タニス

あん

タニス

高校に入った昌磨しょうまは両親のすすめでタニス部に入部した。両親が元々タニスがきっかけで知り合って結婚した事もあり、往年の名プレイヤー『長谷川昌磨はせがわしょうま』にあやかって

我が子に昌磨しょうまと名付けていたほどだ。


タニス部に入部した一年生を待ち受けるのは名物の腿上ももあげ1000本である。これを毎日朝夕二回、つまり2000回行うのだ。これに耐えきれずに毎年新入生の半分が退部していく。


昌磨しょうまも毎日太ももに走る激痛を堪えながら部活を続けた。そして1ヶ月ほどしてやっとパッソンをつけての練習となる。


パッソンを膝に付け、昌磨しょうまが気付いたのは中学までのパッソンとは長さも重さもまるで違う事だった。随分と取り回しが難しい。ハードな腿上ももあげはこれを振るうための訓練だとわかった。


「お前らがこれまでどれだけやって来たかは知らん。だが小学校や中学校でやっていたものは単なる遊びだ。本当のタニスはここからが本番だ」監督は竹刀片手に新入生達に言い放った。


昌磨しょうまたちはそれからというもの、過酷かこくなフライトスの訓練を叩き込まれる。監督が打ち下ろすフライ(球)を膝のパッソンで打ち返さねばならず、もも上げに加えて激しい跳躍ちょうやく余儀よぎなくされた。


フライトスの完成形はフランスのフィリップスが1990年に見せたフィリップス型と言われ、仏紙フランスしル・モンドはこれを「フィリップスには重力は作用しない」と形容し、宇宙遊泳のようだと絶賛している。つまり跳躍ちょうやくによる滞空時間たいくうじかんがポイントになっている。


そこで昌磨はフィリップスの当時の試合映像を入手して丹念たんねんにこれを研究する事にした。

フィリップスの常人離じょうじんばなれした跳躍力ちょうやくりょくは真似できないが、何かしらのヒントを探すべく、何度も何度も彼の動画を視聴し、研究した。


最近さいきん昌磨しょうまのドミットスルーが激しくなってないか?」いつしか二年生の間で密かな話題になっていた。

フライトスによるスピンが一定の回転を越えるとフライの挙動は空中で二回バウンドし、相手のパッソンをすり抜ける。このドミットスルーと呼ばれる返球へんきゅうが、昌磨しょうまの場合2回半のバウンドになっているのだ。だから対戦者は返球が何バウンドするかを見極めてから打ち返さねばならず、ゲーム自体が昌磨しょうまに左右されてしまうのだ。


「そろそろ大会が近くなってきた。スタメンを発表する」顧問の先生から次々に三年の主力メンバーが読み上げられる。

昌磨しょうま!お前もだ」二年生が読み上げられる前に突然とつぜん昌磨しょうまの名前が上がった。

あまりに突然で周囲はどよめいた。


「まあ今年はお前に高校生の大会を見せる意味もある。に乗るんじゃないぞ。来年こそがお前の本番だ」


釘は刺されたものの、昌磨はこれまでの特訓を思い出し、嬉しさを噛み締めていた。

帰り道、テニス部の同級生どうきゅうせい樹里じゅりと歩きながら、この喜びを共有したいと懸命に樹里じゅりにこれまでの事を話して聞かせた。


すると樹里じゅりが言った一言で昌磨しょうまは目が覚めた。



「ねえ。タニスって何?」

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タニス あん @josuian

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