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「睡蓮は……知っていたわよね。天明様の事情。女官長ですもの」


 睡蓮が、わずかに顔を伏せる。


「はい。黙っていて、申し訳ありません」


「あ、責めているわけじゃないのよ」


 あまりに睡蓮の様子がしょげてしまったので、あわてて紅華は言った。



「私が貴妃になれば、いずれ知ることになったんでしょう?」


「そうです。天明様のことは、後宮においても一部の信頼できる者しか知らない極秘事項なのです。正式な式を挙げる時に宰相様からお話しすることになっていたんですが、天明様が先に勝手に紅華様にお会いしてしまいましたので……」


「私……天明様の話を聞いて、自分が恥ずかしかった」


「え?」


 きょとん、と睡蓮が紅華をみつめる。



「なぜです?」


「天明様って、軽くていい加減な人だと思っていた。私、表面しか見ないで天明様のこと勝手にそう決めつけていたんだわ」


『明日も生きていられるとは限らないだろう?』


 天明がそう言った時、なんて享楽的な生き方をしているのだろうと思った。そうではない。あれは、文字通りいつ死ぬかわからない天明の心の内だったのだ。



 自分はあの時何と言ったのだろう。知らなかったとは言え、天明を傷つけるようなことを言ってはいないだろうか。天明は、紅華よりもよほど必死に生きていたのに。


 自分の命を軽んじる天明を、だったら自分が守りたいと強く思った。誰かの事をそんな風に思うのは、初めての事だった。


(これって……同情なのかしら)



「紅華様がそんな風に感じることはありませんよ」


 穏やかに睡蓮が微笑む。


「天明様は一見陽気に見えますけど、とても深く物事を考えている方です」


「見かけからはとてもそうは思えなかったけどね。……とても、芯の強い方、なのだと思うわ」


「だから、紅華様が気に病む必要などないのです。天明様が見て欲しがっているその通りに、紅華様は天明様を見ておられました。それは紅華様の落ち度ではなく、天明様がそうさせたからですもの。それで、良いのだと思います」


「そう……かしら」


「はい」


 満足げにうなずく睡蓮に、紅華は苦笑する。



「まいったわ。睡蓮は、天明様のことをとてもよく理解しているのね。そういえば、睡蓮は晴明様と天明様の区別がついているのよね。いつから二人のこと、わかるようになったの?」


 紅華の言葉に、睡蓮は、きゅ、と唇をかみしめる。そして、覚悟をきめたように顔をあげた。


「実は、私は」


「……って言ってんだろ!」


 その時、切羽詰まったような声が聞こえて、二人は、は、と声のした方を振り向く。いつのまにか二人は庭の端まで歩いてきていた。その声は、天明が入ってはいけないと言われていた扉の向こうから聞こえてくる。みれば、扉が微かにあいていた。



「本当にそれでいいのかよ」


「だからって……!」


 言い争っている声は、天明と晴明のものだった。


「紅華様、そちらに行ってはなりません」


 扉に近づく紅華を、とまどったように睡蓮がとめる。


「天明様にも同じことを言われたわ。大丈夫、ちょっとのぞくだけ」


「でも」


「あれは、天明様と晴明様でしょう? ただ事ではなさそうだわ」


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