場で倒れこんで動かなくなった。

 パネルを操作して社の心臓の状態を確認すると、かなり深い場所のシステムまでもが滅茶苦茶に書き換えらえている。ここへ来るのがあと数分遅ければ、完全に手遅れになっていただろう。この状態ですら、自分一人で修復できるかどうかも怪しいのに。

 ただ、このシステムの荒らされ方、どこかで見た事があるような気がする。この機械で出来た侵入者がそうしたのには違いないが……。その時、あまり喜ばしくない考えが頭をよぎった。足元に転がるロボットのボディを無理矢理こじ開け、絡みつく電線を引きちぎりながら中身をまさぐっていくと、やがて指先が「何か」に触れる。掬うようにしてそれを掴み取り、力任せに取り出した。手の中にあったのは――見覚えのある、アンティークな「チップ」だった。

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