03.

 夕日。沈んでいく。


 資料作成のアルバイトに、資料の内容に関する質問は許されない。


 訊かなかった。このまま資料を綴じ続ければ、事件の続報や進展にも出会えるかもしれない。


 しかし、あの事件に関するものは、なにひとつなかった。


 それでも、ひとつだけ。


「あの人は、生きてる」


 そう、信じることにした。


 あの人が頭を撃った。だから、あの人は、生きている。ライターは、たまたま違う人がそれを買っただけ。私の、思い過ごし。


 そう思い込むことにした。


 本当は、このとき、もう分かっていたのかもしれない。


 あの人は、この街を護る人だった。そして、街があの人を必要としなくなったから、この街を出ていった。


 私にだけ分かるように、私のライターをもらって、私にだけ分かる場所に、置いていった。


 そして私は、その資料を見た。


 あの人は、もう、いない。


 この街の治安は、昔と比べて格段によくなっている。それは、警察の資料を綴じていて、いやというほど、分かっていた。


 分かっていたけど。


 あの人がいないという事実を、受け止めきれないまま、夕日だけが沈んでいった。

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