第41話

 瑞貴が視線を周防へと向けて答えようと口を開こうとした刹那、大音量の軋んだ甲高い叫び声が空間に所狭しと響き渡る。

 誕生を主張する声の様でもあり、怨嗟を込めた断末魔の様でもあった。

 全員が思わず耳を押さえた時、あれ程濛々としていた砂埃が消えている。


 そこに現れたのは――――


「キモイ――!!! 何で球状になってるんだよ!!!! しかも全面に顔と体となんか内臓っぽいのがグルグルとか!!!!! 悪夢!!? 悪夢なのか!!!!?」


 人格崩壊気味に叫びながら後ろへ高速で後退していくのは竜堂だ。

 イケメンの顔面も崩壊しているのが見所だろうか。


「無いわー。アレは無いわー。いくらなんでもアレは無い」


 静かにドン引きしているのは風早。

 淡々とした声と表情から伝わるのは明確な拒絶だ。


「浮いているな。やはりロマンか!」


 神崎のキラキラとした瞳で呟いた声に、周防も鬼ケ原も逢坂も脱力しつつ突っ込んだ。

 本当にいつも通り過ぎて、思わず答えてしまった面子を頭痛が襲っていた。


「浮いているのは確かだが違うだろ」


 周防がこめかみを揉みながらため息と共に言えば、鬼ケ原も力強く肯く。


「アレがロマンだったら要らん。断固拒否する」


 逢坂もただただため息を吐く。

 頭痛が激しくなるのを感じながら。


「何故アレにロマンを感じるのか……相変わらず神崎は分からない」


 思わずほぼ全員が、瞬間的に拒絶反応が出るだろう気持ち悪さを誇る存在の出現だった。

 腐敗し汚染されている、汚物と排泄物を掛け算したと言わんばかりの臭いをまき散らしながら、宙に上いているのは蛇や蜥蜴の身体と人間の顔、内臓らしきモノが混在した球体。

 人間の顔は細長い割れた舌を絶え間なく動かしているのも嫌悪感を加速させていた。


「……あまり近づかない方が良いよ。それに早く何とかもした方が良いと思う。どうみても瘴気が酷い。吹き出していてこちらまで流れてきている。これ以上濃くなるとどんな影響が出るか分からない」


 聖羅は、怖気と吐き気を堪えながら皆に忠告する。


「無理をするな。一番影響が出るのはお前だろう」


 いつの間にか側に来ていた瑞貴の能力の効果範囲に入ったからだろう、どうにか呼吸が楽になった聖羅はホッと息を吐いてから、慌ててお礼を言う。


「ありがとう。本当に助かった」


 瑞貴は視線を一瞬向けて肯いてから、紫子へと話しかけた。


「抑えられるか?」


 紫子は何を当たり前な事をと、満面の笑みと共に肯いた。


「誰に仰っているとお思いですの。瑞貴さんはどうなさいます?」


 瑞貴は一つため息を吐いた後、周防をチラリと見てから、何のてらいも無く扉の向こうへと歩き出した。


 大半が現れた球体の気持ち悪さと眉を顰める臭いに辟易し、躊躇して動けいないのを尻目にしながら、瑞貴は視線を怖気を催す物体へと固定させて進む。


「……攻撃してきませんね」


 真宮が真顔で思わず呟く。


「停止しているわね。何もしないで。……周防先生、どうしてでしょう?」


 雪音が不思議そうに首を傾げながら周防へと声をかける。


「ああ、あれなー。花山院がなにかしてるって思っとけば問題無し」


 面倒そうに顎を摩りながらの周防の返答に、雪音は思わず苦笑がもれる。


「……音がしてきました。あの気持ちの悪い球体からです。……駆動音? それとも……あ、呼んでる。います!」


 杏が表情を厳しくして声を上げた。


「おい、丹羽! やるなら直ぐに頼む!!」


 周防が瑞貴へと声をかけるのを聴いて、芽依咲は呆れたような声を出す。


「周防先生ってー、なんだか何もしてない気がするんですけどー。いつも丹羽君がナニカしてる感じー」


 瑞貴は気にした風もなく小太刀をまた軽く一閃させているのを、周防は淡々と眺めながら苦笑していた。


「丹羽に任せるのが一番だしな。あいつを敵に突っ込ませるのが単純だが最適な戦法だと真剣に思ってる」


 麗奈は球体の居る部屋の方を見て瞳を瞬かせる。


「なんだか……扉から先の空間が切られているように見えるんですど……あの気持ち悪いのも跡形も無いとしか見えない……私、目がおかしくなったのかな……」


 いつもより困惑した様子がありありと見て取れるくらいには驚いていた麗奈だった。


「……何か消えたね……丹羽、どうやったの?」


 斧研は激しい眩暈を感じながら瑞貴を見る。


「普通に刀を振った。以上だ」


 瑞貴は少し眉を上げてから当たり前のように答えるのを聴き、全員が脱力する。

 彼は彼で相変わらず言葉が足りない。


「短い刀振っただけで何で空間が切れててあの球体が無くなってるのか訊いてるんですけど?」


 句読点なしに言い切った斧研に、瑞貴は不思議そうに首を傾げていた。


「難しくは――――」


 言葉の途中で瑞貴の姿が忽然と消えてしまい、残された全員は呆気にとられて動けない。

 皆が皆、焦燥感ばかりが湧いてくるのに体がまるで停止したようになっていた。

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