第32話 分断

「こりゃ参ったね。これじゃ、動けそうもない」


「すいません。僕のせいで……」


暗闇のダンジョン内。

小さな横穴に2人の人間が姿を潜めている。

一人は大柄で筋肉質な女性だった。


その完璧なまでに鍛え上げられた屈強な肉体。

刈り上げられた短い頭髪。

そして化粧っ気のない顔から男性を想像させられるが、れっきとした女性だ。

その証拠に豊満な胸が胸部を大きく押し上げている。


もう一人は小柄な少女。

黒髪黒目で、まだ年は13-4と言った所だろうか。

彼女は顔を歪ませ、今にも泣きそうな表情をしていた。


「済んだ事を言っても仕方がない」


「でも……」


レンと呼ばれた少女は悔しそうに唇を噛む。

この状況は、端的に言えば彼女のせいだった。

自分だけならいざ知らず、自分を守ろうとしてくれた仲間までそれに巻き込んでしまった事、それを彼女は悔やんでも悔やみきれないでいる。


「必ず救助は来る」


ここはファーレン王国南部にある、バスクと呼ばれる大洞窟。

その全長は数十キロに及ぶとされ、その内部は複雑で多くの魔物が生息する場所となっていた。


この場所にレンは4人の仲間と共に訪れ、魔物の死骸から取れる素材収集を行っていた。

そしてその最中に出会ってしまったのだ。

本来このダンジョンに生息する筈のない魔物に。


魔物の名はミノタウロス。

迷宮の守護者とも呼ばれるこの魔物のランクはSとされている。


「兎に角、仲間達を信じよう」


そう言うと大柄な女性は静かに笑う。

だがその表情は少し辛そうに見える。

よく見ると、その腹部からは血が滲み出ていた。


「クランさん……」


彼女達のパーティーはミノタウロスとの遭遇に、即座に撤退を選択している。

だがミノタウロスの巨大で醜悪な威容に飲まれてしまったレンは、恐怖で動けなかった。

その為パーティーは寸断され、彼女を庇ったクランは大きな怪我を負ってしまっていた。


「そんな顔するなって」


クランは心配そうに自分の顔を覗き込むレンの頭を撫でた。


「隠形の結界は利いてるんだ。此処に隠れてれば、きっと見つけ出してくれるさ」


「でも……それじゃあクランさんの体が!」


ミノタウロスから身を隠す為、煙幕を張って咄嗟に小さな横穴に2人は飛び込んだ。

結界を張っている為、発見の心配はないだろう。

問題があるとすれば、それはクランの体の状態だった。


止血しポーションを使用してはいるが、本来なら致命傷になりかねない傷であるため、完治には程遠い。

このままきちんとした治療を受けられなければ、彼女が失血死するのはそう遠くない未来だった。

間違いなく仲間達の救助は間に合わないだろう。


「確かに……この出血はやばいね。レン……傷口を焼いてくれるかい?」


「な……そんな事をしたら……」


傷口を焼いてしまえば、確かに出血は止まるだろう。

だがそれは危険な賭けだった。

重傷を負って弱っている状態で傷口などを焼かれたら、下手をすればそのまま落命しかねない。

仮にそれが上手くいったとしても、それでも延命効果は微々たるものでしかないだろう。


明かにリスクに見合わない手段だ


「あたしは頑丈さが取り柄だからね、大丈夫さ。それに……あの子を残して死ねない……だから、頼むよ」


「……分かりました」


暫くの沈黙の後、レンは小さく頷く。

それは覚悟の籠った返事だった。

万一クランが命を落とす事になったなら、自分もその場で命を絶つという覚悟だ。


「痛いですけど、頑張ってください」


「お手柔らかに頼むよ」


クランが自らの傷口から、止血用の布を押し付けていた手をのける。

そこには抉られ、むき出しになった赤黒い肉が見ええいた。

そこから血がまるで泉の様に、絶えず染みしてきている。


「ファイヤ!」


レンが素早く魔法の詠唱を終え、炎の魔法を口ずさむ。

彼女の手から生まれた炎は、クランの腹部の傷口だけを正確に焼いた。


「っ!!!!ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!」


クランは激痛に歯を食い縛り、悲鳴を抑える。

幾ら隠形の結界を張っているとはいえ、あまり大声で叫べば、近くをうろついているミノタウロスに聞こえてしまうかもしれないからだ。

それを避ける為、彼女は腹の焼ける痛みを死ぬ気で耐え続ける。


「はぁっ……はっ……ぅっ……何とか……堪えれた……」


「クランさん……」


「レン……ありがと……う」


強靭な精神力で痛みに耐え抜い彼女は、泣いているレンの頭を撫でようと手を伸ばすが、流石に限界を迎えたのかその場で昏倒してしまった。


「お願い……神様……どうか、どうかクランさんをお救い下さい」


両手を組み、レンは涙声で神に祈りを捧げる。

自らではなく、大切な仲間の為に。

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