第39話

 ラック・ザ・リバースマンが感傷的になっていると、ハート・ビート・バニーが腕を叩いた。


「ラックさん。これを持ってきました」

「あ、餅だ。ありがとう」

「バニたんが懐で温めてたやつだから。胸の谷間に挟んで」


 ザ・パーフェクトがふざけて言う。


「違います。ちゃんと! ちゃんと清潔にわけて大丈夫なようにしてます」

「本当だ。まだ温かいさ」

「ち、違うんです。あの、ごめんなさい。ちょっと潰れちゃったかもしれないですけど」

「ありがとう。美味しい! これは力がつく気がするね。フレッシュ!」

「フレッシュしちゃダメじゃん。パワー元に戻っちゃうでしょ」

「あ、そうか」

「フッ……、お前ってやつは相変わらずだぜ」


 そんなやり取りをしていると物陰から犯罪者が現れた。


「一網打尽!」


 防毒マスクをかぶった犯罪者は叫びながらチェーンソウを投げつける。


 チェーンソウは回転しながらラック・ザ・リバースマンの顔をかすめた。


 その先にはザ・パーフェクトがいる。


 彼女は動けず、ただ引きつった表情で迫るチェーンソウを見つめるだけだった。


 すぐにラック・ザ・リバースマンは手を伸ばしたが、その手は空を切る。


 目を覆いそうになったとき、ザ・パーフェクトの姿が消えた。


 チェーンソウは壁にあたり、犯罪者はチェーンソウについた鎖を手繰り寄せた。


 それとは反対側の部屋の隅で衝撃音が鳴り埃が舞った。


 埃が落ち着いて現れたのは、ザ・パーフェクトを抱えた赤い髪のスーパーヒーローだった。


「ピン子ー! うち死ぬかと思ったー!」

「ダーティ・クリムゾン・ラッシュ・ベクター・レディよ」


 ザ・パーフェクトが泣き声を上げると、そこにはピンキー・ポップル・マジシャン・ガールがいた。


 犯罪者は鎖の先についたチェーンソウを振り回す。


 ラック・ザ・リバースマンはその手元に飛び込んだ。

 鎖が身体に巻き付いてチェーンソウが近づく。

 その刃を真剣白刃取りの要領で掴む。

 目測を見誤り刃の部分を縦に掴んでしまったため、特殊素材のグローブが破れ手の平から血が吹き出た。


 武器を奪われた犯罪者にハート・ビート・バニーが重たい一撃を加えた。


「フレッシュ! 飛び込む勇気が持てたのは餅のおかげさ」

「フッ……。わからないでもないぜ。俺も餅のおかげで華麗にチェーンソウを避けられた」


 ハート・ビート・バニーが元に戻りながら駆け出してピンキー・ポップル・マジシャン・ガールに飛びついた。


「ピンキーさん!」


 それは拘束というものではなく、ただ感情のままに抱きついただけだった。


 その証拠に彼女の瞳には光るものがあったから。


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールもそれをわかっていたのだろう、ハート・ビート・バニーの頭をゆっくりと撫でる。


 しばらくしたあと、ポンポンと頭を叩いてピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは身体を離した。


「待ってください」


 ハート・ビート・バニーがすがりつく。


「あたしたちは、敵同士なのよ」

「敵なわけないです。だったらなんで助けてくれたんですか」

「あたしはチームを見捨てたのよ!」

「違います。知ってるんです。何度も解散だって言われてきたのを。そのたびにピンキーさんがかばってきたのを。このチームはピンキーさんが見捨てなかった、守り抜いたチームです!」

「……泣かせないでよ」


 そう言ってピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは手で顔を覆った。


「はい。ピン子の分」


 ザ・パーフェクトは懐から出した餅を差し出した。


「なによこれ。爆弾?」

「餅だよ」

「餅? 餅ってどういうこと? これで家来になれってこと?」

「昔話じゃないんだから。美味しいよ。つきたてだから。みんなでピン子のこと思ってついたんだ」

「チッチッチ。残念だが、俺はアザラシの赤ちゃんを思い浮かべてたぜ」


 ハンド・メルト・マイトが横から全く余計としか言いようのない言葉を挟んだ。


「一部の人はちょっとだけピン子のことを思い浮かべてついたよ。ちなみにうちはほぼサバンナモンキーのことを考えてた」

「ボクは雑煮のこと考えてたさ」

「なによ。誰も考えてないじゃない」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはそう言って吹き出した。


「おい、戻ってこいよ」


 餅を頬張るピンキー・ポップル・マジシャン・ガールにハンド・メルト・マイトが言った。


「あなたたちがここにいたこと、すごく嬉しかった。超本営での戦いじゃなくて、ここにいてくれたこと。だけど、あたしにも新しい仲間がいるの。真顔の反骨なんてイメージ悪いかもしれないけど、あたしにとっては大切な仲間」

「わかりますよ。ここでピンキーさんに会ったんだから」

「うん」


 ハート・ビート・バニーとピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはもう一度柔らかく抱きしめあった。


「まじヤバイんで。助けてよー。ちょっともうありえないから」


 サンシャイン・ダイナから悲鳴のような通信が入る。


「大変です。どうも仲間がピンチみたいです!」


 ハート・ビート・バニーの声にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールも反応した。


「こっちも! ビルの外に能力者の仲間がいたみたい。あたし以外全滅らしいわ。美味しい餅を食べさせて満腹で動けなくする能力……」

「それ。ダイナさんですよ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは青ざめた顔で震えた。

 絶望が襲いかかったように肩を抱いて首を振っている。


「あたしのチーム。豆から美味しいアンコを生み出す能力者がいるの……」

「フッ……。そっちでもなかなか苦労してそうだな」


 ハンド・メルト・マイトがつぶやいた。

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