第42話

「――――ない」


 言い終えてから沈黙する瑞貴。

 それを面白そうに見ているのは、世界の屋根と呼ばれる山脈にとぐろを巻いても余裕だろう、途方もない大きさの竜身に無数の頭を誇る竜だ。

 頭の大きさも千差万別。

 その全てに立派な角を生やした立派に竜の顔である。

 一番大きな頭は、一飲みにとあるドーム球場を出来るだろう。


 だがその数多ある頭の内、真に頭と言えるのはただ一つ。

 それ以外の頭はその竜にしてみれば手足という認識だ。


 とある列島を巻き取れる巨体が余裕でうねっても大丈夫なその空間。

 やはり真っ白で、その竜身の漆黒のさまが余計に映えている。


 その巨躯と威圧感で瞬時に正気を失うのが今までの慣例だったのだが、瑞貴は気にした風もなく、その竜の真の頭に視線を向けていた。


「『おかしな輩よな。我を見ても狂気には囚われず平然としておるとは。我としては当てが外れて少々不満じゃ』」


 竜が大音量でどの頭が言葉を発しているのか悟られぬように話しかけ、威圧を更に加えても、瑞貴はといえばどこ吹く風で真の頭から視線をずらさない。


「『分かっておるのか? 我の機嫌は損なわれておるのだぞ。余計な真似をしおってからに』」


 ここまで言っても、瑞貴は静かに語りかけている竜の正しい頭を見るばかりで答えない。


「『何故、我の邪魔をしたのか訊いておるのだがな』」


 ワザと苛立たし気に言ってみた所、瑞貴は竜の望む答えとは別の事を問いだしたのだ。


「いつから此処に?」


 見事にその竜の逆鱗に触れる様な発言に、それでも怒りを抑えながら竜は問い返す。


「『いつからだと思うのか?』」


 瑞貴は即答した。

 感情を何も込めずに。


「存在が弱った時から」


 それこそ逆鱗だったが、誰かにそれを指摘された事は竜は無かったのだ。

 此処に召喚された輩は皆正気を失って会話どころではなかったし、侵入者は侵入者でこの竜を囚われているからと見下す輩ばかり。

 端的にその竜の状況を判断し口にする者など皆無だった。


 結果、竜は面白そうに瑞貴を見る。


「『よくまあ分かるものだ。我を嵌めた畜生以外に正確に分かるものがいるとはの。隷属させられているのだ。それを行った者をこそ上位者と思うのが常道だろうに。よもや人の子が……』」


 沈黙して感慨深そうに竜は瑞貴を見ていた。


「畜生とはこのゲームの主催者か?」


 瑞貴の問いは相変わらず短い。

 それにクツリクツリと笑いながら竜は答えた。


「『そうさの。訳の分からないゲームに付き合わされる身にもなれと叫びたいわ! 此処から出られんし、命令を受けて下らんことをせねばならんし! それが数千年だ。数千年!!! 寿命の無い我でも怒り狂うわ!!!!』」


 そう叫んでから竜は、荒れ狂っていた激情を瞬時に沈めて不思議そうに瑞貴を見る。


「『お主は訳が分からぬ。何故足手まといにしかならん連中をそれほど保護する?』」


 瑞貴は片方の眉根を微妙に上げただけで沈黙する。

 答える気は無いと察するのは容易だ。


「『誰も気が付いておらんが、アレじゃろう? お主さえいれば良いというやつよ。本当の意味でソレに気が付いている輩はお主の連れている連中の中におらんな。ああ、一人いるといえばいるが、自分で自分に事実誤認させておるのか。上手いの。そこらの輩やあの畜生では気が付くまい。良い手じゃ』」


 竜は瑞貴の態度も気にせず機嫌が良さそうにひとしきり話した後、やはり疑問が消えないのか首を傾げている。


「『お主、あの畜生を知っておるのか?』」


 この竜のいる空間に来て初めて瑞貴が首を傾げる。


「知らないな。憶えがまるでない。記憶にございませんと言うんだったか、こういう場合」


 竜はより不思議そうに首を傾げる。

 無数の首も同調するように三々五々に不思議そうだ。


「『ふうむ。あの畜生、お主以外を此処に連れて来いと宣ったのだぞ』」


 瑞貴は目に力を込めながら問いを発する。


「何の為に?」


 竜はそれこそ呆れたようにため息を吐いた。


「『お主、それを察したからこそ自らのみをこの空間に転移させたのではないのか? 他の者達と態々入れ替わって』」


 瑞貴は無表情に戻って首を振る。


「何の為かは分かっていなかった。だから入れ替わった」


 竜は意地悪な表情と声音で愉し気だ。


「『お主、やはり守る気ではないか。ある意味正気とは言えんな。あの畜生、そこを突いてくるぞ。それでも変わらず守護するのかえ?』」


 瑞貴は竜を見つめて答えない。

 表情も微塵も動かない。


「『阿呆か馬鹿かと言ったところじゃな。まさかアレか? 正義のミカタでも気取っとるのか? 止めておけ、止めておけ。碌な結果にならん。我が保証しよう。弱者など、守ったところで何にもならん。いずれこちらを喰い散らかす先兵になろうよ』」


 嘲た様子はまったくなく、どうやら竜は真摯に心配している様だった。

 竜を隷属しているモノからの命を実行する気はさらさらなかったが、どうやら自分と同じ轍を踏みそうで思わず忠告していたし、本来連れてくるよう命令された輩とこの人間を交換しようと試みたのだが――――

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