魔法の世界からの異世界転移!<現代社会に魔術を持ち込んだら?>

キリミ職人

第1話 目が覚めると・・・

 目が覚めた。今日も退屈な学校生活が始まる...はずなのだが...どう言うわけだが俺は昨日寝たはずの自分の部屋にはいなかった。辺りを見回した。


 ここはどこだ?


 病院というわけでもない。寝ている間に病院に搬送されたと言うわけでもなさそうだ。程よく散らかった部屋だった。誰か友達の部屋かとも思ったが、全く見覚えがない。

 次第に鼓動が激しく脈打った。一体ここはどこなんだ。自分は拐われたのだろうか。拐われたのなら、その目的はなんだ?そもそも誰が…。生きて帰ることはできるのだろうか。


 ドンドンドンドン


 突然足音が聞こえた。その足音はとても早い。まるで何か急いでいるようだ。

 慌てる間もなく扉が開いた。


「いつまで寝てるの!もう朝よ!」

「何ふてくされたような顔をしているの!早くするわよ!」


 お姉さんともおばさんとも言えないような女の人が俺の手を引っ張っている。この女が話している言語は聞いたことがないはずなのに、なぜか意味は理解できている。これはどういうことなんだ。状況を把握できないが、とりあえず事を荒立てないためにその人の言う通りにした。

 俺はダイニングのような所に座らされた。そこにはボウルに入った白い粒々したものと茶色い汁物、そしてベーコンと目玉焼きが並べられていた。前には男の人が座っていた。


「今日のミソシルはダシが効いてて美味いな。」

「そうなのよ。近所のおばさんがくれてね...」


 どうやら茶色い汁物はミソシルというらしい。


「コラ!早く食べなさい!あんた何時だと思ってんのよ!」


 毒が入っているのかもしれないが、大人2人対子供1人ではどう考えたって勝てない。渋々食べることにした。

 しかし一体どうやって食べるのだ?前には木の棒が置かれているが、フォークやナイフはない。前の男は器用にこの棒で食べているようだが。自分も見様見真似で2本の棒をペンのように持って閉じたり開いたした。これがなかなか難しい。どうしても開かない。意識しないとこの棒を握ってしまう。


「何してるのよ!箸ぐらいちゃんと持てないの!」

「す、すみません...」

「何よ。すみませんって。気持ち悪いわね。」


 とんでもなくぎこちないが、どうにかボウルを口元に持ってきて、かき込むようにして食べることで窮地を脱した。しかしこれが案外美味しかった。粒々した物はベトベトしているが噛むうちに甘く感じてくる。ミソシルは塩味の中にキノコや海鮮の風味が入っている。初めて食べたものだが、とてもおいしかった。当然ベーコンと目玉焼きも美味しかった。

 一通りの食事を済ませると女は洗面台に行くよう言った。そんな場所知らない。適当な扉を開けると、男が


「おいおい寝ぼけてるのか?洗面台はあっちだろ。」


 顎で洗面台を指した。洗面台に近づくと自分は自分の目を疑った。頭が真っ白になった。自分の魔法による副作用だと思った。でもそんなことは一切なかった。正真正銘、俺の意識は他人の体に乗り移っていたのだった。



 俺の名前はエルベール・グロン。視覚魔法が専門の高校2年生...のはずだった。如何なる罪が自分をこういう状態に陥れたのであろうか。俺は果たして元の体に戻ることができるのだろうか。

 鏡の前で呆然と立ち尽くす俺に


「早く!本当に遅刻するわよ!」


と何かに遅刻すると女が急がせた。


「な、何に遅刻するんですか?」

「バカね。高校に決まってるでしょ!日曜日にでも勘違いしてるの?」


 自分はどこかの家族の高校生に転生してしまったと言うことか。彼女の慌てふためく様に、自分はとりあえず状況に合わせることで丸く収めようと努めることにした。


「財布持った?ハンカチ持った?忘れ物ない?」


 この女の人(多分母親であろう人物)は持ち物を全て渡して、確認を求めた。これに対してとりあえずうんと頷くぐらいしかできなかった。


「あ、ほら!スマホを忘れているわよ!あんたはいつも忘れ物が多いんだから」


 そういうと母親は小さくて黒い板を差し出した。これはなんだ?持つと何か絵柄が浮かび上がってきた。


「うわ!」


 あまりに突然なことで俺は大声を出してその黒い母親に板を投げてしまった。


「何してるよの!」


 このスマホという板、特に魔力なんてものは感じなかった。ただ、触っただけなのに絵が浮かび上がったのだ。


「ごめん」


 自分は仕方なくその板をカバンの中にしまった。


 家を出るとそこはまるで別世界だった。家同士が狭い道を介して窮屈に並べられている。そしてなんと家の壁には自分の苗字を書いているのだ。神崎かんざき、それがうちに書かれていた苗字だった。


「一体この国の個人情報の管理はどうなっているんだ?」


 声を出さずにはいられなかった。


チャリンチャリン


 どこからか鈴の音が聞こえてきた。


「よう神崎!こんな時間に会うなんて奇遇だな!」


 何やら俺と同じ制服を着た、茶髪で筋肉質の男子が車輪付きの鉄パイプに乗ってきた。


「見ろよこのジテンシャ!新しく買ったんだぜ!」


 そう言って茶髪の彼は鉄パイプを俺に見せた。この鉄パイプ、ジテンシャというらしい。うちの国では見ないのだが、いったい何の魔法を使っているのだろうか。


「ジテンシャかあ、何の魔法で動いているの?」

「はあ?魔法?マジか!その歳にしてチュウニビョウの発症ですか?」


 彼は大きく口を開いて笑った。なぜそんなに笑うのだ。笑う理由が全く検討がつかない。検討がつかないが故に、無性に腹が立つ。


「なんでそんなに笑うんだよ」

「だって、お前、そんな歳になって魔法はないだろ魔法は」

「じゃあこのジテンシャというのは何で動いているんだ!?」

「そりゃああれだろ。足をこいで、それを駆動力にして動くんだろ。」


 足でこぐ?だったら歩いた方がいいではないか。わざわざ鉄パイプの上で訳の分からない動きをする方がよっぽどおかしいと思う。サーカスじゃあるまいし。しかし、見てると普通に歩くよりも格段に速い。これこそ魔法が使われてないとおかしいはずなのだ。とりあえず状況がわからない今は静かにしているのが先決だろう。


「って、こんな時間じゃねえか。マジで遅刻するぞ!なんだったら乗せていってやるよ!」

「ああ、うん、わかった、よろしく頼むよ。」

「え?こんな時のお前だったら法律がどうのって言うのに。まあいっか。」


 彼は見るからに気味が悪そうな顔をしていた。このジテンシャというものの後部は座るようになっておらず、乗り心地は悪いし、しっかり捕まっていないと振り落とされそうだ。しかし確かにこのジテンシャからは魔力を感じない。しかし二輪なのにきちんと地面に垂直に立っているし、歩く何倍かの速度が出ている。これはとても興味深い。

 少しジテンシャが進むと大通りに出た。そこには何やら馬がいない馬車が何匹も唸り声をあげながら高速で走っているではないか。


「あれは何だ?」

「え?どれ?」

「あの馬車みたいな奴」

「馬車って。どう見てもジドウシャだろ。まだ寝ぼけてるのか?」

「ああ、すまんすまん。」


 ジドウシャというのか。名前からしてこのジテンシャの亜種みたいなものか。確かに見た目は似てなくもない。

 ジテンシャはさらに進み、街の中心部まできた。すると3、4階建ての建物が見え始め、終いには天辺が見えないような巨大なガラス張りの巨大な建物が見えてきた。自分の国ではどこからでも教会が見えるように、街の建物は教会よりも高い建物は建ててはいけない決まりがあるが、どうやらこの国ではそんなものはないらしい。

 そしてついに学校のような建物が見えてきた。レンガで出来たいかにも風情のある校舎だった。


「よ〜し、着いたぞ〜俺は駐輪場に戻すから先に行ってろ」


 これは困った。俺は教室の場所を知らない。どうにか一緒にいないと迷子になるぞ。


「まあそう言うなって、一緒についていくよ。俺たちは友達だろ?」


 すると彼は


「ああ、友達、か」


 と腑に落ちない表情を見せた。あれ?そこまでの仲なのか?あまりに予期しない反応は自分の胸に衝いた。

 俺は彼とともに歩いた。校舎内は絶妙に哀愁があった。レトロというかボロいというか。とりあえず俺は彼と共に行動した。

 彼が入った教室に自分も入った。座席表に目をやると神崎健二かんざき けんじという名前が書かれた。どうやら俺は彼と同じクラスらしい。ちょっと心強く感じた。彼が座った座席には、東谷勝ひがしや まさると書かれていた。

 とりあえず学校に来たのだから、時間割は必ず確認しなければならない。しかしその中身には驚いた。


 化学、物理、古典、体育、英語、数学II


 この国では化学や物理と言った空想の物を学校で教えているのだ。この国は何から何までおかしい。そして一つ、怪奇な点があって、なんと魔術の授業がないのだ。どうやら俺はとんでもなく文明が遅れた国に来てしまったようだ。ただ文明がない割にはうちの国にはないような巨大な建物、ジドウシャやジテンシャが存在している。一体どうなっているのだ?


 授業が終わった。放課後だ。


 周りは友達同士で部活に行ったり、廊下で会話をしたりしていた。

 授業に関してはおかしくて逆に呆気に取られてしまった。化学では物質は原子という粒が集まって固まることでできているというフィクションをさも当然の真理であるように授業をしていた。周りもふむふむと疑うことなく聞いている。俺はどういう反応をしたらいいのか困った。物理は動きの計算が主だった。これは確かにうちの国でもやる。後は大体うちの国の授業に似ていた。付け足すなら、どうやらこの国では英語という外国語を習わせるらしい。


 さて、俺はどうしたらいいものか。

 とりあえず、このまま家に帰るか。場所は辛くも覚えている。

 俺は校門を出た。

 すると東谷が後ろから


「おいおい待て待て。先に帰るなんて残酷な奴だな。」

「ああ、すまない。」


 東谷は朝、友達と聞いて腑に落ちないような表情をしたが、とても仲良く接してくれてる。彼のその反応はどうやら俺たちの関係に疑問を抱いているというよりも、「友達」という言葉に何か畏怖の念を感じているのではなかろう。優しく接している彼を見ると、今の俺は昨日までの「神崎健二」ではないと彼が知ったら、悲しむだろうなととても気の毒に感じる。


 東谷はジテンシャに乗らずに横に持って引っ張っていた。


「今日お前どうしたんだ?やたら今日授業に集中してなかったみたいじゃないか。当てられても見当違いなことを言ったりして。朝のことといい一体どうしたんだ?」


 この返答には困った。魔術すら浸透していないこの国の民に、転生して来たらしいと言っても通じるはずがない。何より俺が神崎ではないこと知ったら悲しむだろう。しかし、これ以上昨日までの神崎は演じきれない。こうなったら自分の魔法を見せれば転生したことを納得してくれるかもしれない。一か八か、ちょっと言ってみるか。


「俺、実は他の国から転生してきたみたいなんだ。」


 すると彼は笑いというよりも心配した顔をこちらに向けた。


「お前本当に大丈夫か?何か悩み事があれば聞くが。」


 まあそうなるよな。自分も転生なんてものは見たことも聞いたことがないが、ここは魔法を見せてみよう。


「わかった。じゃあこれから蒼いドラゴンを召喚させるよ。召喚させたら納得してくれるよな。」

「ああ、うん」


 彼の硬った表現はさらに固くなった。俺は陽が沈みそうな、オレンジ色の夕焼けを指さした。

 するとどこからともなく全長20メートルは有に超える巨大な蒼いドラゴンが羽をばたつかせながら空を飛んでいった。彼は口は開けてドラゴンが通り過ぎるのをただ見ていた。

 しかしこれは東谷にしか見えない虚像なのだ。

 俺の魔法は視覚魔法。これは人間の五感のうち、視覚を操作する魔法なのだ。だから、彼以外の学生や通行人にはドラゴンは見えないし、そもそもドラゴンなんて飛んでいない。召喚魔法ではないからだ。

 彼が次に声を発したのはドラゴンが飛び切ってから数十秒経ってからだった。


「おい...お前...マジか」

「うん、マジだ。」


 短い会話ではあるが、相手も全て察したらしい。


「お前、まさか魔法使いだったの隠していたか。」

「隠していた、というよりかは俺、本当は昨日までのその『神崎くん』とは違うんだ。俺は元々別の国に住んでいて、そこから意識だけ転生してきた、とでも言うのかな。」

「にわかには信じられないが...」

「俺も信じられない...でもそれ以外考えられないんだ...」

「じゃあ昨日までの神崎はどこにいったんだ?」

「ごめん...わからない...」

「マジか...」

「これは一時的なものなのか?」

「わからない...」


 彼の表情はなんともやるせないような表情を浮かべていた。そりゃそうだ。目の前にいる友人が急に友人でなくなったのだから。そしたら次に彼はこう言い出した。


「じゃあお前の名前はなんなんだ。」

「神崎...」

「違う。その『昔のお前』の名前はなんだ。」

「エルベール・グロン」

「そうか。グロンが苗字が?」

「そうだね。」

「じゃあ今からお前のことはグロンと呼ぼう。違う名前で呼ばれていたらお前も調子狂うだろ。」

「あ、ありがとうございます。」

「な〜に、タメ口でいいよ。」

「ありがとう」


 彼と家の前で別れた。彼は自慢のジテンシャに乗って行ってしまった。


「おかえりなさい。」


 キッチンから母親の声が聞こえた。同時に香ばしい匂いが漂った。


「今晩はカレーよ。バターチキンの。」


 カレー?よくわからないが香りからして美味しい物なのだろう。

 リビングを通って自分の部屋で着替えた。それからとりあえずリビングに来て椅子に腰掛けた。

 朝は慌ただしくてよく確認していなかったのだが、この国は魔術がないくせに生活水準は極めて高いことがわかる。

 まず目立つのが黒い板。この板は仕切りに最近の起こった事件や天気を解説している。すると母親が番号の書かれた黒いバーを持ってその板に向けた。すると、その板は料理を紹介し始めた。当然魔力は感じない。


「何テレビをずっと見つめているのよ。何か面白い物でもあった?」


 これはテレビというのか。興味深い。


「は〜い、カレーよ。」


 そういうととても見栄えの悪い薄茶色のシチューみたいなものがかかった白い粒々が守られた皿をよこした。こんな色のシチュー見たことないぞ...全く食欲がそそられないが、致し方なく白い粒と一緒に口に運んだ。


「美味い!これは美味い!」

「何よまたオーバーに。作った甲斐があるわね。」


 母親は顔を赤らめて喜んだ。事実これは見栄えこそ良くなくて、クリームシチューとは似ても似つかないが、特有のスパイスとバターの風味が効いてて美味い。腹が減っていることもあって、俺はガツガツと平らげた。

 俺は食事を済ませるとそのまま寝室に行き、ベッドに飛び込んだ。そして仰向けになって目を瞑った。今日は不思議な一日だった。一日というよりかは不思議な夢だった。また目が覚めたらいつもの日常に戻るんだろうな。そう考えるとちょっと寂しさを出てきた。

 俺は静かに目を閉じた。

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