第2話 チョコレットで餌付けしてみた

 馬車が出発して三日が経った。


 途中で何度か休憩も挟んでいるし、俺自身長期の依頼なんて慣れっこだから、これくらい疲れのうちに入らない。


 だけど……少女の方は、目に見えて疲弊していた。多分、こういう長距離移動には慣れていないんだろう。


 今彼女は、休憩時間を使って草原で念入りにストレッチをしていた。スカートのままストレッチをされると、目のやり場に困るが……。


「なあ、君」


「……何よ」


 ムスッとした顔を向けてくる。そんな顔をされる筋合いはないんだが……まあいい。


「疲れてるだろ。これを食べなさい」


「これ、て……ち、チョコレットじゃない!? レーゼン王国でも中々手に入らないのに……!」


「何、ちょっとした伝手で、買い貯めておいたんだ。なんならもっと食べるかい?」


 少女の前に、一口大のチョコレットを山のように取り出す。収納した物の時間をゆっくりにするマジックバッグの中に入れていたから、溶けてベトベトということはない。


「…………何が目的なのよ」


 そんな涎をダラダラ流しながら威嚇されてもな……。


「別に目的はない。長距離の旅は、慣れていないと精神的に参ってしまう。見たところ君は旅に慣れてないみたいだからな。見てられなかったんだ」


 俺の指摘に、少女はうぐっと声を飲んだ。図星か。


「……ありがと……いただきます」


「おう。沢山食っとけ」


 もぐ。


「──おいっっっっっっしぃ……! 美味しすぎるわ……!」


 さっきまでの疲れ顔は何処へやら。チョコレットを次々に頬張っていく。


 チョコレットを食べる少女の横に座り、俺もチョコレットを食べる。


 うんうん、口溶け滑らかで脳をピリピリと刺激する甘み……いつ食べても、チョコレットは格別だな。


「……レアナよ」


「ん?」


「……私の名前。レアナ・ラーテンよ。レアナって呼んでちょうだい」


 レアナか……いい名前じゃないか。


「分かった。よろしくな、レアナ」


「ええ。……所で、あんたの名前は──」


 っ……!


「伏せろ!」


「え? きゃっ!」


 レアナを押し倒すようにして頭を下げさせると、丁度そこを風の刃が通り過ぎ、近くの樹木を真っ二つに切り裂いた。


「あれは……風の中級魔法、《ウィンドカッター》……?」


 今の《ウィンドカッター》の魔力に当てられたのか、馬車を引いていた馬が一斉に暴れ出した。御者も何とか落ち着かせようとしているが、それでも落ち着かずに混乱している。


 魔法の発動者はまさか避けられるとは思ってなかったのか、木々の先から動揺している気配が伝わってくる。


 なら、こっちからも行かせてもらう……!


 懐に入れていたコンバットナイフを握ると、茂みに突っ込んで行った。


 中にいたのは三人。全員ボロボロの鎧と剣を装備しているから、恐らく騎士崩れだろう。


「は、速……!」


「遅い」


 唖然としている三人のうち二人の騎士崩れの喉を、躊躇なく斬り裂いた。【白虎】では最弱だった俺でも、まだ騎士崩れに遅れを取ることはない。


 残る一人は四肢の腱を断ち、更に内臓に膝蹴りを食らわせて悶えさせる。


 が──。


「《ウィンドカッター》……!」


 っ! 魔法……え?


 発動した《ウィンドカッター》は俺を狙うものではなく、自分自身の首を切り落とし、そのまま絶命した。


「……あくまで、依頼者の事を話さないように、か……忠誠心の表れか、恐怖心によるものか……」


 どちらにせよ、こうも迷わず自決されるとは思わなかった。


 これで、依頼者についての手掛かりは無くなったか……。


 風魔法、《ドライウィンド》を使い、身体中に浴びていた返り血を全て落とす。


「ふぅ……待たせたな、レアナ」


「ま、待ってなんかないわ。……それで、何があったの?」


「レーゼン王国の騎士崩れが三人いた。二人は殺したが、一人は自決してな。狙いはレアナだとは思うが、理由までは聞けなかった」


「騎士崩れ……?」


 ……どうやらレアナ自身にも身に覚えはないらしいな。


「とにかく、急いでここから離れよう。行くぞ」


「え、ええ。分かったわ」


 俺は周囲の警戒を怠らず、ようやく馬を落ち着けた御者の元に向かい、早急にこの場を出発した。


「…………」


 ……自分が狙われたことがショックだったのか、レアナは俺のローブをを掴んで離さない。まあ、理由不明で狙われれば、怖いよな……可哀想に。


 そのまま暫く馬車に揺られる。すると、レアナが「あ!」と声を上げた。


「どうした? 思い当たる節でもあったか?」


「違うわ。あんたに助けられたのに、お礼言ってないなって思って。改めてありがとう。助かったわ」


「そんなことか。気にしなくても良いのに」


「そういう訳にはいかないわ。……それにしても、あんた強いのね。びっくりしたわ」


 ……こうして真っ直ぐ強いって言われたの、どれくらいぶりだろうな。俺なんか【白虎】では愚鈍のジオウとして知られてたんだが……。


「……あ、そうだ。所であんた、名前は? 私も教えたんだから教えなさいよ」


「え? 名前?」


 ……これ、本名を言ってもいいんだろうか。


 ……まあ良いか。


「ジオウだ。ジオウ・シューゼン。ジオウって呼んでくれ」


「……ジオウ? ジオウって、あの【白虎】の?」


 やっぱり知られてたか……。


「ああ。今月限りで解雇されたがな」


「……【白虎】でも一番弱いって言われてたあんたがあんなに強いなんて……【白虎】って思ってた以上に化け物の集まりね」


「確かに」


 これには苦笑いを浮かべるしかない。


 正直、あいつらの強さは常軌を逸していた。どこでそんな差が開いたんだろうな……。


「それでそれで、ジオウって今フリーなの?」


「ああ。ギルドも辞めて、ボナト村で暮らそうと思っている」


「ならさ、ちょっとだけ私とパーティー組まない!?」


 ……パーティー?


「レアナは、依頼でボナト村に向かうのか?」


「ええ。最近、ボナト村の近くに巨大なウルフ型の魔物が巣を作ったらしいのよ。私の依頼は、その巣の破壊よ」


 巣を作るウルフ型の魔物……恐らくヴィレッジウルフだな。単体での強さはEランク。巣となると、Dランク相当の依頼になる。


「レアナのギルドランクは?」


「ふふふ、これでもCランクよ!」


 レアナの指に嵌っている、Cランクの証である銅の指輪を見る。なるほど、嘘ではないらしい。


 うーん……本当ならギルドの依頼をソロで受けた場合、他者の介入はご法度なんだが……まあ、俺は既にギルドを抜けた身だ。ルールなんてクソ喰らえってことで。


「……分かった。引き受けよう。ボナト村の住民にも名前と顔を売るチャンスだしな。報酬もいらない」


「本当!? いやー、流石元【白虎】! 気前がいいわね!」


「はいはい」


 ニコニコほくほくしているレアナに苦笑いを浮かべつつ、俺とレアナはパーティーの仮契約をした。

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