彼女の瞳は星の色

NICHOLAS

第1話 到来

"フーム・ゲソア・ミー・ゲサラ "フーム・ゲスソー・ミー・ゲサラ "フーム・ゲスソー・ミー・ゲスサラ"


 暗くなった部屋の中は、低く、腹に響く聖歌で満たされていた。その源泉は、中央に位置する祭壇の周りに、幾何学的に配置された四十二人の男女の集まりである。


 彼らはそれぞれ、高級ワインを思わせる濃い赤色のローブを着ており、袖、肩、首の周りには金色の刺繍が施されていた。また、長い頭巾には、三角を形成する3つの目のような紋章が付いていた。


 それらの雰囲気すべてが非常に不吉な感じをしており、この集団がある種のカルト教団のようだと思っても、無理は無いだろう。


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 もちろん、そのような軽率な判断は賢明ではない。銀河系の多種多様な文化や人種が生み出した地球外の習慣が、恐ろしい儀式だと解釈されることが多いためである。


 そのような誤解の最もひどい例の一つが、ゴルゴリだった。連合政府連邦の探検家たちが、ジェイク13星系で蛇のようなヒューマノイドに初めて遭遇したとき、ゴルゴリの集団が自分たちの心臓を切り裂いて食べているのを目撃した。


 最初は儀式的な自殺のように見えたものが、後に結婚式であったことが明らかになり、また、当初で思われたほどに致命的なものではなかったことが分かった。


 要するに、連合政府の探検家ともあろう者たちが、一世一代の結婚式をブチ壊したということになる。なお、ゴルゴリの文化ではそれは宣戦布告を意味する。


 その不名誉な事件以来、銀河全体が異星人の文化に対して、より寛容であるべきだと学んだ。


 実際、フードを被った不気味な男たちが祭壇を囲んで唱えていたからといって、必ずしも彼らが古代の宇宙悪を呼び出そうとしているカルト教団であるとは限らないのだ。


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 だが、まあ、残念なことに。この時、彼らは正に見た目通りの集団であった。


 カルト・オブ・ザ・ゲイジング・スター星詠みの密会という教団は、社会の最底辺で構成されていた。この組織に参加したのは絶望した者であったり、精神的に異常をきたした者であったりと、簡単に操られる類いの愚者たちであった。


 この失敗作たちは、己が住んでいた広大で無慈悲な宇宙に自分の生きた証を残すための最良の方法が、それに終止符を打つことであることに合意した阿呆である。


 そして、その目標を達成するために、彼らはクラス3の宇宙的存在である『監視者のマグラスラック』を呼び出そうとしていた。『クラス3』が実際に何を意味するのかを理解している人は非常に少なかったが、クラス1からクラス5までが宇宙的存在の『格』であることを考えると、マグラスラックは比較的平凡な存在であると考えるのが妥当だろう。


 少なくとも、宙の境界から到来した、恐ろしい存在たちの中において、の話だが。


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 マグラスラックを自分たちの領域に引き込む計画を、密会は立てていた。それは、人間の生け贄という、伝統的な技法を用いた儀式であった。


 件の生け贄は、若い人間の男性だった。彼は20代前半で、茶色の髪、茶色の目、痩せた体型、そして、実に平均的なサイズのペニスを持っていた。最後に述べた汚物が見えたのは、男が裸のまま、部屋の中央にある石の祭壇に不潔な鎖で縛られていたためである。


 興味深いことに、彼は自身の苦境をさほど気にしているようには見えなかった。彼は空虚な表情で部屋をぼんやりと見回していたが、それは彼がカルトに属していることを示唆していた。


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 儀式が進むにつれ、古代のルーン文字が石の祭壇に刻まれ、鈍い赤色に輝き始めた。生け贄はそれを見ることはできなかったが、横たわる岩がゆっくりと背中やお尻を熱くしていくのを感じたのは確かだった。


 彼の虚ろな表情が一瞬変わったが、『この感覚も中々にどうして悪くない』という間抜けな感情に満たされたものであった。それは確かに、何も起こらないにしても、石の冷たさよりは歓迎される感覚ではあった。


 なお、急速に近づいてくる銃声が空耳でなければ、彼の尻以外のものも熱を帯びてきているようだった。


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 彼らの信念のためか、カルト教団はテンポを乱しもせずに聖歌を謳い続けた。彼らは、自分たちの防衛システムが侵入者を撃退するか、少なくとも儀式が完了するまで時間を稼ぐことができると確信していたらしい。


 しかし、彼らの仲間たちや施設の自動化されたセキュリティに対する信頼が、よくある死亡フラグそのものであったことが、すぐに明らかとなった。


 カルトの計画を察知した軍の特殊部隊が、3分もかからずに不吉な隠れ家の防衛を通り抜けたのだ。今すぐにも儀式室に突入して、全員の頭に風通しのいい穴を開けなかった唯一の理由は、巨大な隔壁が邪魔していたためである。


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 むろん、この扉でしつこい兵士たちを止められるハズもなく、彼らは隔壁に到着してから数秒以内でプラズマカッターで進入路を切り始めた。残念なことに、彼らが持っていた汎用性の手持ち式プラズマカッターでは、力不足だった。


 扉は厚くて重たいので、従来の方法では時間がかかりすぎる。しかし幸いなことに、彼らには切り札がいた。チームの超能力者が前に出て、ありったけの念動力フォースをバリケードに投げつけたのである。


 *ドゴォォ*


 隔壁の内側に突然、スイカほどの大きさの拳型の陥没が現れた。その時になって、教団員たちは、自分たちがどれほどヤバい状態に陥っているのかを、ようやく理解した。


 だが、超能力者が次の爆発を起こすまでには数十秒かかるだろうし、ドアは3、4発しか耐えられないようには見えたが、言い換えれば、カルト教団が儀式を終えるのに約3分の猶予がある。


 儀式を担当していた者は肩をすくめると、仕方がないと言ったように目を血眼にして、儀式の最後のステップを進めた。


 *ギュィィーーーンッ


 教団長は部下の一人にうなずき、スイッチを入れるように促した。一枚岩の祭壇の基部にある奇妙な機械類が、駆動音と共に起動した。ベッドのような神棚の各角から四本の機械的な腕が出現する。


 それぞれのロボットアームには、レンガのようなレーザー砲が付いており、これらが上向きに向けられると、紫色のエネルギーの四本のビームが、不幸な捕虜の胸部上の一点に収束するように結合された。


 光線の流れはゆっくりと成長していく光の玉へと合流し、プラズマの円弧と火花を放ちながら、パワーを集めていった。


 *ゴッカァァァン*


 教団長は拘束された生け贄に近づくと、ローブから奇妙なものを取り出した。それは黒曜石の短剣で、三日月のような不思議なカーブを描いた刃が付いていた。教団長は片手でオカルトの道具をしっかりと握って唇に押し付け、禁断の言葉を呟きながら、その短剣を掲げた。


 鎖に繋がれた被害者は、この状況がどこに向かっているのかを十分に理解していないためか、困惑した様子で彼の奇行を見守っていた。


 「嗚呼、賢明で全知全能のマグラスラック!私達、あなたの献身的な下僕は、あなたに私達の惨めな嘆願を聞いて欲しいと懇願する!」


 *グッコォォォ*


 隔壁に四つ目の拳型のくぼみができても揺らぐことのない、はっきりとした声で教団長は話していた。大事なこの瞬間のために、徹底的なリハーサルをしてきたのは誰の目にも明らかだった。


 「我々の啓示の瞬間に、今すぐ迎え給え!」、と彼は続けた。


 「血と命のささやかな供え物を受け入れよ!この血と命のささやかな供え物を受け入れよ!我々とあなたの恐ろしい栄光を分かち合おう!そうすれば我々は宇宙全体にそれを広めることができる!」


 男は短剣の柄を逆さに握ると、それをまっすぐに、縛られた生贄の心臓に突き刺した。


 *ドンガラガッコォォォォン*


 憐れな供物にとっては有り難いことに、隔壁はかなり壮大な方法で強大なる念動力にその道を譲った。ぶつ切りにされた金属の塊は、その根元から引き裂かれ、部屋を横切って飛び散った。


 巨大な金属片はエネルギー球の霧散を連鎖的に引き起こすと、光線の収束を中断させ、同時に教団長の頭蓋をザクロみたいに飛散させた。さらに、その過程で扉は連鎖的に数人の教団員を三枚おろしにすると、反対側の壁に衝突し、いくつもの亀裂を走らせた。


 次の瞬間、特殊部隊は新たに作られた開口部を走り抜け、部屋の中へと破裂弾をばら撒き、非武装のカルト信者を極度の独断と偏見をもって虐殺した。兵士たちの射撃の腕前が評価されたのか、最初の3秒の自動掃射で40人ほどいた容疑者は全員天に召された。


 10人の部隊は発砲を止めると黙り込み、部屋の中に脅威がいないかを確認した。


 「クリア!」


 「クリア」


 「クリア」


 数人が安全を確認した。その時初めて、部隊は緊張を解き放つと、姿勢を緩めた。拳をぶつけたり、ハイタッチしたり、尻を鷲掴みにして殴られたりと、お互いの仕事の成果を簡潔に祝福し合う特殊部隊。


 祝いに参加していなかったのは、チームの超能力者であるヨハンソン捜査官だけだった。彼女は参加したかったのだが、色んな意味で忙しくて、隅っこで嘔吐していた。彼女に女の醜態を曝け出させたのは血を見たからではなく、昼食に食べた怪しいパンケーキのせいでもなかった。...決して。


 「大丈夫か、AJ?」、と仲間の一人が彼女の様子を見に来た。


 「ええ、大丈夫よ。」と彼女は安心させるように言い、すぐに嘔吐した。


 「ただの過負荷よ。何ともないわ。」


 隔壁を突き破ったことで、彼女の神経系には膨大な量の負荷がかかり、体がどう対処したらいいのか分からなくなっていた。いわゆる超能力的な過負荷はいくつかの不快な症状が現れる可能性があり、胃の内容物を噴射させるのはよくあることだった。


 ヨハンソン捜査官は、食事が消化管の反対側に残っていないことを静かに喜び、涙ぐんだ。


 「本当に、AJ?こんなにひどいの、見たことがないぞ。」と心配していた同僚が言った。


 「顔色が悪いし、ブルブルと震えているし。」


 「いや、本当に、そのうち治るわよ。」と彼女は主張した。


 「そんだけ重いドアだったってこと。」


 彼女は通常、過負荷から完全に回復するのに、症状の深刻さに応じて数分から数時間を必要とする。そして、他の症状よりも早く治るものもあった。


 例えば、ヨハンソン捜査官の頭痛は通常、数回の深呼吸の内におさまる。しかし、今回はおかしなことに、時間が経つにつれ、良くなることはなかった。それどころか、逆だった。痛みに震えながら、額を握りしめずにはいられないほどの激痛に進行したのだ。


 脳の痛みの原因が内臓のものではないことに気付いたのは、その時だった。彼女は必死な形相で部屋の中央に向かって走り出した。


 扉の残骸は教団長を排除したが、それは最悪の方法で行われた。衝撃は儀式の短剣を血まみれにし、握っていた短剣を弾き飛ばしたのだ。黒曜石の武器は石の祭壇の上に刺さり、奇跡的に生きていた人質の股の間に着弾したらしい。


 ヨハンソン捜査官は、オカルトの知識をある程度は持っていた。彼女の仕事柄、勉強しないわけにはいかなかった。専門家ではなかったが、彼女の経験からある事に気づいたのである。


 このカルト教団が接触しようとしていた宇宙的存在が、前述の一連の出来事を生贄の儀式にふさわしいと解釈したという、恐ろしい事実に。


 この不幸な結論は、三つのヒントから生まれた。


 第一に急激に悪化した頭痛。第二に、刃と祭壇に沿って書かれたルーン文字が、血に似た光を放ち続けていたこと。三つ目の、最も確かな証拠は、ゴルフボール大の小さな闇の物体であった。


 それはプヨプヨと、極小のブラックホールみたいに、空中でのどかに浮かんでいた。


 「逃げろッッッ!!!!」


 超能力者は仲間に叫んだが、遅すぎた。


 小さな黒い玉は、心臓を鷲掴みにする悲鳴を上げると同時に、蠢く影の雲へと爆発した。


 兵士たちは、その何とも言えない音に動揺しながら、発生源から離れて散り散りになっていた。彼らはソレに向かって武器を振り上げ、彼らの理解を超えた完全に異質な存在が、宇宙のヴェールを介して蠢いているのを、恐怖の高まりと共に見た。


 そして、空虚な深淵は、彼らを見返した。様々な形や大きさの目が、大いなるモノの形のない塊から這い出て、周囲の全てを睥睨した。


 「少佐!?」、男の一人が呼んだ。


 「発破は!?」


 「待てッ!!」と士官はゆっくりと命じた。


 「何をするにしても、交戦だけはするな!」


 それは正しい判断だった。多面的で数多な視線から感じた、少佐の精神的プレッシャーは、自分がクラス3の宇宙的存在に直面していることを物語っていた。


 単なる弾丸では効果がない。強力な超能力か最新式の重火器がなければ、悪夢から這い出てきたような存在を追い返すことはできない。


 しかし、ヨハンソン捜査官は気絶しそうになるのを我慢するのが精一杯で、しかも部隊は途中で爆発物をほとんど使い果たしてしまった。要するに、武力戦で実体と交戦すれば、絶望的に劣勢になるだろう。


 どう考えてもすでに撤退しているべきだが、作戦手順では脅威の名前を知り、可能であればその動機を見極めることが求められた。この情報は実行可能な計画を策定するために不可欠であり、基地の頭の禿げた白豚連中が実行可能な封じ込め戦略を策定できるようにするためのものだった。


 つまり、全くもって逃げることが最上の作戦だと言えるだろう。


 『S̝̫͉̯̲u͈̪͚̱b̗̗̗♻♻♻̝͙ḭ̢̱̭̻t̩̲̥,̫̠ ̛̩͚͚̗̦m⃚͈͚͚o̙̭̭rt͚̥ວ̝a̪̝̹l⃚ṣ̳꒫̮̫̱̤̤《平伏しろ劣等種》』


 不気味な囁きは聞こえず、兵士たちの心の奥底から言葉が出てくるように感じられた。


 『| ̤͔̤͔͝y͏͓o͓̙͉͓̬͕̗͡u̦̦◢̮̮r̵͔̱ o̱̲̲͚͔͔ char͜ḅ̛̼̪̪͔e̛͈͡d̩《我に従え》・・・・・・。』


 「少佐!」、と同じ兵士が叫んだ。


 「よし、爆破を始めろ!」


 作戦手順に沿った必要最低限の情報を手に入れた少佐は、部隊に闇と瞳の塊への攻撃を、全力で行うように指示した。小火器では、ポータルの通り抜けを阻止するには十分ではなかったが、部隊が退却するのに十分な時間を稼ぐのに役立つだろう。


 少なくとも、自分たちの亜光速弾が瞬時に反射して、同じ精度で追尾してくるのに気づくまでは、そう考えていた。幸いなことに、ヘルメットとボディーアーマーが弾丸のほとんどを吸収し、部隊は死傷者なしで儀式室を脱出することができた。


 突破されたドアを通り抜けた後、彼らは最後の数個の爆弾を使って廊下を崩壊させ、追われた場合に備えて時間を稼ごうともした。


 ありがたいことに、マグラスラックは彼らの後を追いかける気はなかった。実体はすでに彼らの本質を視ていたし、興味も引かれなかった。唯一、『贈り物』を持った女性は少し興味深かったが、その部屋にはもっと好奇心をそそる人間がいた。


 マグラスラックの無数の目は、まだ祭壇の上で縛られている男に集中した。身体的な面では特に注目すべきものはなかったし、彼の精神的な能力は......ゴミ以下のように視えた。


 それなのに、この一人の卑しい人間は、彼の周りで起こった全ての出来事を、どうにかして恐怖心の欠片もなく耐えていたのだ。


 「ああ、こんにちは。」


 男、ジョーは少し驚いた様子で答えたが、それ以外は落ち着いた様子で、彼の頭上で蠢く闇の塊を見上げていた。手首の手錠のせいで少し難しいが、ジョーは手をカシャカシャと振ってみせた。


 「貴方が、仲人出会い系の神さんですか?」、と彼は希望を込めて尋ねた。



 「...ほら、仲人さん。貴方が、運命の彼女を見つけてくれる人?」




 永い時を生きた大いなる上位者は、その時に初めて、絶句という現象を経験した。



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