十七章
次いで閑地に目を向けた。背の高いものがいくつか見て取れる。ここ数日動かないと思っていたら、やはり木を
「そろそろか」
不意に声がかかって振り向く。親族の男が
「やはり
「だろうな。そもそもあちらは分が悪い。なんだってこんな無謀な真似をしてるのか俺には理解出来ないね」
周囲は険阻な岩山に遮られた山中、地の利を活かして壁を築いているこちらに対してあまりに勝機が無い。とはいえ、このまま攻めなければまず兵糧が枯渇する。
「だから猋を使えなくしようとしたのだろう。平原側からも攻められればこちらの守りがばらけるからな。まあ城外に万騎も控えているから、時間の問題だ」
親族の男は跿象に頷き、前方に目を細める。
「開戦の
「いや、我らに一任だ」
「それはなんとも、喜んでいいのか、適当だと責めるべきか」
阿呆、と笑う。「それだけ信を置かれていることの証左だろう」
「では周家
「お前がしても良いぞ」
男も快活に笑う。
「見せ場は大人の特権だろ。お譲りするよ。良い音を聞かせてくれ」
任せろ、と跿象も揚々と笑い返した。
窓の外、鈍色の空は朝陽を十分に通してはくれず、それは玻璃を通して弱々しく白くぼんやりとしか影を落とさない。その光に淡く照らされた小さな手を、珥懿はそっと
呼ばれて駆けつけた時にはすでに歓慧の意識はなく、
丞必によると目覚めても朦朧としているという。まだ熱もある。しばらくは安静が必要だ。
名を呼び、眉間に皺を寄せた。こんな時でなければ、ずっと傍にいてやりたい。どうして具合が悪いと気がつけなかったのだろう。妹は自分のことを隠す。いつもこちらや他に気をまわして
守ると誓ったのに。必ずお前を傷つけるもの全てから守ると誓ったのに、こんな有様にしてしまうなど不甲斐ない。
自己嫌悪に飲み込まれてゆく珥懿の耳に、甲高く
「当主。そろそろご準備を」
言われて、もう一度愛しい妹の頭を撫でると丞必と一緒に入ってきた
茜は恭しく頭を下げた。珥懿は傍らに伏す獣の頭も撫でる。「ついていてやってくれ」
珥懿は振り返った。主の鬱屈とした気分が敵への闘争心に昇華したのを見てとり、丞必は黙って道を空ける。
「髪をお結いになりますか」
「久しぶりにお前にしてもらおう」
「私は歓慧さまほど器用ではありませんよ」
珥懿は笑む。
「殺し合いをするのにそれほど美しく結う必要はないだろう。邪魔にならなければいい」
当主は基本的に自らがどんな姿をしようがあまり頓着がない。なぜなら自分が美しいと知っているから、着飾る必要を感じていない。歓慧に任せる時以外は装飾性より機能性を重視した。
「では、僭越ながら」
連れ立って
「……はじまってしまいましたね」
「そうだな」
気のない返事だ。
「当主のことですから、緊張はしないと思いますが。どうですか」
「昔と比べると随分気が楽だ」
「そうでしょうね。悪く言う
分かっている、と珥懿は前を見据えた。
「それよりも、例の件だが」
「くれぐれも悟られるな……特に耆宿院には」
「城に残っているのは
「引き続き警戒しろ。耆宿は信用できない」
丞必は目を伏せた。珥懿は先代の彩影だった人物ですら、自分に仇なす者なのではと疑っている。そもそも老茹が耆宿院に入ったのは当主との仲を取り持つ為だというのに。
開戦からいくらも経たないうちに伝令が血相を変えて飛び込んできた。
「当主――
絶望した顔でくずおれる。
「二泉の間諜が―――‼」
みなまで聞かず、珥懿は足早に南に向かう。ちょうど
「当主、二泉各州に
「何人です」
連れ立って走るように歩きながら丞必は強い口調で問う。
「七人」
「丞必。お前は来なくて良い」
探れ、と暗に言われ頷く。一瞬ののちに姿を消した。皆が動揺している今、敵が動くかもしれない。
「他と連絡は」
「いまだ取れず。もしかしたら捕縛された可能性も。……当主、これは」
珥懿が首を振る。「今は考えても仕方ない。跿象はまだ甕城か」
「ええ。弓弩兵には待ったをかけております」
「よし。お前は伴當を集めよ」
御意、と呟き灘達も消える。珥懿は階段を音なく駆け下り、甕城の上へ続く道へ駆け出す。
その馬道の上で周家の者たちが泡を食っていた。
「――当主!」
主の姿をみとめて一様に縋るように
「気を鎮めろ。跿象はどこだ」
「箭楼に」
「敵は動いているか」
「いいえ。
そのあとは詰まったように声が出ない兵卒たちを通り過ぎ、駆け抜けた
「当主、二泉担当の間諜です。しかも皆要所に潜っていた者ばかり」
姿を確認する。監視の兵が傍らで目を手で囲っている。
「
男は手振りで見えたものを示した。
「蘭家が四人に
跿象も声を低める。
「ですかね、やはり。妙に猋のことに詳しかったのも合点がいきます」
「調べている。泳がせたいから広めるな」
「承知。攻撃はどうします」
「あれ以上進むようであれば人質に当てないよう矢で脅せ。要求があれば聞いて時間を稼げ」
跿象が拝承して、珥懿はひとまず城内に戻る。伴當たちを前にして面を
「七人も捕らえられていると。一体全体、どうしたことか」
「他は」
「今のところ確認できているのは七人だけだ。三層の轒轀車に吊り下げて進んでいる」
灘達が少し落ち着きを取り戻しつつ唸る。
「灌鳥がないのはこのせいだったか。いかがいたします、このままでは各州の架け橋であるあの者たちが輛と懸門に
泉国の都市機構に深く入れた者がその地域一帯の取りまとめ役になる。各都市から集められた情報を整理し、また一族の中枢から伝えられた指示を伝達する役割を担った。火急の際にはこの経路はとばされるが、いずれにしてもこの役を中心にその都市での間諜の動静の方針が決められた。吊り下げられた七人はいずれも各州のまとめ役、名家の精鋭たちだ。
すぐに伝令が来た。二泉軍は
「どこまでも道義を無視する連中め。
「だめだ。そのような危険を冒すことは出来ませぬ」
「しかし、このまま殺されるのを指をくわえて見ていろと?」
「轒轀車は急拵えの三層、城壁には到底届かぬから壁からの侵入は考えずとも良い。しかし入れるなら懸門の三分の二を揚げなくてはならぬ。その後にすぐ閉めてもかなりの敵が入ってきます」
姚綾も同意した。
「懸門を通りきるまでに速度を落とし、兵を少しでも多く入れようとするはず。甕城を落とされれば城が危ない。やはり開けるのはまずい」
「精鋭が州府に出入りできるまでどれほどかかったと思っているのです。みすみす死なせると
「二泉のことだ。攻撃されると思えばすぐに人質を殺す。甕城の中に手間取っている間に外郭から
「……生きている」
伴當たちが一様に目を開く。
「確かに?」
「手傷を負わされていたが意識があった」
芭覇が耐えかねるように袖で口許を覆う。沈黙が流れた。
「……一族の間諜ではないと返してこちらから矢を射掛けるべきです」
やがて、重々しく放った
「お前――なんということを!」
「それが最善です。甕城を開けるなど危険極まりない。轒轀車が懸門を通りきると本当に思っているのですか。甘い。これは間違いなく罠です。おそらく車は門に差し掛かった途中で停止する。門は閉められず、その間に甕城に敵兵がなだれ込む。二泉があの者たちが本当に間諜なのか確証を得てああしているのか定かではないが、いずれにしてもこちらから進んで状況を崩せばこの手は使えないと知るでしょう。間諜たちの他、関わってきた者たちの嫌疑も晴れる。とはいえ門と車に挟まれて潰されるのを見るのは忍びない。ならいっそのこと楽にしてやるのです」
「お前は仲間を殺せと言っているのだぞ。分かっているのか」
「無論です。当主、あなたもそれは思いついたはずだ。箭楼で跿象にそう指示することもできた。であるのに我らを集めたのは、やはり躊躇がおありということなのですか」
当主は答えない。無表情に斂文を見返し、そして隅で俯いている男に顔を向けた。
「
憔悴した青い顔で蘭逸は口籠もる。いつものような覇気がない。
「最も損害を
「……当主、私は……」
苦吟するように声を絞り出す。短い逡巡の後に顔を上げた。
「……二泉を撃退すべきと申し上げる」
「蘭逸!貴様、蘭家の血を絶やす気か。助けを待っているのはお前の最後の息子なのだぞ!」
斬毅が蘭逸の胸倉を掴んだ。蘭逸はその手を掴み返して斬毅を見上げる。
「確かにあれは私の血を受け継いだ最後の子だ。しかしもう間諜としては使い物にならぬ」
「お前……‼」
「私は息子たちには牙族としての身分が暴露され一族に累が及ぶ際には自刃せよと
黙って聴いていた
「
「……そう見えた」
「顔を
蘭逸は斬毅の腕を放すと、主に平伏した。
「当主。七人のために領地を危険に晒すことは出来ません。どうか英断をお下しください」
「なりません当主!ここで俘虜を助けなければ十三翼の、ひいては伝え聞いた民の心が離れます!」
珥懿は顔色なく黙る。当主がこんな態度なのは考えている時で、皆一様に口を開くのを待って房は静まりかえる。
長い沈黙が降り、刻限が迫る。さすがに誰かが静寂を破ろうとするほど無音を刻み、
「……猋を使うしかない」
時がとまったかのようななかで呟いた。斂文が即座にしかし、と口を挟む。
「まだ早くはありませんか。これ以上使えば
「十頭だ。それ以上は許さない。轒轀車を甕城に入れる。懸門を降ろすと同時に猋で車と後続の歩兵を分断させる」
蘭逸が腰を浮かせた。珥懿は図面を指差す。
「車が入ったら、または途中で止まったら即座に懸門を降ろせ。人質は前面にいる。懸門より内には確実に入るだろう。門が引っかかっても良い。降ろしたら猋で襲わせ、人質を助ける」
「そう上手くは行きません。懸門を降ろした時点で車に乗っている兵は人質を殺しますし、猋が前にまわり込めば後続の兵が一気に来るのですよ」
「懸門の降下を皮切りに
「種類は」
「
「いくらなんでも無茶すぎます。これでは懸門を開く意味すら無いのでは。払う犠牲に対して実が少なすぎる。むしろ人質を助けられない可能性のほうが高い」
卓を叩いた斂文に、ある者は同意し、ある者は苦渋の顔をする。しかし当主は動じなかった。
「もとより無かった命だ。私が人質を助けようとしたという事実があれば良い。十三翼の信を失うのは私も避けたいからな。生き残れば儲けものというくらいに甕城に入った者は
言われ、
「お心のままに」
斬毅が満足気に頷いた。
「人質を助ける機会を設けて下さるだけで充分です。感謝申し上げる」
「すぐに伝令を出せ。万騎に城牆の援護を要請しろ」
蘭逸が珥懿の前に進み出た。
「当主。私も甕城へ行かせてください」
「許さん。いまお前を死なせるわけにはいかない」
「どうか。あそこには私の息子がおります。実の息子を助けずしてどうして父親を名乗れましょうか。私が高みの見物をしていた間に
縋るような目を受けて珥懿はひたと見据えた。
「息子がそんなに大事か。お前が腹を痛めて産んだわけではないだろう」
「人に苦痛を
「……いいだろう。しかし折角甕城に入れるのだ。お前にも息子にも死なれては私が大損だ。絶対に生きて戻れと誓え。戻らなかったら蘭家を背忠の一家として断絶させるからな」
蘭逸は主の足に
「――――行け。宝を取り戻して来い」
もう一度頭を下げ、蘭逸は出て行った。
「……父親というのはああいうものなのか?」
珥懿は見送って
「子は目に入れても痛くないと言うでしょう。当主もじきよい才女をお迎えになり子が生まれれば分かりますよ。先代もそうだったはずです」
「……それはどうだろうか」
少なくとも自分は父親から蘭逸のような愛情を感じることは出来なかったが。
「お前もそうなのか?」
ええ、と礼鶴はなおも微笑する。
「ただ、私はたとえ一族の為であっても
「よく分からないが、十三翼に私の為に死ねと言うのは間違っているのか?」
「いいえ、十三翼は当主の、ひいては牙族の為にあるのです。ただ親子のことは、そうですね、至極当然な……まあただの我儘ですよ」
「情というのは曖昧でよく分からないものだな」
珥懿は釈然としないようだった。まるで小童に還ったかのような表情に、礼鶴は当主の欠落した間隙を見た気がした。
「……歓慧さまに置き換えて考えてみたらどうでしょう」
説明に困ってそう言うと、なるほど、とやっと腑に落ちたように頷いてみせた。
「ほう、懸門を開くか」
閑地から少し離れた丘の上で騫在は顎を撫でた。
「劉渾を殺したから今度もてっきり見殺しにするかしらを切ると思ったが、
劉施が憂鬱そうに俯く。騫在は甕城に続いて北を見た。
「さぁて、表ばかりに気を取られてはならんぞ……ふふ、本当に戦慣れしていないのだな。背ががら空きだ」
遠く
「行くぞ、劉施。我らは境界沿いに北へ」
「しかし敵が」
「迂回しつつ崖づたいに行こう。敵を見つけたらすぐに言うのだぞ。ああ、お前は螻羊に乗れたかな?」
頷く劉施に微笑み、騫在は目を甕城に戻した。
「時機はぴったりだな、さすが。急ごう」
わずかな手勢を連れて騫在は乗騎の腹を蹴った。
夭享は冷めやらない怒りを足裏に込めて前のめりに闊歩していた。階を上がったところで四泉主と鉢合わせする。麾下の他に、先日やってきた水司空とやらを連れている。
「これは失礼致しました、四泉主」
ひとまず冷静に礼をとり、許されて立ち上がる。沙爽は時間を惜しむようにそわそわと落ち着かなげに周囲を見回した。
「牙公を見なかっただろうか?朝に軍議に呼び出されたものの、すでに戦況が進んでいるようなのだが」
「私もそのことで当主のもとへ参ろうと思っておりました次第でございます。監老を無視してどうやら伴當だけで決定をしてしまったようで」
沙爽を案内しながら夭享はまたふつふつと怒りが沸くのを感じた。
当主は甕城にほど近い門楼に登っていた。夭享らの姿をみとめてあからさまに面倒臭そうな態度だ。
「せめて今何をしているのか教えて頂きたいのですが」
「人質を奪還している」
「軍議には監老にも召集をかけて頂きたい。城内に残っているのは三人とはいえ、私どもにはその権利があります」
「お前のくどい文句をゆっくり聞いてはいられなかった。耆宿がこの場でなんの役に立つ。沙爽、お前もだ。死にたくなかったら表には出てくるな」
珥懿は顔を前方に戻してもう見向きもしない。
「優勢ですか」
問うたものの無視され仕方なく邪魔にならないところに移動する。たしかに、今はできることがないから野次馬で戦場をうろつくのは
「開きますぞ」
懸門が揚がる。
ぞっとするほどの静寂があたりを包む。轒轀車は予想以上にゆっくりとしか移動しなかった。即席で削った車輪が軋んだ音を立てて徐々に前進する。そのあいだにも、隙間を縫って歩兵が先に甕城へと流入していく。
「まだだ――」
じりじりと焦燥が胸を焦がす。懸門の降りる溝に車がいちど大きく
「まだ―――」
前輪が門を越え、あとは後輪と台座の
「―――行け‼」
怒号ともとれる合図に甲高い口笛が、門が轒轀車と衝突した地鳴りと共に響く。猋が次々に壁上から飛び下りたのと同時、箭楼の上から内壁を縄でつたった兵が門洞へ火の
罠だと知った敵兵が混乱しはじめる。懸門は車の上に食い込んで止まった。その下の隙間からは止まることなく次々と兵が入り込み、鉢合わせした救出部隊と斬り結ぶ。猋の姿に驚いて腰を抜かす者もいた。
「
壁上から矢の攻撃。甕城に誘い込まれた敵兵が懸門と反対側の内門の門洞へと殺到するが、吹き出す煙を思い切り吸い込んだ者は嘔吐しながら這い出たところで矢に
鉄扉が小刻みに上下する。どん、と撃ち突くたびに車の梁が木っ端を飛ばしてだんだんと崩れてくる。あれでは中にいる者は立っていることもできないだろう。実際、慌てふためいて出てくる敵兵を跿象は確認していた。鋼鉄の懸門を昇降させるのは二対二組の滑車、総勢三十人が息を合わせなければこのように素速く扉を上下させられない。数度め、ついに轒轀車が破裂音を伴って縦に裂け、門が全て降りる。門と溝に挟まれた敵兵たちが
甕城の中は大混乱だった。梯子を持ち込んだ者は容赦なく叩き落とされ、守城兵器で潰されてゆく。火矢が放たれた。毒煙の中を火玉になった兵が内門や壁に激突する音が響く。
懸門をなんとか閉め切ったことで侈犧たち万騎がやりやすくなった。後続兵と白兵戦を繰り広げる。また一方では外壁の手前、壕の内側に巡らされた
門楼からそれらを息を詰めて見守っていた珥懿たちに思いもよらない報せが舞い込んできた。
「北から
「なに⁉」
「
「あの迷路を越えて来たと⁉ばかな。斂文は何をやっている!」
珥懿は甕城に目を戻した。煙が充満して何も分からない。ただ猋に咬み裂かれる者の断末魔や毒煙によって苦しむ声が聞こえるのみ。
「斬毅、ここはお前に任せても良いか」
「承知しました。北門へ?」
珥懿は頷きかけ、ふと城牆を向いた。同時に見張りがまた声を上げる。
「馬道に一騎!」
「まさか、敵か」
珥懿は首を振った。門楼から道へ下りる。駆けてくる馬上、小柄なその騎手は抜き身の剣を握っている。
「当主、みなさま!北門が破れます!早く城の中へ!」
「叡砂!どういうことだ!」
私も分からないのです、と砂熙は興奮した馬をなんとか
「私が北門に着いた時にはすでに攻撃を受けておりました」
「なぜ伝達が遅れた」
砂熙は息を整えるために唾を飲み込んだ。
「箭楼を中心に矢を射掛けられたもようです。旗令もその時にやられました。北路で烽火が上がっているのを不審に思った門卒が初めて気がついて」
なぜ北路が破れられはしないと高を括ったのか。斬毅は頭を掻き
「敵の数は」
「およそ五千。北は閑地がないので一斉には攻められないようです。しかし螻羊で付近の崖に登り、そこから箭楼を攻撃しています。門扉を――
北の門扉は懸門ではない。両開きの木扉で並の泉国のそれよりも頑丈なつくりだが、衝車で一点を力任せに突かれてはいずれ
「
「かなり広範囲に阻塞を広げていましたから、今のところ敵はひとかたまり数百ほどしか。途中、念の為の罠も張っていましたので少しは勢力を
「とは言っても、北門を破られては城より先に街が危ない」
甕城の両脇には天然の断崖がある。城牆はその峰を
「斬毅、甕城を守り抜け。指揮をお前に任せる」
「御意」
沙爽らを見た。
「聞いての通りだ。このままでは城も危ないがここにいて斬毅を
しかし、と沙爽は声を上げたが、麾下二人に挟まれて身動きできなかった。
沙爽たちが消えた途端に珥懿は面を外す。指笛を鳴らして砂熙を見た。
「叡砂、馬は置いてゆけ。猋のほうが速い」
崖を跳躍して降り立った猋が
砂熙を後ろに乗せ風のように疾走し始めたが、背後で短い呻きがあった。
「無茶をする。まだ傷が塞がっていないだろう」
「このような時に寝てはいられません」
言いつつ、振動に息を詰める少女を見て猋を止めた。
「下りろ。それでは足手まといにしかならない。城へ戻って歓慧の側にいろ」
背越しに言った珥懿を見返す。
「……できかねます。私は伴當です。一族に、当主に身を捧げると誓いました。どうかお連れください。私は歓慧の分も当主をお守りする為に
「見上げた忠義だが伴當はお前だけではない。手負いでは戦えない」
「でも……
「ここで死なれては困る。聞き分けよ」
珥懿が再度指笛を鳴らし、もう一頭が姿を現した。砂熙を強引に嘉唱の背から下ろす。
「戦況については歓慧には伝えるな。一歩たりとも外へ出るなとの私の厳命だと言え」
それと、と憮然と見下ろした。
「その呼び方はやめろ」
砂熙が何か返す前に、瞬きのうちに騎影は消える。なおも心配して峡谷の向こうをじっと見つめ、やがて諦め猋に跨ると、もと来た道を駆け始めた。
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