第33話 初仕事
屋敷の庭で剣を振っていると――砕いてしまった剣の代わりという事で、ミスリル製の高級品をアイシャさんから借り受けている――メイドさんの1人がスカートをたくし上げ、此方へと駆けて来るのが見えた。
「師匠、何かあったんでしょうか?」
それを見て、俺と一緒に剣を――これも借り物――振っていたリーンが手を止め俺に聞いて来た。
「さあな」
当然分かる訳がない。
まあ俺に何か緊急の用があるのは間違いないだろう。
出なければ、この屋敷のメイドさんが走るなんてはしたない真似をする筈がない。
「バーン様。至急会議室の方へお越し頂けますか」
「何か……いや、分かりました」
かなり急いでいる様なので、取り敢えず先に向かう事にする。
説明はそこで聞けばいいだろう。
「あ、師匠待ってくださいよ!」
メイドさんがわざわざ駆けて来たのだ。
歩いて向かう訳にも行かないので、俺も駆け足で向かう。
その後をリーンが必死に追って来た。
屋敷に入り、会議室と呼ばれるギルドの事を話し合う場所へと向かう。
扉の前にはメイドさんが一人立っており、ノックする事無く扉を開いてくれた。
「何かありましたか?」
中にはアイシャさんとライラさん。
それにアリーチェさんとテアが立っていたる。
全員深刻な表情をしており、特にテアは顔色が真っ青だった。
「実は別のクエストを受けていたギルドメンバーが、ここから東にあるバスクの洞窟でミノタウロスに遭遇しました」
「ミノタウロス?」
俺の知るミノタウロスという魔物は、牛頭人身の化け物だ。
ゲームだと、迷宮で宝物を守っていたりする危険な魔物に分類される相手だが……
「強力な力を持ったS級モンスターです」
バンシークラスか。
S級モンスターは、B級モンスターを容易く屠れるレベルの人間が大規模チームを組んで、それでも運が悪いと全滅してしまう強さのモンスターを指す。
実際俺もバンシーとの戦いでは、特殊スキルが無ければ間違いなく手も足も出なかっただろう。
チラリと胸元を見る。
俺の胸から生えているバンシーは腹いっぱい肉を食って以来、此処三日ほど目を覚ましていない。
良く寝る奴だ。
「その際にパーティーが寸断されてしまい、2名がダンジョンに残されている状態になっています。しかもそのうち一人は大怪我をしている可能性が高い」
「救助に行くんですね?」
「ええ、ですからバーンの力もお借りしたいのです」
「喜んで協力しますよ」
アイシャさんにはバンシーの事を頼んでいる身だ。
少しでも働いて恩義に報いないとな。
ていうかそれ以前に、一応俺はこのギルドに入ってるわけだし、仲間――顔も見た事無いけど――がピンチなら助けに行くのは当然の事だ。
「有難う。救助には私とバーンの二人で向かう事になります」
「二人ですか?」
「バスク迄はここから200キロ。馬車でなら3日はかかる距離です。ですが私とバーンだけならば、半日もあれば辿り着けるでしょうから」
確かに今の俺なら、重い荷物を背負った状態でも半日で辿り着くのは難しくない……多分。
他の人間に合わせると到着が遅れるから二人で向かうって訳か。
まあ救助は迅速さが命だからな。
納得だ。
「今メイド達に用意をさせています。出発は10分後、少々慌ただしいですが大丈夫ですか?」
「構いませんよ。リーン、暫くは留守番だ。ちゃんと訓練しとけよ」
「はい!師匠も頑張ってください!」
俺の言葉にリーンが元気よく答える。
こいつは真面目だからサボる心配はないだろう。
「バーン。クランとレンの事を頼む」
「ええ、任せて下さい」
クランとレンというのが、取り残された人達の名前だろう。
俺はライラさんの言葉に力強く頷いた。
「私も!私も連れて行ってください!」
その時、テアが大声を上げる。
その顔は今にも泣きだしそうな物だった。
いつも冷静そうな彼女がこんなに取り乱すなんて、正直驚きだ。
取り残された二人は、余程彼女にとって大切な相手なのだろう。
「テア……貴方を連れていく事は出来ません。到着が遅れてしまうわ」
「飛行魔法で飛んでいきます!」
「それでは貴方の魔力が尽きてしまう。魔力のない魔導士が居ても、足手纏いにしかならないわ。残念だけど、連れていく事は出来ません」
「……」
「どうか私達を信じて待っていてちょうだい。必ずクランを――貴方のお母さんを救うと約束するから」
母親……か。
俺は母親を幼い頃に亡くしている。
今でこそ思い出す事は稀になってきたが、当時は毎日の様に泣いて過ごしていた物だ。
その為か、今にも泣きだしそうなテアの顔がかつての俺と被ってしまう。
「分かりました……アイシャ、バーン。どうかよろしくお願いします」
テアは深く腰を折って頭を下げる。
「任せろ!」
俺はそれに力強く答えた。
必ずテアの母親は俺が助けて見せる。
俺と同じ様な思いはさせたくはないからな。
程なくしてメイドさん達の手によって用意が整う。
俺とアイシャさんはそれを受け取り、バスクへと急いだ。
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