第12話
鳴り響くタンバリンの音は、意識をどこか遠くに連れ去る列車のよう。
ハート・ビート・バニーはそのタンバリンを叩く女性を見て、混乱する気持ちを整理していた。
そもそもこの手の派手で最新のファッションに敏感そうな女性はハート・ビート・バニーの周りにはいないタイプだった。
サンシャイン・ダイナはニッコリと笑って挨拶をする。
お辞儀なのだろうけど、腰を前に曲げるのではなく横に曲げて視線をそらさない。
バネのようにウェーブした髪がはずんだ。
気後れしてハート・ビート・バニーは曖昧な笑みを返すだけだった。
「よかったよー。すごい頑張ったね」
いきなりタメ口で話すサンシャイン・ダイナと対称的にピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは視線を泳がせる。
「あの、これはあなたのための歓迎で」
「そうじゃないかと思った。大丈夫、大丈夫。あーし、そういうの気にしないんで」
そう言ってサンシャイン・ダイナは花が溢れるように笑う。
言葉は乱暴だけど素直な性格なのが伝わってくる。
「思ってたなら言ってくれればいいのに」
ザ・パーフェクトは椅子に座り脱力した。
お尻がずり落ちそうになっているが、彼女にとってはこれが楽な体勢なのだ。
ハート・ビート・バニーも首元が涼しく落ち着かないので上げていた髪を下ろした。
「せっかく頑張ってたんだから、口挟むのダメじゃない?」
サンシャイン・ダイナはザ・パーフェクトの方を向くとそう言った。
相手から目をそらさずに話す傾向があるらしい。
その大きな瞳でそう言われたら、あまりネガティブなことは言い返せないだろう。
自分もあんな風にできたら、憧れなのか嫉妬なのか、識別できない気持ちでそう思ってしまった。
「フッ……。まさに策士策に溺れるってやつだぜ」
ハンド・メルト・マイトがそう言ったあとに頬を抑えてよろめいた。
ピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは引きつった表情のまま、固まっていた。
彼女がこの歓迎の催しにどれだけ力を入れていたことか。
それを知っているだけに、掛ける言葉が見つからない。
なんだか誰かが何かを言わないと、どんどん失敗の圧力が増していくような気になる。
ザ・パーフェクト辺りが冗談を言って空気を変えてくれればいいけど。
そう思って彼女を見るが、すでに興味を失いゾングルちゃんと戯れていた。
自分が向いてないことはわかっているが、何かしなくてはならないと焦ってしまう。
「あの……。サンシャイン・ダイナさんは、どんな能力なんですか?」
「爆弾って聞いたけど」
ハート・ビート・バニーの質問に答えたのはラック・ザ・リバースマンだった。
そしてサンシャイン・ダイナは質問をしたハート・ビート・バニーではなく、ラック・ザ・リバースマンに向かってその大きな瞳を瞬かせて答える。
「爆弾。そうそう。まさにそんな感じでドーン! ……アズグッ」
サンシャイン・ダイナは勢い良く両手を広げ、棚に手を思い切りぶつけてかがみこんだ。
「大丈夫?」
「なにこれ? ありえなくない? 見た今の? ちょっとウケる。痛い。ウケる」
サンシャイン・ダイナは目から涙を流しながら堪えられないように笑い出す。
本人にそうされると、思わず見ている方もつられて笑ってしまう。
「うわっ! なんか手の皮がズリズリになってる。大変だよ。メディカル行ったほうが良いよ」
うずくまるサンシャイン・ダイナの手をラック・ザ・リバースマンが取る。
思わずハート・ビート・バニーは奥歯に力がこもってしまった。
「ホントだ。ウケる。痛いもん。ちょっとマジ痛い。ガーンだって、バカすぎるよね。あ、平気平気。笑ってたら良くなってきたかも」
「怪我が治るってことはクザリバみたいな能力か」
ハンド・メルト・マイトが腕を組んで壁にもたれかかりポツリと言った。
顔を大きな傷が走り、その横の頬はピンク色に腫れている。
「違うって! 治ってないけど我慢してんの。ガーンてね。意味わかんないよねー? あー、おかし」
「我慢しなくてもいいから。メディカル行ったほうがいいよ」
サンシャイン・ダイナはラック・ザ・リバースマンの心配を他所に爆笑によって乱れた呼吸を時間をかけて治す。
どうやら落ち着いたようで、笑うことにすべての体力を使い果たした疲れきった顔をしている。
「あーしの能力は見せられないんだよねー」
サンシャイン・ダイナは自分の爪を見ながらそうつぶやいた。
その爪は色もそうだけどデコラティブな石がたくさんついていて可愛いものだった。
ハート・ビート・バニーは羨ましくなるとともに、自分の素っ気ない爪を見られたくなくてそっと両手を後ろに隠した。
ただ、先程の彼女の発言から急激に彼女に対して親近感が沸いていた。
見せられない能力、それはハート・ビート・バニーも抱える悩みだからだ。
ハート・ビート・バニーは身体能力が飛躍的に上がる能力だとプロフィールには書かれている。
その能力発動後の姿は、太い腕、暑い胸板、短い足、オマケに全身に毛が生えて皮膚が黒くなってしまう。
そう、見た目はまるでゴリラなのだ。
いくら周囲に期待されて、褒められても、そんな姿を18歳の女であるハート・ビート・バニーが受け入れるのは無理だった。
ずっと思い悩んでいてチームに入った時には、リーダーであるピンキー・ポップル・マジシャン・ガールに相談をした。
彼女はスーパーヒーローにあるまじき理由を咎めることもなく、しかたがないのでいざという時以外は使わなくていいと言ってくれた。
ハート・ビート・バニーにとってピンキー・ポップル・マジシャン・ガールは素晴らしいリーダーであるし、このチーム以外に行きたくないと思っている。
だけど、このチームで戦えば戦うほど、悩みだって増えてくる。
いざというのがどういうときなのか。
今までだって、自分が能力を使っていればもっとスムーズにいった場面はあった。
そのたびに、周りのみんなは「どうして使わないんだ」と責めているような気がする。
口には出さないが心の中では絶対に思っているはずなのだ。
もし自分が他のメンバーの立場なら、そう言って責めてしまうだろう。
だから次こそは変身しようと心に決める。
しかし、その時が来るとやっぱり躊躇してしまい、動けずに終わる。
能力が使えない、という点に関しては同じ悩みを持つもの同士。
他のメンバーには悪いけれど、そう言う人がもう一人いてくれれば正直気持ちは楽になる。
ハート・ビート・バニーはそう思ってサンシャイン・ダイナを見つめた。
彼女はこちらに愛想よく微笑み返した。
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