24,パンドラの欠片

「これは……?」

 どこか古ぼけたその表紙は触ると破れてしまいそうで悠人と遠目で見ていると、蒼はなんのためらもなくその本を手に取った。

「別に高価なものじゃない、うちの書庫にあったものだからな」

「いや、書庫にあったイコール高価ではないはかなりの極論っス」

 まったくだよ、どうしてそうなった。

 そんな俺と悠人の視線は知らぬふり、パラパラとページをめくっていくと、お目当ての場所を見つけたみたいでそのページをこちらの方へ見せてきた。

「あのアルカディアやマスケノが言っていた欠片の話だ、違うかもしれないが参考になるかと思ってな」

「欠片、っスか」

 その言葉に、俺も悠人も薄くなった文字の並ぶ本に目を向けた。

 書いてあるのはどうやらヒーローがヴィランとどう戦っていくかをまとめたもので、ヴィランの行動パターンや目的の一例が書かれていた。そんなのを悠人みたいなヴィラン関係者に見せていいのかと思ったけど、野暮な事を言うのはやめた。

 見てはいけないだろう部分は飛ばして確認をしていくと、ふと興味深い文に目が止まった。

 そこに書かれていたのは、ヴィランでもヒーローでもない、そもそも人なのかもわからない存在について。その能力は、すべてのレコードに加護を生み出すらしい。

 すべてのレコードを支配し、すべてのレコードを操る。

すべてのレコードを持つ人間に平等で、安心感を安寧を与える。

 そんな、まるで神様のような存在。

 どこか現実離れした説明の下、まるで見せつけるように太めの文字で書かれていたのは、そんな能力の呼び名で。


「パンドラの、欠片」


「ご主人、蒼、これはもしかして」

「あぁ、これがおそらくアルカディアの言っていた欠片だろう」

 すべてを支配する欠片、パンドラの欠片。なるほど、確かにそれなら話のつじつまが合うかもしれない。ヴィランでもテリトリーを広げるのにはそれ相応の実力や力が必要になる。それでも力や勢力を拡大するためには、この欠片がうってつけなのだろう。

「えっと、欠片のありかは……ん? 十四が重なる世界の裏側?」

 なんだそれ、言葉遊び?

「手書きで書いたようだし、別の事についてのメモ書きだろうというのが僕の家の見解だ」

「それはなおさらだめじゃないか?」

 気にした俺がバカみたいじゃないか、そういうのは先に言ってくれ。

「けどどちらにしても、その欠片が商店街にあるという事になるようだな」

「それなら、力づくで奪えばいいんじゃないか?」

「ご主人、それはヴィランもびっくりの強硬手段っス」

 じゃあどうしろっていうのだ。ヴィランなんだからなんでもありだろ。

「そんな力づくでできるかどうかは、そのものがある場所や環境によるっス。ましてやヴィランは確かに悪役だけどドロボウではないっスから……」

 俺からすればヴィランもドロボウも同じだけど、そんなストレートな事は言わなかった。

「しかし、このパンドラの欠片が本当に存在するならばこれはかなりまずいぞ」

「そうっスね……」

「まずい? なにが?」

 確かに存在はかなり特殊なのはわかったが、そこまで恐れる存在ではない気がするけど。

 二人の焦りがわからなくてそんな言葉を投げると、悠人からあのねご主人、とちょっとだけ呆れたそうな声が返ってきた。

「この欠片があるだけで所有するヴィランは世界を支配できるくらいに力をつける、それこそそんな事が起こっては今の世界が守っているバランスが崩れてしまうっス」

「悠人の言う通り、だからこそ僕達はパンドラの欠片を先に見つけ出し守らなきゃいけない」

 いつもとは違う二人に押されて、言葉が見つからなかった。俺はヴィランとかヒーローとかをさけて生きてきてしまったけど、この二人はそんな俺がさけてきた世界を生きてきた人間。今の状況の深刻さは、自分達が一番よく知っているのだろう。

「そこで、僕なりにアルカディアのここ数年の動きを調べてみた」

 蒼がそんな事を言いながら次に取り出したのは、太い紙の束。すごいよ、これを一日でまとめたのか。

「書いてあるのは力をつけ始めてからの事だ、だいたい期間は六年前から」

 蒼の言う通り、記載されているのは六年前の百合丘区をテリトリーにした頃から。その時にはすでに欠片を探していたのかやけに他の区にけんかを売っているような動きを見せていた。

「ラグナロクとは、全然違う」

 父さんみたいに街の事を考えたものではない、自己中心的な身勝手なもの。そんな、誰かを不幸にしてほしいものを手にするなんて間違っている。

「ご主人……」

「……悲しいけど、ヴィランはだいたいこういうのが多い」

 それは、わかっているけどさ。

 やるせない気持ちは俺の中でむくむくと大きくなっていき、そんな感情を捨てるためにもう一度紙の束へ目を通しているとふとある疑問がうかんだ。

「そういえばアルカディアは、欠片を手に入れてどうするんだろう」

 だって、そうじゃないか。

 アルカディアはその欠片を手に入れてなにをしたいのか、問題はその点だ。

「それについては、百合丘区のヒーロー仲間に話を聞いてきた」

「蒼、仲間いたんだな」

「失礼だと思っていないだろ?」

 てっきりいつも一人だと思っていたよ。

 不機嫌そうな顔をしながらも肩を落とすと、なにかを迷っているような顔をしながらもその、と話を続ける。

「あいつらの目的はおそらく――テロを起こして世界をめちゃくちゃにする事だ」

「テロって……」

 そんなまた、物騒な事を。

 最初は信じていなかった俺だったけど、その話をする蒼も話を聞く悠人も真剣な顔をするから、俺もつられて言葉を飲み込んだ。

「けどそんな、どうやって……」

「どうやってって、太一もレコードを持っているなら少し考えてわかるはずだ……レコードを支配して操るなんて、悪役の手に渡れば使用方法は一つだ」

「そんな事言われても、俺ヴィランじゃないし……あっ」

「ご主人も、あいつらの考えている事がわかった?」

 わかりたくなかったけど、わかった。

 

「あいつら、もしかして欠片を使ってレコード保持者を操るつもりか……!?」


 欠片を使ってテロなんて、それしか考えつかなかった。

 きっとあいつら、欠片の力を使ってレコードを動かし、多発的に事件を起こさせる。そんなの、本当にされたら大変な事になるの。

「特に太一のレコードみたいな攻撃型は、格好の的だろうな……」

 俺だけじゃない、悠人と蒼のレコードだって例外じゃないから。

「此守を守らなきゃ――アルカディアより先にパンドラの欠片を探さなきゃ!」

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