月夜の再会

 夜空に丸い月が浮かんでいる。

 白い寝巻き姿で、ライラは寝台に腰をかけぼんやりとしていた。

 ライラの部屋は、王城の奥、高い塔の上にある。

 天蓋付きの寝台に、白い木の机と椅子。机の脇にある止まり木で、小さな鴉が羽を休めていた。

 普段はきっちりと結い上げている月色の髪は、今は無造作に背中に流している。

「孤児院と学校は作った…………でもまだ足りない。もっと外のことを知らないと」

 小さな声でそう呟いて、両手で頭を抱えるようにうずくまる。

 しばらくの間、ライラはそのままだった。

 かちり、と小石が跳ねるような音を耳にして、顔を上げる。

「誰」

「待って姉さん、話を聞いて!」

「そんなに怖い顔しないでよ、オネーサン。俺達、お話し合いをしに来たんだ」

 部屋の中に、二人の男女がいる。その背後に、大きく開け放たれた窓が見えた。

 女の方は、まだ十代後半。柔らかそうな亜麻色の髪に、緑の瞳。上半身は無骨な革鎧に覆われているが、下は太ももを見せつけるような短いスカートだ。一人前の顔をして腰に剣をぶら下げているが、ライラは彼女が剣を奮ったところを見たことがない。

 男も、まだ十代のように見える。針金のように硬そうな金髪に、茶色の瞳。茶色の革鎧に、灰色の薄汚れたマント。女と同じように腰から剣を下げているが、こちらはいかにも使い慣れているように見えた。

「マイア…………それに、お前は反乱軍のキースね」

「お、俺のこと知ってんの?」

「お前達の悪行なら散々聞かされてるわよ。で? 反乱軍の獅子と剣姫けんひめが何の用? どうやってここまで来たの」

「だからー、そんな怖い顔しないでってば」

 にやけ顔のキースが、芝居がかった動きで両手を広げた。隣に立つマイアは、思い詰めたような表情をしている。

「マイアに案内してもらったんだよ。いざという時のための脱出路? なんてのがあるんだろ? で、この塔を登るのは魔術でちょちょっとね」

「姉さん、私達、手を取り合えると思うの」

「手を取り合う?」

 キースは無視して、マイアの方に向き直る。腕を組む振りをしながら、長い袖の中に隠した短剣の柄を握った。

「外に出て、キースに出会って、私は真実を知ったわ。この国は腐っているの。一度打ち倒さなければ駄目なのよ!」

「それと、お前達の略奪に何の関係があるの」

「略奪じゃないわ、不当に奪われた財産を元の持ち主に返してるのよ!」

 久しぶりに対面した妹の顔を、ライラはまじまじと見つめた。

 マイアの瞳は澄み切っている。自分達は正義なのだと信じきっている。

「姉さんだって外に出ればきっとわかるわ! 姉さんは庶民のために孤児院や学校を作ったんでしょう? 私達と一緒に、民のために戦いましょうよ!」

「思い上がりも大概にしなさい!」

 袖口に隠した短剣を引き抜き、マイアに向かって投げつける。狙いは、無防備に晒された太ももだ。

「この国を腐らせているのは、お前達のような犯罪者よ。打ち倒さなければならないのは、お前達反乱軍の方だわ!」

 短剣は、マイアの左足を切り裂いた。

 マイアが足を押さえて崩れ落ちる。床に完全に倒れ伏す前に、キースがその細い身体を支えていた。

「ひっどいなあ、実の妹じゃないか」

「妹だから許せないのよ」

「だってさ、マイア。ほら、俺の言った通りだったろ? お前の姉さんだって、結局は王族なんだよ」

 軽い口調でそう言いながら、キースがマイアを抱え上げる。青い顔をしたマイアが、小さく頷くのが見えた。

 キースがじりじりと窓へ向かう。逃げるつもりだ。ライラは拳を強く握りしめた。

「逃がさないわ────メル!」

「はいはーい」

 止まり木で羽を休めていた鴉が翼を広げ、ふわりと飛び上がる。次の瞬間には、鴉は黒いローブの女に変わっていた。

 キースが笑みを引っ込め、一息に窓まで走り飛び降りる。メルがその後を追った。

 メルの後を追い掛けるように窓際に駆け寄り、外を見る。窓の向こうには、深い闇が広がっていた。

「王族だからよ」

 握った拳を、壁に叩きつける。ライラは呻くように続けた。

「王族だから、この国を変えることができる立場なのだから、逃げてはいけないのよ…………!」




 キースとマイアを捕まえることは出来なかった。

 二人だけで忍び込んでいたわけではなく、いざという時の伏兵を用意していたらしい。

 二人の後を追いかけたメルは、伏兵の弓矢に肩を撃ち抜かれ、しばらく寝込む羽目になった。

「生きてるんだからさ、そんな顔しないでよ」

 枕元で思い詰めた顔をしているライラに、メルはそう言った。

「すぐ元気になるよ。それよりさ、私が元気になるまで周りには気をつけるんだよ。誰が狙ってるかわからないんだから」

「今は自分の心配だけしていなさい」

 ライラに頭をはたかれて、メルはへにゃりと情けない顔で笑った。



 ────反乱軍の力は、日に日に強くなっていった。

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