巣立ち

 アイは小さめのリュックを背負い、城門が開くのを待っていた。

 振り返るとそこには、青空にぽつんと佇む高い塔。

 ずっと城だと思っていた。

 大勢の民を匿い生活していくには、城では足りず、城壁を伸ばして町にした。

 一人残った城主は、広すぎる城を厭い、ただ塔だけを残して他の部分を消してしまったそうだ。

 その塔を挟んで向こう側に、もうひとつの城門……町に行くための門が見えた。

「今ならまだ戻れるよ」

 隣に立つショウに言われ、アイは緩く首を振る。

「決めたもの。大丈夫」

 同じようにリュックを背負ったショウは、伺うようにアイを見つめていたが

「寂しくないって言ったら嘘になるけど。でも本当に、大丈夫よ」

 そう言って微笑む彼女を見て、頷いた。

「開けるよ」

「……うん」


 同級生たちは記憶の操作をされ、つつがなく授業参観は終わったものだと思っている。

 ダイスケは相変わらずケンタのフォローにまわっていたし、ケンタもオドオドするところは変わっていないらしい。

 だが2人は、全てのことを覚えている。

 時折、森の奥に足を踏み入れているようだと、城主が言っていた。


 ユウコは、記憶の操作を望んだ。

 町の真実や外のことを忘れ、今までと何も変わらない生活を求めた。

 アイがショウと共に外に出ることが決まり、記憶の処理が行われる前日、ユウコはアイにしがみつき、泣きながら責めた。

 どうして、と。自分を捨てるのか、と。

 今まで堪えていたものが、一気に溢れたようだった。

 子どもの頃ですら見たことがないくらいに泣きじゃくるユウコを、アイは優しく抱き返した。

「捨てるなんて言わないで。私の、新しい世界を知りたいって気持ちは、悪いことじゃないと思ってるよ。ユウちゃんやダイスケ、ケンタの選択も、もちろん間違ってない。同じではなかった、ただそれだけなんだよ」

 諭すように言われ、ユウコはますます泣いた。


 アイの両親も、ユウコと同じ記憶処理をされた。

 息子だけでなく娘までも失う悲しみに、母は耐えられず昼夜泣き叫んだという。

 その様子を不憫に思い、父が申し出た。

 今後、城下町で“アイ”という存在は無かったものとして扱われるのだ。


「まずは王都に行こう」

「オウト」

「王様がいるところ。もともと僕はそこにいたわけだし、君に見せたいものもあるし」

「……私の弟には、会える?」

「それは出来ないな。君の弟は別の世界に渡ったはずだから」

「そっか」

 外に小さく開かれた城門を、ショウが先に抜け出ていく。

 アイは一瞬戸惑ったが、きゅっと唇を結ぶと、彼の後に続いた。

 自分の後ろで、静かに城門が閉まったのがわかる。

 城壁に区切られていない空は青く、どこまでも広く。

 いつの間にか溢れていた涙を拭う風は、とても暖かかった。

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城壁之町 文月 @fumiduki15

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