第1話

 ダルニスはひときわ高い山の中腹で下界を見渡していた。北東には「サーマ湖」と呼ばれる大きな湖があり、その南には「ナダの森」と呼ばれる森が広がっている。ダルニスのいる山は「ドゼル山」と呼ばれており、これらはこの世界の中核を担っている。ナダの森の東側には、小さな集落がいくつか点在していて、それらを見下ろしながらダルニスは、高い位置で結った白銀の髪をたなびかせていた。


「ダルニス」


自分の名前を呼ばれて振り返ると、キディアが立っていた。


「どうした?」


キディアはダルニスよりも七歳年下だというのに頭一つ分身長が高い。健康的に日焼けした肌には、仕事でついたのだろう小さな傷がいくつか見え隠れしている。肩まで伸びる黒髪は、明らかに手入れがされていない。しかしダルニスは、なぜキディアが髪の手入れをせずに雑然と伸ばしているのかを知っている。それは、左頬にある赤いアザを隠すためだ。


「そろそろ食事の時間だ」


キディアの低い声が風に乗る。ダルニスは目を閉じ、息を大きく吸い込み、そして小さく吐いた。キディアが近づいてくる気配がする。


「緊張しているのか?」


目の前に立つとキディアは言った。ダルニスは答えなかった。代わりに少し笑った。


「当たり前か」


キディアも少し笑っているようだった。目を開くと、思っていた通りのダルニスの顔があった。


「怖いと言ったら嘘になるし、かといって、怖いだけかと言われたらそんなこともない。ただ、私はやり遂げなければいけない」


キディアはそれを聞くと大きな一歩を踏み出して、ダルニスの隣に立った。先ほどダルニスがそうしていたように、眼下に広がる景色を眺める。ダルニスも振り返り、広大な土地に目を向けた。ここから見えるもの全てが馴染みのあるもののようにも思えるし、それと同時に全く知らない場所のようにも思える。


「いざとなったらタンガスがいる。頼りないかもしれないけど、俺もトーヤもいる。一人じゃない」


キディアはそこで一息つくと、神妙な面持ちで続けた。


「本当はハンクスがいれば、もっと気が楽だったんだろうな」

「ハンクスがいても同じだったと思うよ。私はハンクスと違って強くないんだ」


自嘲を込めてダルニスはふふっと笑った。


「ハンクスもそんなに強くなかっただろ」


真面目な顔をしてキディアがそんなことを言うものだから、ダルニスはもっと笑った。キディアにとって強いか弱いかは、重い荷物が持てるか持てないかという単純なものなのだろう。


「そうだな」


ダルニスはそう言ってその場から動いた。少し離れたところでタンガスとトーヤが火をおこしながら待っているだろう。キディアは不思議そうな顔をしてダルニスの後に続いた。

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