第29話 同居

「ふぅー」


アイシャさんが目を瞑って深呼吸した。

彼女は最初に来ていたドレスと同じ桜色の、チャイナドレスの様なスリットの入った服に着替えている。


「では、行きます」


彼女はその場で2度ほど軽く飛び――スリットから綺麗な足がちらちらと覗き見えて、俺は目のやり場に困ってしまう――宣言と同時に此方に突っ込んで来た。


「――っ!?」


一瞬で間合いが詰まる。

信じられない速度だ。

ひょっとしたら俺と同等、いやそれ以上かもしれない。


「はっ!」


アイシャさんは短く息を吐くと同時に拳を突き出した。

俺はそれを後ろに飛んで躱す。

だがその間合いも一瞬で詰められ、今度は回し蹴りが俺の胴へと飛んでくる。


「剛旋脚!」


素足が丸出しだが、とてもそれを堪能する余裕などない。

俺は手にした盾でそれを受け止める。

いや、受け止めきれずに吹き飛ばされた。


「いっつぅ……」


辛うじて倒れこそしなかったが、受けた腕が痺れる。

とんでもない威力――


「げっ!?」


見ると、蹴りを受けた盾がくの字型にへしゃげていた。

鉄製、しかもそこそこ分厚く出来ていた物を蹴り一発でここまでするとか、なんちゅう威力だ。


テアはアイシャをギルド最強と言っていた。

話しを聞いた時は何かの冗談かとも思ったが、この出鱈目な強さなら納得せざる得ない。


「私の力は分かっていただけたかしら?次は貴方の番ですわ」


彼女は追撃をかけて来ず、その場で指先をクイクイと動かし攻撃して来いと挑発して来る。


俺は手にした剣を強く握りしめた。

素手の女性に武器で斬りかかるなど、本来なら躊躇う所だが。

彼女が相手なら何の気兼ねもない。

本気で行かせて貰う。


「行くぞ!」


地面を強く蹴り飛ばし、数メートルあった間合いを一瞬で詰める。

そのまま剣を上段に振りかぶり、真っすぐに振り下ろした。


剣術を習っていない俺では、巧みな剣の扱いは出来ない。

只々フィジカルによるスピードとパワー。

それで押し切る。


「ふっ」


彼女がそれを半身で容易く躱す。

勿論これが当たるとは思っていない。

俺は振り下ろしている途中の剣を力ずくで軌道修正して、剣の腹の部分で――刀身を返す技術等ない――力いっぱい彼女を薙いだ。


「すぅ」


アイシャは静かに息を吐きながら、流れる様な手つきで剣の根元に掌を当てる。

次の瞬間、彼女の手が光った。


武器破壊ウェポンブレイク


彼女の触れた部分に亀裂が走り、剣はそのまま根元からボッキリと折れてしまった。


「……」


柄だけになった剣を、俺は呆然と眺める。

マジかよ……盾といい、剣といい。

このお嬢様化け物か何者か?


「私のクラスはバトルマスター。今のは武器破壊のスキルですわ」


「お嬢のスキルはミスリル級の武具でも無きゃ一発だぜ!」


観戦していたライラさんが楽し気に声を掛けて来る。

盾をへしゃげさせられ、剣迄へし折られた以上、俺の負けは確定だ。

アイシャさんが攻撃してこないのは、そういう事だろう。


「参った」


俺は両手を上げて降参を告げる。

スキルを使えば逆転も可能だろうが、人前で永久コンボを使うつもりは更々無い。


「何かの冗談かしら?貴方はスキルをまだ一つも使ってはいない様ですけど?」


「武器も盾も潰されたんだ。今更スキルを使っても――」


「異世界人は、強力なスキルを駆使すると伺っています」


テアの方を見ると、笑顔で此方を見ている。

どうやら俺が異世界人だという事を、アイシャに話している様だ。

まあ彼女はギルドのリーダーだ。

報告して然るべきではあるのだろうが……


「おう!もったいぶらずに異世界人のスキルを見せろ!」


ライラさんの言葉に俺は固まる。

うん……確かに口封じはしていないけども、普通脅した内容を他の人間にも話すか?


「ご安心ください。貴方の事を女王アイリーンに報告するつもりはありませんから」


アイリーンの名が出た。

彼女はどうやら、俺があいつに召喚された異世界人だという事に気づいている様だ。

まあ異世界人なんて召喚されなければこの世界にはやって来ないだろうし、中枢に食い込む貴族の令嬢なら、アイリーンによる召喚を知っていてもおかしくはなかった。


唯一つ気になるのが……何故報告しないのかだ。


異界竜の事はバレてはいないと思うが、魔人の復活阻止には異世界人の力が必要だ。

それを考えれば、逃げ出したと思しき異世界人の報告は絶対に行うはず。

それとも魔人復活の事を彼女は知らないのだろうか?


「なんで報告しないんですか?」


ドストレートに聞いてみた。

返答次第では、夜逃げすることになるだろう。

俺の存在がバレるのはあれだが、捕まるよりはマシだろう。


「女王が大っ嫌いなのです。死ぬ程」


アイシャさんは笑顔でとんでもない返答を返して来た。

俺はその言葉に虚を突かれ、目をパチクリとさせる。

まさかそんな原始的な返答が返って来るとは、夢にも思わなかった。


「彼女の横暴は目に余るものがあります。貴方もそれに耐えきれず逃げ出したのでしたら、ご存じでしょう?」


「ええ、まあ……」


逃げ出したというよりは、廃棄されかかったってのが正解だが。

だがいくら嫌いだからと言って、対魔人用の戦力を見逃す物だろうか?

ひょっとして冗談抜きで、魔人復活のの事は知らないとか?


「魔人の事はいいんですか?」


「魔人の復活など、女王が自らの権威を示す為だけの戯言です。適当に召喚者達にダンジョン探索をさせ、あたかも再封印したという実績で国内の上級貴族を黙らせる腹積もりなのでしょう。女王としてやりたい放題やっている彼女に、肝を据えかねている貴族は多いですから」


召喚の際に説明された事は嘘だったという訳か。

確かに、あのクソ女王が素直に真実を話していたと考えるよりは納得のいく話だ。


「それに召喚した強力な異世界人は、そのまま自身の戦力として保有できるわけですから。彼女からすれば正に一石二鳥と言った所でしょうか。大半が罪人だったとはいえ、1000人もの命を使ったその行動は到底許容出来る物ではありません。あの女は屑です」


アイシャさんは眉根に皺をよせ、不快極まりないという表情でアイリーンの事を吐き捨てた。

その表情や言葉に嘘はないように思える。


「納得して頂けましたか?」


彼女の言葉は、ある程度信用に値する内容であった。

実際レンタンで聞いたアイリーンの評判は、最悪に近い物だ。

女王としてはゴミである事は間違いないだろう


「ええ、まあ」


今の状況は、ある意味あいつの性格の最悪さが俺に味方してくれていると言っていい。

もし表面上だけでも良い女王を演じていたなら、俺の事は速攻で報告されていた事だろう。


「では続きを」


とは言え、丸々信じ込むのは危険と言える。

スキルは――ちょっと誤魔化して使うとしよう。

奥の手を一個ぐらいは残しておきたい。


「分かりました」


俺は柄だけになった剣を捨て、腰のホルダーから小ぶりの革袋と小さなナイフを取り出して手にとる。

多分、この革袋をそのまま投げても躱されるだけだろう。


だから――


「いきますよ!」


左手で放射線を描く様に、アイシャさんに向かって革袋を投げた。

彼女はその拍子抜けなしょぼい攻撃には首を捻りつつも、それをひょいと避ける。

その瞬間、俺は手にしたナイフを勢いよく投げつけた。


目標はアイシャさんではない。

革袋の方だ。

投げたナイフは空中で革袋を切り裂き破裂させ、中に詰まっていた水を辺りに飛び散らせる。


「ぅ……これは……」


アイシャさんは咄嗟にそれを躱すが、飛沫の一部が彼女の服に染みを作る。

永久コンボ発動だ。

雫一滴でも俺のスキルは発動する。


「はっ!」


俺はそのまま突っ込み、彼女の顔面目掛けて正拳突きを――直前で止める。

寸止めかつ攻撃の意思を籠めてはいないので、永久コンボ中でもこれなら彼女にダメージは入らない。


俺はすぐさま、彼女にかかったスキルを解除する。


「これが俺のEXスキル。行動停止です」


永久コンボでは無く、相手の動きを封じるだけと偽っておいた。

まあ実際問題、隠す事に意味があるかどうかは微妙な気もするが、何となく気分的に余裕が出来るのでいいだろう。


「成程……相手の動きを止め、死の叫びバンシーを一方的に攻撃して倒したという訳ですか。恐るべき能力ですね」


「無しだと流石に勝ち目はなかったですね。あの化け物には」


こっちは嘘を言ってはいない。

100回以上同じ所に攻撃を当ててやっと倒したレベルだ。

普通に戦ってたら絶対無理だった。


「この勝負、私の負けですね。ではバーンさん為に部屋を用意しましたので、そちらに案内致します」


「え?」


「テアから聞いているとは思いますが、女神の天秤のメンバーは皆この屋敷で暮らしています。リーンさんの分も用意してますので、安心してください」


「はぁ……どうも」


そんな話は一切聞いていないのだが……まあ宿代が助かるからいいけど。

テアの方を見ると、さっさと屋敷に向かって歩いていた。

案外いい加減な娘らしい。

まあ子供だからしょうがないか。


「どうぞ」


メイドさんが俺の傍に寄って来て頭を下げる。

彼女が部屋まで案内してくれる様だ。


「流石師匠です!」


リーンが駆け寄って来る。

流石とか言われても、あんまり勝った気はしない。

ライラさん達との手合わせとは違い、勝負というよりはお披露目に近い感じだったからだろう。


「では、こちらへどうぞ」


俺とリーンはメイドさんに部屋へと案内される。

屋敷の2階にある一室だ。

かなり広い。

室内には天蓋付きの豪華なベッドが置かれており、壁際には質の良さそうなクローゼットや机が設置されていた。


「ここを俺一人で使うの?」


「はい。御用命の際はベルでお呼び下さい」


ベッドの脇にあるサイドテーブルにはベルが置かれていた。

どうやらある程度の事は、彼女達に頼んでやってもらえる様だ。


例えるならホテルのルームサービスの様な物だろうか。

まあそんなの使った事無いけど。


「ではどうぞこちらに」


「はい!」


彼女はリーンを連れて向かいの部屋に入って行く。

俺はベッドに座り、上着を脱ぐ。

実はさっきから胸元に違和感があってしょうがなかったのだ。


「なんだ?瘤?」


指で触ると、心臓の辺りに何か丸い瘤の様な物が出来ていた。

視線を下に向けると、それは青く丸い形をしている。


「……青?え?青!?」


何が何だから分からず混乱する。

俺はベッドから立ち上がり、壁際の姿見の前に向かう。

鏡に映る胸の中心部分に、青いイボが出来ていた。


サイズもそうだが、色があり得ない。

何だこれと焦りながらグニグニと弄ると亀裂が走り、イボがゆっくりと開いていった。


まるで花の様に咲くそれの中心からは、小さな人型が現れる。

それは青い色をした女の子の上半身だった。


……

…………

………………え!?何これ?夢か?


鏡越しに少女と目が合う。

すると彼女は愛らしい満面の笑顔で口を開いた。


「にぱぁ」


「…………………なんっっっじゃこりゃあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


大きな屋敷に俺の魂の雄叫びが響く。

この日、俺の体に謎の同居人が出現した。

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