第20話 ~束の間の休息~アルドローグからの出航

 港町ベリルコート。

 約3週間ぶりにようやく戻ってきた砂漠でない土地に、サリュナとトーヴァンは歓喜すると共に安堵を覚えた。


 キャラバンとはここでお別れだ。

 キャラバン長やキャラバン員の皆に手厚く礼を言い、別れの挨拶を済ますと、ひとまず宿の手配をすることに。


 過酷な砂漠越えを終えたのだ。まずはゆっくり休みたい。


 宿帳への記入を済ませ、併設の酒場で夕食をとったが、2人とも疲労でうつらうつらしてしまい、もはや何を食べたかもろくに覚えていない有様。


 2人が意識を取り戻したのは翌日。互いの部屋の互いのベッドでそれぞれ目を覚ますと、かなり日が高く。完全に正午をまわっているのに驚いた。


 慌てて船便の確認に行くと、週一で出ている定期便は、ちょうど明日出発するという。


 クレイニースまでの長い船旅を考えるとげんなりするよりも焦りの方が今は強い。けれど、定期便が明日発とは、幸運であると言って良い。


 急ぎ明朝の便のチケットを取ると、


 ――ぐぐうぅ。


 2人のお腹がほぼ同時に鳴った。


 お互い照れ笑いしながら、今日はまだ何も口にしていないことに気づき、手近な食堂に入る。


 港町だけにやはり魚がとても美味しい。


「また、2人だけになっちゃったね……」

 アクアパッツァをつつく手を止め、突然サリュナがそんなことを言う。


「僕と二人きりは嫌かい?」

 ブイヤベースを啜りながら、冗談めかしてトーヴァンが尋ねる。


「そういう事じゃなくて、その」


 慌ててサリュナは言い繕う。


「なんとなく、ちょっと寂しいなーって。」


「そうか。レイさん賑やかだったもんな。」


「うんうん!」


 レイのことを話しながら、レイとの旅の思い出をあれこれ思い出す。どれも楽しい思い出ばかりだ。


 おかしくって、楽しくって、笑えて、泣けた。


 ――ううん、この涙は笑いすぎただけ!


 そんな言い訳を心の中でして。


 トーヴァンが元気づけるように話を盛り上げてくれている。


 語り口が巧く、知らず知らず近隣の席の客まで巻き込んでいるあたり、さすが吟遊詩人、と言ったところか。


 そうこうしてるうちに日はとっぷりと暮れて、慌てて宿に戻る2人。


「今日はもう寝なくちゃ、明日は早いからね」


 お休みの挨拶、そして就寝。

 今日は寝すぎたせいか、なかなか寝付けなかったのだが、なんだかんだで気がついたら熟睡していた。



 ◇◇◇◇


 翌朝はスッキリと目が覚めた。


 2人とも少し早めに起きたので、出航前に少し海を眺めることにする。


 海鳥の鳴く声。

 吹き渡る潮風。


 それらに身を任せながら、見つめる、海。


 まだ少し肌寒い空気も心地よく、時々差す日光が眩しい。


「おや、あんた、もしかして」


 トーヴァンを見てすれちがった男性が声をかける。


「!」


 トーヴァンの体が強ばる。


「ああ、やっぱり!!グレイズさんとこの坊ちゃ…じゃない、若旦那じゃないですかい!!」


「……なんのことでしょう?人違いでは?」


 トーヴァンはしらを切る、が。


「人違いなもんか!!トーヴァン若旦那!!」


 ――そっか、ここはトーヴァンの出身大陸だったっけ。


 観念した様子のトーヴァンを後目に、ふと思い出す。


 ――でも、この街出身って言うわけでもなさそうだけれど。


「ちょっと今急いでいるんだ、またにしてくれないか」


「分かりやした!でもたまにはグレイズの旦那に顔、見せてやってくださいよ!!」


 意外とあっさり引き下がった男を置いて、トーヴァンは早足に港へ向かう。


「ちょっと早いけど、そろそろ乗船口へ行こう。余裕を持って行動しないとね。」


「うん、分かったわ。」


 乗船口には既に乗客達が集まっていた。

 乗船手続きを待ちながら、サリュナはトーヴァンに問う。


「さっきの人、お知り合い、よね。」


「うん、まあ、ね。」


「グレイズさんって、トーヴァンのお父様?」


「うん、そう」


「会っておかなくて、よかったの?」


「いいんだ、君は急いで戻らなきゃ行けないだろう? 僕の事は気にしないで。」


「でも……」


 なおも言い募ろうとするサリュナを無言で制し。乗船手続き前の最終チェックを始める。


 自分がいるからトーヴァンは家族に会わないでこの土地を去るのだろうか――


 そんな思いがサリュナの胸をよぎる。


 少しのモヤモヤを残しながら、2人はアルドローグ大陸を後にするのだった――

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