第30話 無料で食べ歩き


会場に着くと白いテントが道沿いに並べられていた。

いつもとは違う光景を見て、お祭りムードであることを実感する。


各テントには長机が1つ設置されており、

団体名が記載された紙が貼られていた。


「えーとイタヤ旅館様、ここだ。みんな〜ここだよ!」


ワタシはいち早く自分たちのテントを見つけて、

旅館のみんなを呼んだ。


「さぁーて準備、準備っと」


着いて早々に準備を始めたケンさん。

準備と言っても、それほどすることもなく、

タオルたちをキレイに机の上に並べていく。

ただそれだけである。


「やっぱり早かったかしらね」


腕時計を見ながらサイトウおばちゃんがつぶやいた。

ワタシもポケットに入れていた携帯を取り出し確認してみた。


「まだ8時なんだね」


お祭りのスタートは9時。テントで待機するのもいいのだが、

せっかくなので、他のテントを見に行ってみることに決めた。


「ちょっと、視察に行ってきます」

「朝から色々買うんじゃないよ」


女将に注意されて、その手があったかと後悔した。

残念ながらお金は一銭も持ってきていなかった。


「どこに行こうかな〜」


春のちょうど良い気候が心地よく、

いつもの嗅ぎなれた湯気の匂いも漂う空間に、

さらにお祭りムードが加わっている。


ウキウキしていると自然と笑みがこぼれて、体を揺らしていた。

傍から見るとめちゃくちゃ気持ちの悪いやつに見えるだろう。

でも「今日ぐらいはいいよね」と自分に言い聞かせる。


「おっ、いらっしゃい!」

「まだお祭りは始まってないよ。おじちゃん」


いい匂いに釣られてたどり着いたのは酒屋のタナカであった。


「え〜美味しそう〜」

「ほれ一個食ってみろ」


酒まんじゅうをもう何十年もこのお祭りで提供しており、

「味は絶品だ」とおじいちゃんが言っていた。


「うっ・・・」

「どうだ?」

「うまい!」


今更ながら起きてから何も食べていなかったのを思い出した。

たった1つのまんじゅうではあったが、

空腹を十分に満たしてくれた。


「ありがとう。おじちゃん。今日は頑張ろうね!」

「おう。うちは人気だからお昼前には売り切れだ」


この味であれば、納得せざるを得ない。

このまんじゅう目当てで来る人もいるであろう。


「あら、いらっしゃい」

「みーちゃん。おはようございます」


またまた匂いに釣られてたどり着いたのは、

デリシャスおせんべいだ。


「ちょうどいいわね。お茶淹れたから。飲んでいきなさい」

「ありがとう〜」


別に物欲しそうに近づいている訳ではない。

これはワタシの強運と日頃の行いのおかげだ。


「あ〜温かいお茶は安らぐね」

「タケル君のところも期待してるわよ。盛り上げてね」


そのように言われると少し緊張してきた。

気がつくと周りから聞こえてくる声が増えているように感じた。


「え〜と・・・」


携帯を確認すると、8時45分を示していた。


「みーちゃん、テントに戻るね。今日は頑張ろう!」

「後からそっちのテントにおせんべい持っていくからね〜」


少し早歩きでテントに戻ると、

旅館のみんなで、おじいちゃんの手作りのおにぎりを食べていた。


「え〜朝ごはん食べるなら言ってよ〜」

「お前が勝手にどこかに行ってたんだろう」


両手におにぎりを持ったケンさんが言う。

ワタシも机に置かれているおにぎりを一個手に取った。


「パパ〜あそこ行こうよ!」

「ね〜あれ食べてみようよ」


会場の人の数も1時間でかなり増えてきた。

他のテントのみんなに負けないように、

ワタシも頑張るぞと思うと手に持っていたおにぎりを

すぐに口に詰めて動き始めた。


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