転生したらオデキだった件

真花

 転生したらオデキだった件

「おい、お前、後ろ! 後ろ!」

 聴き慣れない声に振り向いたら、光の輪が飛んで来て、俺の意識は途絶えた。


「起きな」

 酒焼けした女性の声で目を覚ました。首が酷く痛い。横たわっている俺を覗き込んでいるのはセーラー服を着たよわい九十は硬い老婆。うんこ座り。左手には木刀。ヤンキーもここまで続けば立派だ。

「マジごめん」

 ペロリと出した舌。

 どう言う状況だ。体が動かない。

「チャクラム投げて遊んでたら、君の首、ハネちゃった」

「何で公道で武器投げてるんですか!?」

「君はけん玉をするのに場所を選ばないだろ?」

「破壊力が全然違います! て言うか、俺の首ハネたの!?」

「そうだよ。今君は生首。で、あの世の手前にアタイと居るのさ」

 体が動かない訳だ。ないんだもの。って、納得出来るか!

「何で俺は喋ってるんですか!?」

「この世じゃないから。で、不幸な事故の償いに、今流行りの転生、やってみようと思って」

「やってみるって、面白半分じゃないですよね? ちゃんとチートとかあるんですよね!?」

「ある訳ないだろ。それはお話の中のもの。異世界なんて存在しないし、チート能力を授ける義理もない。いいかい、自然に転生したとしたら確率的には、何らかの菌か受精しない精子になるんだよ、殆ど。そこを曲げて、転生を狙ってする、それだけで奇跡のレベルだってことに気付かないと」

「俺、被害者! 説教、違う!」

 首を思い切り振り回したい。でも体がないから出来ない。もどかしい。

「そもそもあなた誰なんですか!?」

「見りゃ分かるだろ、女神様だよ」

「しなびたヤンキー女にしか見えないんですけど!?」

「君の潜在的な性的嗜好が具現化してるんだよ」

「年上好きにも程がある。しかも絶対M。俺はもっと可憐な腐女子がいいのに!」

「可憐な腐女子って、それはそれでマニアックだけどね。と言うより、女神であることは疑わないのかい?」

「真っ先に疑ってますよ! でも、生首で話しているのも事実だし。超常的な何かだとは思います」

「ラノベの読み過ぎだよ! 状況を受け入れ過ぎ」

「じゃあ、何なんですか!?」

「女神様だよ」

「何でだよ!」

「どっちでもいいんだよ、そこは。君には選択肢がある。三択。あ、三択って言えばサンタクロースって、豚ロース、牛ロース、特上ロースの三択のロースって、言う度に思わなかった?」

「今関係あります!? そして特上ロースは牛なの、豚なの!?」

「それは」

 女神様は考え込む。俺はそれを見ている。ロダンの「美しかりし者」と言う彫刻、老婆の、を思い出す。確かポーズがあり得なかった。ポーズ……うんこ座り+スカート。ダメだ、見ちゃだめだ! 絶対に見ちゃ!

「何でスカートの下にジャージなんですか!」

「君のスケベな視線をガードするために予防的にね」

「その慎重さをチャクラムを投げる前に持って欲しかった!」

「やっぱり、特上は牛だよ。付け合わせは『トナカイの肉』」

「それじゃあロースが老人の肉に思えてくるわ!」

「プレゼント付き」

「それはいいかも。夢のあるサービスっていいですよね」

「箱を開けると『トナカイの肉』もう一セット」

「トナカイはもういい! 俺が悪かったです。俺の話を進めて下さい」

「懇願」

「だから?」

「やっぱりMじゃないの?」

「もうそれでいいです」

「老婆好きなんじゃないの?」

「それと懇願は関係ないです!」

「危険過ぎる恋愛してたんじゃないの?」

「してません!」

「アタイは女神様だからね、君の人生くらいさらっと覗けるんだよ」

 女神様は木刀をビュン! と振り下ろす。不必要な暴力を僕の潜在意識が求めているのだろうか、いや、そんなことはないだろう。騙されちゃダメだ。

「呆れた。恋愛遍歴ゼロじゃないか。人生努力もしてない。異世界転生チートハーレムモノのペルソナそのもの。アンタ、人生それで本当にいいの!?」

 胸に刺さる言葉だ。胸がない場合にはおでこに刺さるらしい、おでこがザクっと言う。

「今からでもやり直しなさい!」

「いや、死んでます」

「三択からやり直す系のものを選びなさい!」

「三択から滑ってったのはあなたですけど! じゃあ、その三択は何なんですか!」

 女神様がニヤリと笑う。木刀をブンブン振り回す。うんこ座りのままというその足腰には感服するが、やめてくれ。

「一、成仏。天然の転生を待って、結局大腸菌になる」

「菌は嫌です」

「そうなるのが普通だけど!?」

「何で半ギレなんですか!?」

「自分の贅沢な立場を気付かせなくては、神が廃ると思って」

「微妙に弱気!? 俺今首だけですけど!?」

「二、アタイの指定した動物に生まれ変わる」

「動物ですか。ちなみにそれは?」

「秘密」

 女神様のウインク。それは悪意に満ちていた。

「トナカイとかロースの元とかですね。却下です」

 あからさまに「チッ」という顔。反射的に悪態が出る。

「腹立つ顔」

「やかましい!」

 木刀が俺の胸の辺りを直撃する。首から下がなくてよかったと人生で初めて思った。

「で、三。人間」

「チートは?」

「しつこいね。見える聴こえる喋れるよ」

「それだけ!?」

「嫌ならいいんだよ。特盛サービスの三択なんだから」

「しょぼくないですかぁ?」

「これが現実だよ。ここで消滅するってオプションを足そうか?」

「いえ、結構です」

「態度が変わり過ぎでしょ!?」

「だって、消滅は嫌です」

「転生先ではもうちょっと芯を持ちな」

「芯ですか」

「そう。じゃあ、三択を決めよう。どれがいいかな」

「女神様が決めるんですか!? それはおかしくないですか!?」

 俺の慌てようが余程面白かったのか、女神様が口を開けて大笑いをする。

「冗談だよ。じゃあ、煙草を吸ってくるからその間に決めておいて」

「ここで吸っていいですよ」

「ここは禁煙なんだよ。最近うるさくてね」

「誰が取り締まってるの!?」

「そんなの言えないよ! 何でも訊けば教えて貰えると思ってるのかい? 甘ちゃんだね。ほんとに」

 すくっと立ち上がって、女神様はどこかに行ってしまった。

 首だけで残されてる俺。人間一択だろ。トナカイの肉にはなりたくないし。大腸菌も嫌だ。ただ、いつのどういう人間なのか全く不明なのが気になるけど、この際贅沢は言ってられない。

 女神様が戻って来た。

「決まったかい?」

「三の人間で」

「ん。じゃあ、行ってらっしゃい」

 木刀を振り下ろす。今度こそ俺の頭に。遠のく意識。転生って赤ちゃんからなのだろうか。それとも人生の途中からなのだろうか。何も訊かないまま進んでる。でももうしょうがない。


 は、と目が覚めた。

 思考があると言うことは赤ん坊ではない。

 が、体がない。さっきまでの首だけと一緒だ。そして、自分が何者であるか自覚が芽生えてくる。人間は自分が何者であるか自分で決めないといけないが、それ以外の者は最初から自分が何者であるかの悟性があると言う話は本当だったのだ。俺は今、オデキだ。

 オデキがまさか視覚・聴覚を有していると言うのは驚いたが、首の後ろにぽっこりと出来たオデキなのだ。人間、って言ってたよな、あのクソ女神。人間のオデキの略? いかにもやりそうな話だ。懇切丁寧に本当の話をする保証なんてないってか。むしろ「芯を持ちな」ってこう言うことだったのか。

 本体の人間は元の俺と同じくらいの年齢性別。同じくらいの性別って何だ。

「おい、新入り」

 左を見ると他のオデキが喋っている。

「はい」

「トランプ大統領の時に、宇野総理だったら、もっとバランスの取れた日米関係だったと思わないか?」

「UNOだから?」

「マジックカードがある分、有利に立てたと思うんだけどな」

「ドローツーして外交が何か変わります!?」

 首の後ろのニキビがそんな話をしているとは露知らず、本体の男は歩いている。

 振り向かない人間の後ろには結構色々なものがあると言うことを俺は初めて知った。

 振り向かれている頻度がかなり高いのはこの男がイケメンなのかも知れない。

 ヒタヒタと着いて来ている男が三人も居ると言うのは、この男が恨みを買っているのかも知れない。

 蛇がずーっと追いかけて来ていたりするのも何か理由があるのだろうか。

 でもそんな全てよりも俺には隣人が気になる。

「先輩も転生したんですか?」

「おう。何かババアの女神のチャクラムにやられた」

「あの人本当に婆さんなだけなんじゃないのか!? 切羽詰まるくらいの年上女性好きとかですか?」

「何でだよ!? 俺は女だ年下好きだ」

「俺もチャクラムです。お互い不幸な事故でしたね」

「いや、故意だろう。武器だよ!? 事故で済ませられないよ!」

 犬も三匹着いて来た。ちょっとした行列になっている。本体は気付かない。

「じゃあ、この状況もわざと作って、それを見て楽しんでるんでしょうね」

 そこに、セーラー服姿の老婆が現れる。

 本体からしたら後ろだから気付かない。

 左手に木刀。右手にチャクラム。クソ女神で間違いない。

 俺はあらぬ限りの声を張り上げる。

「おい、お前、後ろ! 後ろ!」

 本体は声に反応して振り向く。が、チャクラムの速度を躱し切れない。彼の首は見事にハネられる。

 先輩は胴体の方に、俺は首の方に生き別れになった。

 老婆が近付いて来る。男の首を持って、天に登る。

 この世とあの世の間で、起こされた男。俺とは違って素直に話を聞いている。転生先は人間を選ぶ。そこで俺は声を荒げる。

「人間って言っても、人間のオデキに転生させられる! 俺がその証拠だ!」

 一瞬不審な顔をした男の頭を女神様は持って、俺を芯ごと潰した。俺は本体の体から抜け出したら急速に萎えて、多分、普通の転生に向かう。成仏。ほぼ菌か精子。

 クソ女神の高笑いだけが耳に残る。



(了)

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