第14話 自由

「ふわぁあ……」


欠伸をしながら兵士達の後に続く。

俺以外は全員馬に乗ってはいるが、舗装されていない荒い森の道では速度が出せないので普通に歩いてついていけている。


集団は一旦ヘキソン村へと立ち寄り、そこで馬を降りた。

ここからは馬で進むのが厳しいので、全員歩きだ。

少し休憩の後、馬の世話の為に何人か兵士を残して出発する。

前方から例のちょび髭がギャーギャー騒いで部下に当たり散らしているのが聞こえて来たが、幸い俺は最後尾らへんなので影響はなかった。


やがて一行は死の山。

俺が即死ダイブをかました山へと辿り着く。


相変わらず見事な絶壁だ。

ここから昇るのはまず無理だろうから、大きく迂回して昇れる場所を探すのだろう。

とか思っていたが、何故か行軍が止まり、これまた何故だか俺はちょび髭に呼び出された。


「貴様は此処から昇り、横穴から中に入ってドラゴンを確認してこい!」


「……え?」


言っている意味が分からない。

この絶壁は軽く100メートル以上はある。

普通に考えたら昇れるわけがないのだが、アホなの?


「ボードを出せ!」


ちょび髭は後ろの兵士に指示を出す。

すると兵士は背負った背嚢から四角い一枚の板を取り出し、それを俺に渡してきた。

それは一辺1メートル程の板で、紋章の刻まれた青い色の面と赤い色の面がある。


「さあいけ!」


いや、さあ行けと言われても。

これで一体どうしろってんだ?

多分絶壁を昇る為に使う物なんだろうが、説明されないと全く使い方が分からない。


「えーっと……これは何です?」


「なんだ?お前エアボードもしらんのか?ふん、これだから教養の無い傭兵は……おい!説明してやれ!」


兵士の説明では、赤い面を上に向けて乗るとゆっくりと上昇し。

青い面を上に向けて乗ると、ゆっくり下降する浮遊系のマジックアイテムだそうだ。


試しに赤い面に乗って見ると――


「おお、すげぇ!」


ボードはゆっくりと上昇していく。

どういう原理かは分からないが、流石異世界だ。


「わかったな!じゃあ行ってドラゴンの状態を確認してこい!」


「はぁ……」


気の無い返事を返す。

どうやら俺を雇ったのは、捨て駒にするためだった様だ。

確認に行った際、竜が暴れれば高確率で命を落とす事になる。

兵士から犠牲を出すのを避けたいから、その役を押し付ける為に俺を雇ったのだろう。


全くふざけた話だ。

ま、俺は異界竜が死んでいるのを知っているから別にいいけど。


「言っておくが、適当な報告は許さんからな!ドラゴンの特徴を確認するから、ちゃんと見てこい!」


そんなに気になるなら自分で見て来いよ。

そうは思っても、勿論口には出さない。

俺は入り口の真下辺りに移動して、エアボードを使って上に上がる。


速度は大して出ないので5分程かかったが、入り口に入ってボードを回収。

そのまま中に入って行く。

適当に入り口付近で時間を潰しても良かったが、特徴がうろ覚えなので、一応確認の為奥へと進んだ。


細い通路を抜け広い空間に出ると、そこには巨体の竜が倒れていた。

俺が殺した時のままだ。

強い腐臭などは無いので、どうやら遺体はまだ腐ってはいないらしい。


「まさか、生きてはいないよな?」


まあそんな訳は無いか。

特徴を確認するために俺は無造作に近づく


――その時、目が合った。

竜と。


「なんだ?まだいたのか?」


臓腑を掴まれるような重い声が響き、倒れていた竜が首を擡げ俺を見下ろした。

全身に強い怖気が走る。


「…… 」


俺は悪い夢でも見ているのだろうか?

確かにこいつは死んでいた筈だ。


「なんで……」


「くくく、我は不滅よ。例え命を落とそうとも、何度でも蘇る」


「くっ!」


腰につけていたポーチから水入りの革袋を取り出し、素早く投げつける。

この巨体だ、躱される心配はない。


「ふんっ!」


「うわっ!?」


奴が鼻を鳴らした瞬間、俺の体が吹き飛ばされた。

鼻息だ。

とんでもない量の風圧に、革袋が途中で弾けて中の水は俺の方へと飛んでくる。


「我に同じ手は通じんよ」


「くそっ!」


やばい!?

逃げないと殺されれる!


本能的にそう判断し、逃げる為通路へ飛び込もうとする。

だがそれよりも早く、ドラゴンの火の息が俺の行く手を阻んだ。


放射熱で俺の皮膚が強く炙られる感覚、だが痛みはない。

ダメージ無効のインバイルドのお陰だろう。

どうやら発動すれば痛みはない様だ。


って、そんな事を考えている場合ではない。

俺は石を拾って投げつける。

だが、再び息で跳ね返されてしまう。


不味い……

不味い不味い不味い不味い。


俺のスキルは装備でも何でも、当てられさえすれば発動する。

だが奴の吐き出す息で跳ね返されてしまったのでは、発動させる事が出来ない。


何としてでも奴に攻撃を当てなければ――俺は死ぬ。


背中に冷たい物が伝う。

くそ……こんな事なら、カンソンで兵士達を見た段階でさっさと村から出て行けばよかった。

そう本気で後悔するが、後の祭りだ。


「くくく、安心しろ。貴様は俺を自由にしてくれたからな。だから殺しはしない」


竜が楽し気に目を細める。


「自由……だって?」


そんな物を異界竜に与えた覚えはない。

言っている事が理解不能だ。

だがさっき迄感じていた怖気の様な物は、もう感じなかった。


殺気が消えた。

そう考えていいのだろうか?


「我は古き盟約により、この場に縛られていたのだ。だが貴様が我が脳を破壊して殺してくれたお陰で、それが解除され今や自由の身よ。その礼に、一度だけ殺さず見逃してやろう」


そう言うと、異界竜は俺から離れて奥へと歩いていく。


「おっと、そうだ」


「ふんっ」と異界竜が鼻を鳴らすと、奴の鼻の中から光る小さな球が飛びだした。

それは俺の足元に転がる。


「我が脳に嵌っていた盟約の証よ。それは貴様にやろう。好きに使うと言い」


好きに使えと言われても、これが何なのかもわからない。


「どう使えばいいんだ?」


「それは自分で考えろ」


どうやら答えてくれる気はない様だ。


だが、何となくだが分かる。

この足元に転がる小さな光る玉に、強い力が込められている事だけは。

俺はそれを拾い上げ、恐る恐る横穴つうろへと向かう。


どうやら異界竜は本気で俺を見逃してくれるらしい。

その場から動かず、じっとこちらを見ている。


俺は通路へと飛び込み、出口に向かって走った。

見逃しては貰えたが、いつ気が変わるとも限らない。

一分一秒でも早く、この場を離れたい。


俺は出口から飛び出し、その際そこに置いてあったエアボードを手に取って足元に沿える。

勿論下に降りる為の青い方だ。


「くそっ!早くしてくれ!早く!」


ボードの降下速度はゆっくりだ。

早く逃げ出したいのにその低速にイラついて、つい早く早くと連呼してしまう。


地上10メートル。

もう飛び降りても大丈夫そうな位置にまで降下した所で、上方から大気を揺るがす轟音が響いた。

上を見上げると、山の頂上部分が吹き飛び、巨大な影が飛び出したのが見えた。


異界竜だ。

奴は上空を軽く一回旋回したのち、何処へともなく飛んで行ってしまった。


「くっ!」


奴が吹き飛ばした山頂部分が瓦礫となって降り注いでくる。

俺は足元のボードの縁を強く蹴って、絶壁とは逆方向に大きく飛んで避難する。


頭から周る様に受け身をして着地しゴロゴロと周り、止まった所で急いで起き上った。

特に体に痛みはなく、骨折などはしていない様だ。


振り返ると、巨大な岩が兵士達の上に落ちるのが見えた。

全員が潰されたわけでは無いだろうが、かなりの数が命を落とした筈だ。


「人の事、気にしてる場合じゃねぇ!」


更に石や岩が周囲に降り注ぐ。

俺はそれを避ける様に全力で走り、森へと飛び込んだ。

流石にここ迄瓦礫は飛んでこないだろう。


「やばい奴……解き放っちまったな」


別にそれが完全に自分のせいだとは思わない。

俺は生き延びるために努力した。

それだけだ。

元凶が居るとするならば、それは俺をあそこに送ったアイリーンで間違いないだろう。


だがそう考えてはみても、腹の中に嫌な気分が渦巻いてしまう。


「あー、ったく……」


俺は立ち上がり。

視線を空に向ける。

もう瓦礫は落下してこない様だ。


「取り敢えず、生存者がいないか見に行くか」


生きている人間がいるかもしれない。

そう思い、俺は山の麓へ戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る