その五

 俺は早川泰の住んでいるマンションを訪ねた。

 当然だが、間もなく彼の妻となる菅沼由美にも来て貰っているのは言うまでもない。


 俺は美奈子を探し出した話をし、彼女の思い、現状、それから最後に預かった品物を渡した。


 泰は相変わらず何も答えない。

 渡された預金通帳などを手に取り、一つ一つ確かめるように見ている。


『・・・・これで、何をしてくれっていうんです?』

 泰が小さな声で言う。

 唇が震えていた。

『まさか、許してくれとでも?』頭を上げ、俺の方を見た。

『いや、彼女・・・・貴方のお母さんは何も言っていませんでしたよ。”許されるとは思っていない。ただこれだけは渡して欲しい。私に出来る精一杯のはなむけだから”ってね』


 彼はまた黙った。相変わらず唇を噛みしめている。涙が頬をつたい、膝の上に落ちた。


 隣に座っていた婚約者の由美が、彼の手を握り、背中を撫でながら、

『泰さんの気持は良く解るわ・・・・でも、お義母かあ様もきっと辛かったのよ・・・・ね?』

 泰は何も答えず、唇を震わせて涙を流していた。




 三か月後、俺は二人の結婚式と披露宴が行われるホテルに来ていた。


 本当ならばもうこっちの仕事は済んだんだから、後はどうでもいいことなんだが、俺の性格だな。

 最後まで見届けないと気が済まないものでね。

(勿論、依頼人である新婦に頼まれたってこともあるんだが)


 俺は一張羅の略礼服を着て、披露宴会場の隅で座っていた。


 新郎の母、つまり美奈子は、俺のすぐ隣にいる。


 本来なら親族の席にいるべきなんだろうが、彼女の方で”招待されただけで満足だから”と、遠慮をしたのだという。

 

 美奈子は黒の留袖に、薄化粧をして、いつものやつれた顔を隠し、生来の美しさを取り戻しているようだ。


 新郎と新婦が入って来た時、彼女はハンカチを目に当て、涙が止まらない様子だった。


 そのまま式が進む。


 彼女は二人から目を離そうとしない。

 まるで自分の目に、二人の姿を焼き付けておこうとしているかのように。


 お色直しが済み、いわゆる『両親への挨拶』となった時、新郎が立ち上がり、


『ちょっと待って下さい』

 とマイクを取った。

”僕には最後にどうしても挨拶をしておかなければならない人がいます。佐橋・・・・いえ、早川美奈子・・・・僕の母です!”


 俺の隣にいた彼女が戸惑ったような表情を見せる。

 全員の視線がこちらに集中した。

 俺は”さあ”と彼女を促し、椅子を引いて立たせる。


 彼女は正面に立っている新郎新婦を見て、ゆっくりとした足取りで二人の前に進み出た。

 新郎と新婦が揃って花束を持ち、

『お母さん、来てくれて有難うございます!』


 合唱するような調子で彼女に渡した。


 美奈子は、

『有難う・・・・有難う・・・・幸せになって頂戴ね』それだけ言って、後はただ泣くばかりだった。


 会場が一杯の拍手に包まれる。

 

 俺は感動などというものとは、縁遠いところに生きてきた人間だが、今日ばかりは何だかほんの少し(ほんの少しだぜ。間違いなく)、目頭が熱くなったのを感じていた。


 式の後、俺は新郎新婦から、探偵料ギャラとは別に礼金をはずんでもらった。

 これで俺はたまっていた家賃も払えて、おまけに美味い酒まで呑めているってわけだ。

 なんだって?

”こんなもん、ハードボイルドじゃねーじゃん!もっとましな話はないのかよ?”

 何言ってるんだ?

 俺は自分の体験した話をそのまま紹介したに過ぎん。これが嫌なら、他を当たるんだな。悪しからず。

 殺伐としたご時世に、こんな話があったって構わんだろう?


                            終わり


*)この物語はフィクションであり、登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。







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憎悪と思慕の狭間で(にくしみとおもいのはざまで) 冷門 風之助  @yamato2673nippon

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