最終


 僕は、ずっと1人だった。天文に興味のない連中ばかりだから、1人でも良いと思っていた。夜空を観ているだけでドキドキ、ワクワク出来るから。

 でも、ある日気付いた。

 周りのみんなが友達を作って、グループに分かれて楽しくしている。毎日楽しく過ごしている——僕はそれが——羨ましかった。

 それに気づいた時にはもう遅く、僕は、仲間に入る方法がわからなくなっていた。

 だから余計に意地になってしまったんだ。

 友達なんかいらない——

 こんな感情いらない——

 それからは、誰から話しかけられても素っ気なく、自分からは何もしない。

 僕の心はゆがんで——悪化していった。

 雪臣ゆきおみが居なかったら——どうなっていただろう。

 僕は踏みとどまっていたんだ。捨て切れず——受け入れられず——時間だけが過ぎていった——

 このまま時間だけが過ぎてしまうのが不安だった。それが毎日不安で、押し潰されそうで、心に『モヤ』が——

「泣いて……いるの?」

 泣いている? ああ……そうみたいだ……

 乃万嶌が、また不安そうだ。

 ははは、どうしたんだろうな、僕は。

「感動しているんだと思う」

 感謝しているのは僕の方だよ、乃万嶌——

 ——————

 2時半を過ぎて僕達は帰り支度を始めた。

 皆既月食は終わり、月は満ちている——

 身体が重い。僕は伸びをしながら、

「んーーはあ、眠くなると思ったけど大丈夫だったなぁ。寒さも、そうでもなかった」

「うん! そうだね。ま、これだけ着込んでるし。でも、帰りの車で寝ちゃいそう」

「はは、そっか」

 満月の明かりで、夜空が晴れているのがよくわかる。雲も無い。

 心の『モヤ』も——もう、晴れている——

 ——明日からまた、同じ毎日が始まる——

 いや、そうだろうか? 何だか違った毎日になるような気がする。

 そう思うのは、答えが見つかったから?

 それとも夜中でテンションが高くなっているから?

 どちらでもいいか。

 とにかく、これからは僕も、少し生き急いでみようと思う。いや、

 たった今から、生き急いでみよう——

「あのさ、乃万嶌」

「んーなあに?」

 片付けながらで、こちらは見ていない。

「僕さ——」

「君のことが好きみたいだ——」

 乃万嶌の動きが止まった。やはりこちらは見ないまま、

「良かった——うれしい。私も仇川君の事、好き——です」

 〜〜〜やばい! 心臓が、心臓がバクバクしている。

 乃万嶌はこちらに振り返ったけれど、目線は下で泳いでいる。続けて、

「実は——さっきは言わなかったんだけど、私、まるで知らない土地の、誰も知らない中学に転校するのが、とても不安だったの。緊張で、気絶しそうだった——あの時仇川君が初めに声をかけてくれて、それがきっかけで皆んなが集まって来て……おかげで、すぐに仲良くなれた。嬉しかった——その時からずっと、仇川君を見てたんだ」

「ずっと——好き、でした」

 ————

 ——沈黙……まともに乃万嶌を見れない。何か、何か言わなきゃ……

「あ、ああ、そうだったんだ」

 うわっ、こんな事しか言えないのか、僕は——

 情けなく、あたふたしているところに、

 シュポッッ

 おお、お父さん、ナイスタイミング!

 乃万嶌も慌てているみたいで、なかなかダウンジャケットのポケットから携帯を出せないでいる。

「お父さん起きたかな? あ、起きたみたい。忙しいで片付けなきゃ」

「ああ、そうだな」

 片付けを終えて、僕達は見晴台からの階段を下りていく。

 乃万嶌には、僕の望遠鏡を持ってもらい、乃万嶌の望遠鏡を僕が持っている。かなり重い。これ、総重量30キロぐらいあるんだよな……よく持ってこれたな……

 公園入口の所に待機しているお父さんには見つからない様に、手前まで乃万嶌の望遠鏡を持って行き『じゃあ、また』と言って別れた。

 乃万嶌は『また、明日、あ、もう今日か……また連絡、します』と言っていた。

 何で所々で敬語になってるんだろう? って言うか、何の連絡だ? 考えるだけで緊張する。

 冷たい空気を顔に受けて、1人、長い坂道を下っている。まったく寒くない。暑いくらいだし、身体も軽い。

 さっき、見晴台を出てから別れるまで10分程だけれど、今まで、あまり会話をしていなかったのを取り戻すかの様に、いろいろな事を話した。

 衝撃だったのは、僕が中学1年の時にいじめにあってたらしい事(本人はまったく気付いていなかった)。

 取られたり、隠されていた物は、後から雪臣が取り返してくれていて、エスカレートする前にその主犯格を雪臣がボコボコにしたみたい……ケンカ、僕が原因だったとは……

 乃万嶌は『やっぱり知らなかったんだ!』と半分呆れていた。

 自分の殻にこもって、1人でも大丈夫なんて考えていたのに、たった1人の親友が、とんでもなく良い奴で、こんな僕を密かに思ってくれていた人もいた。

 こんなにも恵まれていたんだ——

 住宅に囲まれた長い坂道の途中、僕はもう一度公園の方に振り返り、壮大な天体ショーを終えたばかりの——煌々と照る満月を観た——

 それと同じ様に——

 僕の欠けていた心も満ちていた——

 

          おしまい

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月が満つるように 通常Ver FUJIHIROSHI @FUJIHIROSI

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