(21)飛鳥Ⅱ

 不死鳥は灰の中より蘇るのだと、あの人は言った。

 あたしの中の力──『聖域(サンクチュアリ)』と呼ばれる力があれば、一度失われた命を再生させることも可能なのだと言う。

 ただ、その為には一度全てを焼き尽くす必要があるのだとも。あの人によると、魂と肉体の両方を再構築させて初めて、不具合無く死者を生き返らせることが出来るのだと言う。そしてどうやらそれは、あたしの父の受け売りであるらしかった。ただそれを以ってしても、あの人の能力で殺した父だけは、蘇生不可能な状態にあるのだと言う。

 あたしには、難しいことは良く分からない。あたしが何者なのか、どういう意味合いを以ってこの世に生み出されて来たのか……そんなこと、どうでも良かった。ただ、あたしの中に皆を助ける力があって、それを為すべき時が今しか無いのなら、あたしは喜んで全てを捧げるつもりだった。


 廃屋に、炎が放たれる。

 皆が……皆の命が、焼き尽くされていく。

『ナンダ、オマエハ?』

 あたしは願った。

『オレノ、チカラ、ホシイノカ?』

 あたしは祈った。

『チカラ、ホシイノナラ。オマエノ、イノチ、オレニ、ヨコセ』

 あたしの中のもう一人のあたしは、あたしの命を欲しがっていた。

 だからあたしは、命を捧げた。それで皆が助かるのなら、あたしは構わなかった。

 あたしは、皆が好きだから。

 あたしは、人間が好きだから。


『ヤクソク、ワスレルナヨ』

 嘲るような、もう一人のあたしの笑みと共に。

 あたしの願いは、叶えられた。

 背中の羽が抜け落ち、あたしはただの人間に戻る。

 そして──。


「それで、貴女はこれからどうなさいますの?」

 別れ際、ふと瑞希は、そんなことを聞いて来た。

「んー、そうね。旅に出ようかな、って思ってる。あたしのことを知っている人の居ない、何処か遠くの国に、ね」

「……分かりました。かずらさんには、わたしの方からそう伝えておきます」

「ん。そうしてくれると助かる」

 あたしがそう応えると、瑞希は少し、照れ臭そうに視線を逸らして、

「そ、そうだ……子供達のことなら、心配なさらないで下さい。彼らは、わたし達御堂財閥が責任を以って保護させて頂きますので。もう二度と、研究所の方達には渡しません」

 なんて、とびきり素敵な返事を返してくれた。うんうん、やっぱ最高だよあんた。

「そっか。うん、瑞希ん家なら安全だね。ありがと、瑞希」

「な、何言ってるんですか。命の恩人に礼を返すのは人として当然のことです! そ、それに……わたし、貴女のこと誤解して、こ、殺そうと」

「気にしてないから大丈夫。今ここにこうしてあたしが居て、あんたが居る。それだけで充分じゃない? ね、瑞希」

「し、しかしですね」

 もごもごと、何かを言いたそうに瑞希はあたしの方を見る。

 と、いきなり何かに気付いたかのように、彼女は「あっ!」と叫んだ。

「そう言えば。あの時わたし、貴女のこと、バラバラにしたはずなのに……! どうして貴女、生きていられるんですか!? 携帯人間だから? は、反則ですよそんなの!」

「あ。えーとそれは……むしろあたしの方が訊きたい位なんだけどね……」

 勢い込んで訊いて来る瑞希に、あたしは苦笑を以って応えるしか無かった。

 ──本当は、分かっていた。あの時──瑞希に一度殺されたあの時、あたしは自分の死を意識していた。その時きっと、あたしは無意識的に望んだのだろう。生きていたい、と。死にたくない、と。そして、そんな気持ちに、あたしの体内に在った「聖域」が応えてくれたんだ。父さんが張った、父さん自身の心象世界が。

 小難しい理屈は、あたしには良く分からない。だけどあたしは信じている。あの時あたしの命を救ってくれたのは、他の誰でもない、父さんなのだ、と。

 そしてあたしは、父さんから貰った命を以って皆を助けることが出来た。だからあたしは、父さんに感謝している。


「ごきげんよう。縁が有ったら、またお逢いしましょう」

「ん。ばいばい、瑞希。またね──」

 そうして、あたし達は別れた。

 いつもと同じ場所で、いつもと同じように。

 今生の別れの挨拶としては少し寂しい気もしたけど、あたし達らしいと言えばそんな気もした。


 さて、行こうか。

 かずらの寝顔にキスをすると言う、当面の目標も達成できたことだし。

 もう、思い残すことは、何も無い。


 後は、そう。

 約束、果たさなくちゃ、ね。


 焼け落ちた廃屋の周囲は雑木林に囲まれていて、自殺するにはぴったりの場所だった。

 一本の木の枝に、用意したロープを吊るす。輪っかを作って、それから踏み台も用意した。準備は万端、これであたしはいつでも死ねる。

「随分、手際が良いんだな」

「あはは。実を言うと、自殺するのは今日が初めてって訳じゃないんです」

 感心したのか呆れたのか言って来るサトーさんに、あたしは笑顔で答える。

「けど、いつも結局、あたしは生き残ってしまいました。多分、父さんが護ってくれていたんだと思います。それに……心のどこかであたし、迷っていたんだと思います。本当にこれで良いのか、本当に今死んで良いのか、って」

「………」

「だけど、今日は違いますよ。今日はあたし、胸を張って死ねると思います。

 だって、あたしが、皆を助けたんですよ? 凄いじゃないですか!」

「………」

「なーんて。本当のこと言うと、少し怖いです。きっと怖くて、独りじゃ死ねなかったと思います。あは、サトーさんが居てくれて良かった」

「………」

「あ、そうだ。タイミング、間違えないで下さいね? あたしの呼吸がちゃんと停止してから、下ろすようにして下さい。でないとあたし、生き残っちゃいますから」

「了解した」

 サトーさんは、無口な人だった。でも、冷たい人じゃないってことは分かる。だからこそこうして、あたしに付き合ってくれているんだから。

 ──今から自殺しますから見ていて下さいなんて言って、付き合ってくれる人はそうは居ないと思う。

「お願いします。……あの子を殺せるのは、サトーさんだけですから」

「心得ている。その為の俺で、その為の右腕だ。速やかに処理し、死体は火にくべて灰にしてやる……安心しろ。出来るだけ苦しまないよう、楽に殺してやる」

 あたしの言葉に、サトーさんは静かにそう応えてくれた。

 そう。あたしの中のもう一人のあたしは、「設楽木飛鳥」の死をきっかけとして初めて目を覚ますことが出来る。だからあの子は、何よりもあたしの命を欲しがっていた。あたしが死に、あの子が目覚めたら──きっとあの子は、世界を破壊しようとするのだろう。父さんと同じ過ちを、繰り返そうとするのだろう。破壊こそが、あの子の知っている唯一の生き方であるのだから。そんなこと、あたしは絶対させたくない。だけど、あの子との約束を破りたくも無かった。あたしは、あたし自身を裏切りたくないから。

 だから、あたしは。あの子が目覚める瞬間、サトーさんにあの子を殺して貰うつもりだった。どんなにあの子の力が強くても、父さんを殺せたサトーさんならきっと、倒してくれると信じている。


 そう。だからあたしは、安心して死んで逝くことができるんだ。


 ばいばい、皆。

 父さん。

 かずら。

 瑞希。

 鷹斗君。

 愛美ちゃん。

 それから──。


 ロープの輪に、首を掛ける。


 ああ。

 生まれ変わっても、やっぱりあたし、人間になりたいな。


 人間は、父さん達から見ればずるくて汚くて、醜い生き物なのかも知れないけど。

 それ以上に、大切なものを一杯持っていると思うから。


 あたしは、人間が大好きだから。



 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る