第37話

 私の表情が気になったのか、メリンダさんが優しい笑みを浮かべながら口を開いた。


「色々驚いたでしょうね。当然です。……こちらとしても突発的な事態の対処を優先するあまり貴方への説明不足になってしまった事を先ずはお詫びを。訊きたい事がありましたら承ります」


 その温かく優しい響きの言葉に勇気をもらって、一番気になった事を訊いてみる事にした。

 私には馴染みが無いけど、元居た世界ではいわゆる質の悪い新興宗教みたなものかもとは予測は立ててはみても、具体的にどういうものかの想像が出来なかったから。


「あの、”邪教”というのは……?」


 恐る恐るになってしまった。

 やっぱり響きが何だか怖い。

 それでも今聞いておかないといけない気がした。

 私がこれから生きていくためにも。

 ――――家に帰る為にも。


「現在のエトルリア大陸について、どこまで御存知ですか?」


 メリンダさんが真面目な顔になりながら訊ねた事柄に首を傾げる。

 リアムに聞いていたことを思い出しながら答えられると思うことを話した。


「……ええと……大陸については宗教と女性の髪について以外聞いていなかったと思います。ですから何も知らないと同じだと……」


 リアムにチラリと視線を向けたメリンダさんのため息に、何だか申し訳なくなって小さくなる。

 疲れていたけど、大陸以外は憶えている中では他はウィルの事と『神の愛し児』と奴隷関連の話だったと思うんだけど……

 こちらの言葉を分かるようにしてくれたのも大陸以外……だよね。


「気になさらないでください。説明もしていなかった方が悪いので。とはいえ此処に到着した後に教える気はお有りになったと思います。どこから説明したものでしょうか……この大陸は現在難民と呼べるものが多発しているのは御存知ですか?」


 難民と言われて頭の中に蘇ったのは、初めて会った人達の事だった。

 痩せ細りボロボロの服というにはあんまりな物を着ていたのが思い出される。

 ……同時に臭いと襲われた事も思い出してギュッと自分の腕を握って衝動に耐えた。


「――――ご無事で何よりです。ミウさんがアレ等の中の、邪教に気触れた連中に遭遇して命ばかりか五体満足でやり過ごされたのなら……ええ、本当に運が良かったと」


 震えが止まる。

 呆気に取られて震えが止まって固まった。

 自分の全てがカチリと凍ったように。

 考えちゃいけないと私の何処かが言っている気がした。


「……ただの難民になっている輩でしたら、昼間だろうと夜だろうと性的な意味とそれ以外の理由で問答無用で襲い掛かってきます。自分達より上の身分だろう相手を見れば男だろうと女だろうと見境はありません。要は汚したい、傷めつけたい、侮辱したい、貶したいのですよ、上の者を。自分にそうされる上の身分の者を見て溜飲を下げたい。現在はそんな難民ばかりです」


 メリンダさんは眉根を寄せて大きくため息を吐いてから、私を心配そうに見て話を続ける。

 明るく見えたロドニーさんも顔が真面目なのをどこか遠くに感じた。

 ……リアムの顔を見る事は今の私には難しくて、下を向いてしまう。


「もう少し頭の回る難民ですと何もせずに売り飛ばしますよ、奴隷として。そういう輩は同じ難民以外も少しでも金になりそうな鴨がいたら目敏く売り飛ばします。ですから現在は、それなりの身分の方は護衛無しに出歩くのは厳禁です、例え帝都と言えど。帝都の中で治安の良い所だろうと油断してはいけません。これはしっかりと憶えて決して忘れないで下さいね」


 話を聴きながらも身体は固まったまま。

 どうにか口を解凍して動かすことに成功した私は、震える声で疑問を口にした。


「――――……もし、もしもだけど、夜に襲いかかってきた場合は……?」


 メリンダさんが沈痛な表情になる。

 彼女の顔にやっぱりという色を見付けて確信を持ってしまったから、今更震えが止まらなくなった。

 これは無事だった自分の幸運に感謝してなのか、それとも奴隷以上の厄介事だったのかもしれないとメリンダさんの表情から分かってしまったからなのか……


「……邪教、『救世の神徒』に溺れた輩でしょう。それの教徒は……服を破かず丁寧に脱がして生贄を裸にしてから、彼等の考え得る苦痛や恥辱を相手の命がある限り与え続けるのだそうです。普通は一晩中だと言いますが、何日も何週間も、何カ月、何年にも及ぶ場合もあるとは聞きました」


 一瞬息が止まる。

 ……私をおさえつけていながら服を脱がせる手つきが丁寧だったと、よりによって鮮明に思い出してしまったから。


「リアム様、これは……」


 メリンダさんが心配そうにリアムへと顔を向けたのを見て、私はまた身体が固まってしまう。

 やっぱり何か良くない事がまたあるのだと確信が改めて持ててしまったのは、皆の表情もあるけどこの数日での濃密な経験由来だろうな……

 そんな私に難しい顔を向けたリアムは、徐に口を開いた。


「ミウ。もしも『救世の神徒』に襲われかかった覚えがあるのなら、何か印を刻まれた覚えはないか?」

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異世界へ行った話 ~矢野 美雨の場合~ 卯月白華 @syoubu

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