第16話

「ちょっと! 姫野さん!? どういうことよそれ!! 瑞貴も思うでしょ、おかしいって! 私の方が絶対に聖女っぽいんだから!!! って、瑞貴!? どこ見てるのよどこを! 私が話してるのによそ見とはいい度胸ね!! これは、アレよ、その……ててて、手、とか、手とかをね! つつつつつ、繋、繋い、繋いだりとか……」


 威勢のいい声がドンドンミュート化しながら顔は真っ赤に茹で上がっていくのを周囲の全員がため息と共に見つめる中、瑞貴は無表情に口にした。


「手を繋げばいいのか。繋いだ。もういいな」


 一瞬手を繋いだ事で見事な茹ダコになった美々をサクッと置き去りにして手を離した瞬間、色々限界だったらしい美々は激しい湯気を上げて意識を手放した。



 美々を慣れた作業の様に肩に背負った愛美は苦笑しながら周囲を見て促す。


「ごめんごめん。ほら、『塔の攻略競争について 入門編』にさっきより記述が増えてる。これって、『説明』のレベルを上げないと重要な事は何も分からないって事かな」


 周防もため息を吐きながら眉根を寄せる。


「(危険)とかいてあるところに所謂”スキル”と”職業”と思しきものが一緒に書いてあるのもなんで何だか……」


 聖羅が恐る恐るという感じで疑問を口にする。


「……あの、斧研先輩。どうやって土岐先輩の『ステータス』を見る事が出来たのでしょうか? 『説明』のレベルを上げても見えませんよね?」


 斧研は悪戯っぽく笑うと、口の前に人差し指をあてる。


「『塔の攻略競争について 入門編』と【職業】の所と、『説明』をジトっと見ると良いよ」


 逢坂がため息を零す。


「斧研先輩、ジトっというのはあまり良い表現ではない様な……」


 今まで静かに反応らしい反応をしなかった真宮は顔を強張らせて斧研を見る。


「……これは……」


 斧研は黙って肯き、表情が暗くなりながら簡潔に話す。


「皆見たよね。感想は?」


 神崎が忌々しそうに口を開く。


「最下位のチームにはペナルティーとは……悠長にしていて大丈夫か?」


 瑞貴が腕時計を見ながら答える。


「まだチュートリアル期間内だ。要はお試し中といったところか。正式に始まるのは約二時間後だな」


 慣れる様にたっぷり時間を取るなど随分丁寧だと思いながら、違和感を感じる。

 今までの嫌らしい仕様との差異が気にかかるのだ。



 だが……腕時計にしばし瑞貴の意識が持っていかれてしまった。

 独立時計師に依頼して製作してもらった二対の腕時計。

 片方は瑠那が持っている。

 瑞貴が彼女の誕生日に贈ったのだ。

 月と桜のモチーフが瑠那にとても似合っていた。

 俺の方の腕時計は――――


「ちょっと待った! まだ始まっていないのは書いてあったけど、始まる時間までは書いてないよ!!?」


 斧研が上げた声に、真宮が驚き珍しく大きめの声を出した。


「え!? こちらも待って下さい斧研先輩。まだ始まっていないという記載はありませんよ!」


 パチンと周防が手を叩き、喧騒はどうにか落ち着いた。


「あー、斧研、まずちゃんと詳しく説明。それから丹羽、補足があるなら次に。ってことでどうだ」


 教師らしくはないだらしのない薄汚れた白衣を何故かパタパタとしながらの周防の言葉に、斧研と瑞貴は顔を見合わせてから肯いた。


「ごめん。僕も言うのが怖い……否、まだ信じたくないっていう現実逃避してたみたいだ。ええとね、僕は職業が悪くなかったし、職業に付随して色々スキルも自動取得っぽいんだよ。スキルを無意識に使ってるのかもしれない。パッシブスキルなのかも。そこらへんは僕の『説明』のレベルでは分からない」


 斧研は空中に手を伸ばしながら、おそらく彼の目に見える『ステータス』での『説明』のある場所だろう所を見つめる。


「取得した『説明』の所、書いてあることが増えてるんだよ。小っさくだけど。で、それによると、レベルを上げるために必要な消費ポイント以下でも、ポイントを入れるとそのポイントに応じたスキルの能力的なモノが使えるらしい。でも有効かっていうと難しい。ポイントを入れてみてから分かったんだけど、レベルを上げたい時は改めて消費ポイントとして請求される分を入れないといけないから。つまり消費ポイントきっちり一度に全部入れないとスキルレベルは上がらない。消費ポイント以下をいくら入れてもスキルレベルは上がらないって事」


 いったん口を閉ざしてから、大きく息を吐いた斧研は苦笑しながら説明を続ける。


「『塔の攻略競争について 入門編』に、一階ごとに攻略最下位のチームにはペナルティーが科されるっていうのは見たでしょ……それから、チームの人数の”150人”」


 既に見知ってはいたけれど、改めて言葉になった時の衝撃は大きい。

 つまるところ、例え塔を全て攻略したとしてもだ、150人しかという事なのだろう。


「上限以上の人数がどうなるかの記載がない以上、最悪の想像をしておかないといけないと思う。残酷だけど、僕は生き残りたいし、信用できない人に自分の命は預けられない。だから……」


 そこで言葉を切る斧研の心情は皆分かってしまった。

 要するに信用できない者がポイントの割り振りで自滅してくれたら……

 という消極的な人数減らしを選択したのだ。



 最終的な上限が決まっている以上、どうしようもないこと。

 誰もがそう無理やりにでも納得させようとした時だ。



「まだチュートリアルという事で、どうやらゲームが始まる前まではポイントの割り振りのやり直しがきくようだが」


 淡々と感情を排した瑠那以外にはいつもの声で彼が告げた言葉に、周囲全員の肩が一瞬震えたのを観察しながら、さてどうしたものかと瑞貴は思考を静かに回していた。

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