げんじつ

 サユリになって初日の夜は、シノブのレクチャーで、着替えやらお風呂やらヘアケアやらスキンケアやらで大忙しだった。

 数日はシノブが泊まり込みでレクチャーしてくれることになっている。

 サユリの母親は、淡白で中性的だった娘の変わり様に喜んでいた。

 家事や炊事の手伝いを積極的にやる娘の姿をみて涙ぐんでいた。

 サユリにしてみれば、これからお世話になる以上、迷惑はかけられないので必死なだけだ。


 朝、シノブのレクチャーで身支度を整え、制服を着用した。

 鏡に写ったのは、いつも隣の席から見ていたサユリの姿だ。


 ただ、勝気で活発そうな印象は、内気で温厚そうな印象に変わっていた。

 キョウヤから「女子向き」と言われたのを少し思い出した。


 「サユリ可愛い」

  シノブが後ろから抱きついてきた。


  鏡の中には、恥ずかしがりながらも、シノブと仲睦まじくじゃれ合うサユリの姿が写っていた。

  サユリは向こう側の世界の住人となったのだ。



  ……



 体育館につくと、キョウヤが朝練をしていた。

 なぜか同級生の男子部員が皆んな集まっていた。

 キョウヤが誘ったらしい。


 サユリたちは急いで準備を済ませると、となりのコートで練習を始めた。


 サユリは、ボールがとても重く大きく感じるとともに、女性として成長した体のバランスに違いに戸惑った。


<こんなにちがうのか……>


 と思い、隣のコートをみると、キョウヤが元気にプレイしていた。

 遠距離もゴール下もまるで隙がなかった。

 男子のみんなもキョウヤの変わり様に驚いていた。

 キョウヤがいっていた「私の方がうまくやれる」という言葉が脳裏をかすめた。


 サユリは基礎練習から始めた。


 しかし肉体の変化に対応しきれず、初心者の様なミスを連発し、自分より2年以上バスケ歴が短いシノブに手ほどきしてもらうほどだった。

 シュートも入らないどころかゴールにすら届かなかった。

 みかねたシノブに手取り足取り指導してもらい、ようやくコツが掴め、シュートが届く様になった頃、その日の朝練は終わっていた。


 シノブとサユリが二人で後片付けをしていると、すでに撤収を済また男子たちは、みんなで何処かへ遊びにゆく話で盛り上がっていた。その輪の中には、当たり前の様にキョウヤが混ざっていた。中心的な立場で。


 シノブが言う。

「男子、仲良さげだね。ああ言うの見てるとちょっとうらやましくなるね。

 女バスも負けてられないけど、声をかけ続けても結局朝練にすらきてもらえなかったのよね……。皆んな、大会で負けて大泣きするくせに練習には参加してくれないの。強豪校は顧問が積極的だし、各個人もやる気あるから差がつくのあたりまえだよね……」


 サユリが言う。

「そっか、女バスが大変ってそう言うことだったんだ。

 うちの顧問は女バスにはほどんど構わないで、男子ばかり面倒みているしね。

 このままじゃ、上位狙うどころか初戦だって怪しくなっちゃうよね。

 でも、今日は、ごめんね。迷惑かけちゃって。

 ボールが大きいし、重いしで、初歩的なこともできなくなるなんて思いもよらなかった。

 すぐ追いつける様に、頑張るから」


「キョウヤ君の体格からサユリの体格にかわったらそうなるのは仕方ないよ。

 もともと上手なのだし、すぐに感を取り戻せるからだいじょうぶ。

 自信無くさないでね、サユリ」


「ありがとう、シノブ」


 片付けをすまし、制服に着替えて、体育館をでると、キョウヤが待っていた。


「おっす、シノブ、サワフジ」


 シノブが返す。

「やっほー、キョウヤ君。

 絶好調だったね。かっこよかったよー」


 キョウヤが返す。

「この体凄い。思い通りに動ける。

 ボールも小さくて軽いし、体力も半端ないし。

 ほんとありがとね、サワフジ」

 

 サユリが答える

「え? あ、うん……」


 キョウヤが返す。

「どうしたの元気ないの? 生理でもはじまった?」


 シノブが返す。

「キョウヤ君、もう男子なんだから女子トークはNGだよ。

 サユリは今日のキョウヤ君の逆なの。

 思い通りに動けなくて、ボールは大きくて重いし、体力もないんだから」

 

 キョウヤが返す。

「あー、そっか、悪い悪い。気がつかなかった。

 でもまぁ、女子だし仕方ないよね」


 シノブが返す。

「それ差別発言だからね。

 で、どうしたの?」


 キョウヤが返す。

「さっき顧問の先生とあってさ。

 朝練してたっていったらやる気出たみたいで、

 午後から急遽、練習試合組んでくれたの」


 シノブが返す。

「人集まるの? 女バスはむりだよ?」


 キョウヤが返す。

「女バスのことはわかってる。

 男バスの話。人が足りなくてスコアラーと審判が確保できそうにないの。

 サワフジってスコアラーと審判どっちもできたよね?

 あとテーピングとかも。

 手伝ってもらえないかな?

 シノブと二人で臨時マネージャー的な感じで。

 無理にとは言わない」


 シノブが返す。

「あたし審判は無理だけど、スコアラーくらいならできるよ。

 サユリはどーする?」


 サユリが答える。

「シノブが行くなら、ぼ、私もいいよ」


 キョウヤが返す。

「ありがとう! 恩に着る。

 早速、顧問に伝えてくる。

 こう言うチャンス滅多にないからほんと助かる」

 キョウヤは職員室に走って行った。


 シノブが言う。

「なんか、体力が有り余ってるって感じだよね。

 いかにも男子って感じ。

 うちらは、帰って支度しようか」


 サユリはシノブと一緒に、帰宅すると、諸々の準備を済ませ、バスと電車で市営の体育館へとむかった。


 同じバスケ部であっても男子と女子は別行動が基本だった。

 なので、男子たちは、女子が二人も臨時マネージャーとして参加するのを知って色めきたった。

 

 サユリは頭ひとつ分以上、身長が低くなっているので、男子の中に混ざるのはかなり抵抗があった。いままでは、上から見下ろしていた景色が、下から見上げる状況なのだ。


<男子ってこんなに体格が違うんだ……>


 一試合目は、サユリはベンチでスコアラーを担当した。

 シノブはスポーツドリンクなどを配ったり、声援を送ったりしていた。

 女子からの声援は初めてのため、男子メンバーはかなり気合が入っていた。

 休憩時間は、女子からレモンやお菓子などが振る舞われ、男子メンバーのテンションはさらに上がった。サユリは元チームメイトから、女子としてチヤホヤされることにとても戸惑った。


 二試合目は、シノブがベンチでスコアラーを担当し、サユリが審判を担当した。

 際どい判定も正確に判断し淡々と試合を進めるサユリの様子を見て、顧問は感心していた。

 

 二試合ともキョウヤはスタメンで出ずっぱりだ。

 しかも両試合で最多得点・最多アシスト数・最多リバウンド数をマークしていた。

 臆せず積極的に相手に立ち向かうキョウヤの姿を見て、顧問はとても嬉しそうだった。


 それを見ていたサユリはとても複雑な心境だった。

 今のキョウヤは、過去の自分が霞むほど、とても輝いていたのだ。

 サユリにはないキョウヤの才能が最大限に開花しているのを感じた。


 試合後、サユリとシノブは、顧問からお礼を言われた。

 帰りは、顧問がサユリの家まで自動車で送ってくれた。

 車中で、可能な範囲で良いので、男子の遠征試合の時はマネージャーとしてついてきて欲しいと言われた。そして、ほとんど活動ができておらず実績も挙げていない女バスは廃部が検討されているという話もされた。夏の練習が実質、サユリとシノブだけでやっている状況だったため、もはや廃部は決定的だったのだ。顧問からは、廃部後、男子バスケ部の正式なマネージャーになって欲しいと言われた。


 サユリとシノブは、帰宅後、入浴と夕食を済ませ、サユリの部屋で話し合っていた。


 サユリが言う。

「シノブは知ってたの?」


「うん、それとなく遠回しに警告されてた」


「〝サワフジ〟も?」


「うん、二人で悩んでた」


「バスケできなくなるのか……」


「ごめんね。ちゃんと話すべきだったね」


「別にいいよ。今日のサワフジの活躍みたら、自分がヒラタ=キョウヤするよりチームに貢献してるのわかったから。同じ条件であれだけ才能に差があるの見せつけられたら、納得できちゃうよ」


 シノブがサユリを抱きしめる。

 サユリは、シクシクと泣き始めた。



 ……



 サユリとシノブはベッドに腰掛けて手を繋いで寄り添いあっていた。


 シノブが言う。

「サユリはこれからどうする?

 サユリならどこの運動部からも声かかるでしょ?」


「……それは〝サワフジ〟の話だよ。

 僕は不器用だから相当努力しないとうまくなれない。

 練習試合のサワフジみたでしょ? 完全に別人だよ。

 皆んなそれを期待してる。

 それを真に受けて入部したら期待外れで愛想尽かされちゃうよ」


「そこまで自分を卑下しないで。

 今のサユリだって十分才能あるよ。

 文武両道だったじゃない。

 諦めないで努力しよう?」


「今やりたいことが見つからないんだ……。

 シノブはどうするの?

 マネージャー引き受けるの?」


「私はサユリが一緒ならやってみようかなって思ってる」


「僕、昨日までヒラタ=キョウヤだったんだよ?

 元チームメイトに見下ろされて、

 女子として接しないといけないとか無理だよ」


「……あたし、男の人が苦手なの。キョウヤ君から聞いてる?」


「あ……うん。ごめん、そうだったね……」


「いいの。気にしてないから。

 それでも引き受けようと思うんだ。

 これから先、生きてゆく上で、慣れないと大変だから。

 もしさ、サユリがやりたいことが見つかけられないなら、一緒にやらない?

 少しずつ慣れていこうよ。

 サユリはもうサユリなんだから」


「シノブは僕をサワフジ=サユリとしてみてくれてるの?

 数日前のサワフジ=サユリとは別人だよ?

 それでも、僕をサワフジ=サユリとして受け入れてくれるの?」


「もちろん。

 今のキョウヤ君はキョウヤ君だし。

 今のサユリはサユリだもの。

 私、今のサユリのこと好きだよ。

 とても優しいし、誠実だし」


「昨日までまともに会話すらしたことすらなかったのに?」


「そっか、聞いてないんだ」


「何を?」


「前のサユリは恋人じゃないの親友なの。

 私ね、ヒラタ=キョウヤ君とだったら恋人になれる気がしていたんだ。

 ずーっと気になってたの貴女のこと。

 でも、男の子だから怖かった。

 けど、サユリになってくれた。

 とっても嬉しかった」


「今の僕なんかが、シノブの理想の相手なの?」


「自分を卑下しないで。

 今の貴女だからこそ、私の理想の相手なの」


「今の僕を、受け入れてくれるの?」


「もちろん。

 貴女も、あたしを受け入れてくれる?」


「……うん」


「大好きだよ、サユリ」


「ありがとう、僕もシノブが大好き」





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