第18話

 ハート・ビート・バニーは不思議な気分だった。

 自分の知っていた状況が、思いもよらない方向からの視点によってすべて書き換わってしまう感覚。

 まるでミステリィ小説のラストの衝撃を明かされたようだった。


 サンシャイン・ダイナを除く五人が待機室に集まっていた。

 そこでピンキー・ポップル・マジシャン・ガールが語った話は動揺せずにはいられないものだった。


 サンシャイン・ダイナが監査員でチームの内情を探るために派遣されてきたというのだ。

 そのことにはハンド・メルト・マイトも気づいていたらしい。


「わざと窮地に追い込むあたり。監査員で間違いないわ」


 前回の戦いで痛い目を見ただけに、それに対して反論をするのは難しかった。


「さすがにあんなドジはありえないぜ」


 チームのメンバーを疑うようなことをしたくはない。

 だけどハート・ビート・バニーの中に疑惑が生まれてしまった。

 一度そう思ってしまうと、今までの行動すべてが怪しく思える。


 ハート・ビート・バニーはチラッとラック・ザ・リバースマンを伺った。


「疑うことはないさ。ボクたちは仲間だからね」


 ラック・ザ・リバースマンは重苦しくなった空気を換えるように明るく言った。


 彼はいつだって仲間を信じようとしている。


 思わず彼のことをじっと見つめてしまった。

 彼が言った言葉が耳にまだ残っている。

 変身後の姿を格好いいと言ってくれたこと。


 それはサンシャイン・ダイナが監査員であるということよりも、ハート・ビート・バニーにとっては重要な出来事だった。

 すべてが許されたような開放感。

 心の中では、彼が気を使っていってくれたお世辞なのではないかと疑う気持ちもある。

 しかし、こうして彼のまっすぐな言葉を聞いていると、それこそが杞憂に思える。


 もし本当ならば。能力を使っていいのならば。頭の中はそのことばっかりだった。


「ラクスケはちょっと可愛いからってすぐ味方する」


 ザ・パーフェクトが茶化すようにそう言った瞬間、ハート・ビート・バニーの腕が膨れて毛が生えた。すぐに腕を抱え込んで隠す。


「ここは裏をかくところだぜ。罠を仕掛けてみるのはどうだ?」

「サプライズはもう失敗したよ」

「もうチームのメンバーなんだからさ。仲良くやればいいよ」


 ラック・ザ・リバースマンがそう言う。


 その通りだと思う。

 彼の言葉に間違いがあるとは思えなかった。


「クザリバ、お前の甘さには何度泣かされたか。だが、その甘さ嫌いじゃないぜ。あいつを信頼するためにテストだ。なに、危ないことはしない。俺はやる時はやる男だぜ。あいつのドジがわざとなのか、それとも本当なのか。ジャッジメントだぜ」


 そう言ってハンド・メルト・マイトはブーブークッションを出した。


「あたしもマイトに賛成だわ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールもハンド・メルト・マイトの横に立つ。


 ラック・ザ・リバースマンと向き合うような形となり、自然と対立が生まれた。


「ボクたちはスーパーヒーローだよ。スーパーヒーローは決してブーブークッションを仕掛けない」

「私も、ラックさんと同じ意見です」


 ハート・ビート・バニーはラック・ザ・リバースマンの横に移動した。


 彼はこっちを見て微笑む。

 微笑むついでに手を広げた。

 ひょっとして抱きしめようとしてる?

 思わず動揺して首を振りながらあとずさってしまった。


「おおっと、大丈夫? 立ちくらみ?」


 そう言ってラック・ザ・リバースマンはハート・ビート・バニーの手を取って引き戻した。

 どうやら握手を求めただけらしい。

 最悪だった。

 なんで急に抱きしめられると思ってしまったのか。


 二対二に別れたところでザ・パーフェクトに視線が集まる。


 彼女はメガネの奥で目を固く閉じて難しそうに口を曲げる。


「それじゃダメだよ」


 ザ・パーフェクトは毅然と言い放つ。


「そんなの計算でできるね。ちょっとドジの振りをして男の気を引くなんて恋愛技術の初歩の初歩だよ。バニたんだって今したじゃん」

「え? 私? そ、そんなのできません」


 ザ・パーフェクトはこっちを見てニヤリと笑った。


 わざと困らせようとしてるのだ。

 自分ではそんなつもりはまったくなかったのに。

 これでラック・ザ・リバースマンに妙な誤解をされたらそれこそ困る。


「女はね、男のためならプースカプースカするなんて屁でもないんだから」

「し、しませんから!」


 思わず大きな声で反論してしまう。

 それが逆に弁解をしているようで、みんなの視線が集まり呼吸が止まりそうになった。


 ザ・パーフェクトは意地悪くウィンクをすると話を続けた。


「だからまずブーブークッションで驚いて飛び上がったところにこの金盥。そしてよろめいたところでこの紐をつかむと上から小麦粉が降って来る。前が見えないために手探りで歩くとここの床がベトベトになっていて足を取られる。慌てて手を伸ばすとここにビリビリ電気ショック。そして倒れたところで油まみれの滑る床でツルッと行った先には氷風呂。最後に這い出てきたところに落とし穴って寸法よ」

「すごいわ、さすがパフェさん」

「つまり裏の裏の裏の、それから裏が来て、そこから裏で……」

「スーパーヒーローは決して小麦粉まみれで油ヌルヌルにしない!」

「だからこれはテストなんでしょ。どんなドジっ子でもこれを完璧にできる人なんていない。むしろどこまでできたかで点数つればいいんだよ」

「ボクは反対だよ。疑うんだったら本人に聞いてみればいい」

「スパイが、はい私がスパイですなんて答える? あとになってからじゃ遅いのよ」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは唇を尖らせて言い切る。


 普段ならザ・パーフェクトのいたずらを諌める立場なのに今回は乗り気のようだ。


「スパイだったとしてもさ、悪く報告されるとは限らないよ」


 ラック・ザ・リバースマンは気圧されながらも、信念を曲げずに反論する。


「そう言う問題じゃない!」


 ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはどんどん語気を強め、最後には叫び声になった。

 あまりの剣幕に、周りの者達も黙り込んでしまった。


 うつむいたままのピンキー・ポップル・マジシャン・ガールはよく見ると涙を流していた。

 どれほど強い感情だったのか。

 ハート・ビート・バニーは寄り添い、彼女に手を伸ばす。


「良くないのよ。ダメなら……監査員の報告が悪ければチームが解散しちゃうの! それでもいいの?」


 彼女の強い思いには誰も反対できず、みんなで粛々と小麦粉やブーブークッションを仕掛けることになった。


 サンシャイン・ダイナが入ってきた。


 これから起こることを想像してハート・ビート・バニーは目をそらしそうになったが、できなかった。


 ハート・ビート・バニーだけではなく、全員が彼女の姿から目が離せなかった。


 スカートが半分破れ、顔には蜘蛛の巣が張っている。

 頭にはきのこが生えており、服をザリガニが挟んでいる。

 靴は片方脱げ緩んだ靴下を引きずっていた。


「マジありえないんだけど。聞いて? あーしがちょっと足滑らせただけでさあ」

「どう足を滑らせたら、そこまでとんちんかんな被害にあうんだぜ?」


 さすがのハンド・メルト・マイトも声に僅かな動揺が見られた。


「ま、慣れてるからいいんだけど。髪、カールとれちゃったよ」


 そう言ってサンシャイン・ダイナはヘアアイロンを片手に、ブーブークッションの収まる椅子に座ろうとした。


 全員が声を上げる。


 結果的に超本営本部ビルは緊急封鎖B指定が発動されたけど、事故として扱われたのでスタイル・カウント・ファイブには何のお咎めもなかった。

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