第40話 冥府胎動


 松平容保を乗せた駕籠が中立売御門を潜ろうとしたとき、それは突如おこった。


 ほんの一瞬。

 瞬きの一つか二つほどの間である。

 波打つような揺れが足元を乱し、会津藩士たちの脚が止まった事を誰が咎められよう。


 局長・近藤の率いる新撰組の一隊は、京都奉行所の隊の後ろに控え、行列の末席を固めている。

 近藤らも一瞬、足並みを乱した。


 一方で土方は、沖田ら十名ほどを連れ、御所の西側。施楽院に近い門より少し離れた場所で待機していた。

 今宵の転居はお忍びである。

 このような時に、京都守護職である容保が病気療養であるなど、声高に知らしめるわけにはいかない。

 それ故の急な出立であり、警護もごく少数なものとなっていた。


 なるべく目立たぬよう――会津から暗にそう言われれば、土方らは息をひそめて警護するしかなかった。


 このような扱いは、土方にとってみれば不服でしかない。だが何事もなく過ぎれば、それに越したことはないと己に言い聞かせる。

 そんな思いを噛み殺し、容保を乗せた駕籠が門に差しかかるのを見守っていたとき、足元が激しく揺れたのだ。


「なんだ!」


 左之助が声を上げる。

 他の隊士たちも、突然の事に動揺が隠せない。


「騒ぐな!」


 単なる地震である。

 間違っても、不逞浪士たちがこのような地震を起こせる訳はない。怪力乱神などありはしないのだ。


 だが、どこかで機を窺っている不逞の輩が、この隙を狙うのではと、土方は危惧した。

 その為か、いつもであれば一番に騒ぐ総司があまりにも静かなことに、なんの疑問も持たなかった。


 土方の心配をよそに、揺れは一瞬で納まり、容保を乗せた駕籠は何事もなく門に入っていく。行列の後ろにいる近藤が、安堵の表情を浮かべているのが見えた。


 ――と、その時だった。


 突如、物凄い悪寒が走りぬけた。

 なにか冷たいものが、背後から御所の方に向けて走る抜けたような気がした。


「おい、今何か――」


 土方が振り返り、左之助に声を掛けたそのとき――雄叫びが上がった。


「なにっ!」


 会津藩の行列に向け突如、一団が現れた。

 二十から三十程の武装した手勢が、まるで獣のような声を上げ襲い掛かる。


「新撰組!行くぞ!」


 躊躇する間はない。土方は剣を抜くと飛び出した。


「おう!」


 左之助ら隊士たちも後に続く。

 だが――土方の横を、颶風のように飛びだした人影があった。


「総司!」


 沖田が無言のまま、獣のように走り出していた。

 その背は、嬉々としてはしゃぐ童のようだった。


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