四章7 『忘れ物はいけません』

 ノゾム達がいる場所まであと少しだった。無論、実際に現実の空間にいるわけではない。彼女達はバトルフィールドにいるのであって、辿り着いたところで意味は無い。しかしそこに行けばどうにかなる、そう信じて僕と守は走り続ける。


「……なんだ、これは」

 守のプログラムデータを見せてもらった僕は、思わずそう呟いていた。

 さっきまで一進一退の戦いが繰り広げられていた広場は、今や大災害の様相を呈していた。大地は木々が持ち上がるほどに膨れ上がり、世界樹は極炎に包まれ、空は漆黒に染まり目に見えるほどの稲光を逆アーチ状に吊り下げている。


 世界樹を映し出す画面には、一人の少女が映っている。彼女は侍のような羽織を纏い、十二単のような着物をその中に着こんでいる。あり得ない組み合わせだが、少女は違和感なくそれらを着こなしている。

 彼女は巨大な竹を片手でりゅうりゅうと振り回し、激しくうねる強大な竜巻を巻き起こしていた。その竜巻は紫黒(しこく)の瘴気を纏い、ただの災害を凌駕した破壊を齎していた。瘴気に触れたものは瞬時に生気を失っていく。植物は枯れ、動物は心臓の動きを止め、建築物は瓦解する。全ては例外無く竜巻によって天へと帰される。


 だが世界樹は最後まで抵抗し、生命を燃やして抵抗したため、結果的に地獄の業火の餌食になってしまったのだった。

 瘴気は破壊するだけでなく、それを助長させる者を生き返らせた。火山だ。その死神の化身は大地を激しく揺らし、じわじわと溶岩を垂れ流したかと思った瞬間、天変地異を知らしめる凄まじい爆発が起こった。もうもうと噴煙が吹き上がり、植物を焼き払っていく。溶岩がそれ等を飲み込み、焼け炭となった残骸を竜巻が巻き上げる。


 上空から映された学校は、もはや原形を留めていなかった。特に校庭からは溶岩が流れ出し、火山弾を上空に向かって打ち出していた。私立百合之空女学院は死火山の上に建設されていたのだが、失ったはずの力を完全に取り戻してそれを存分に揮っていた。

 少女の顔がアップで映し出された。

「……ノゾム!?」

 彼女の顔はどこからどう見ても、僕の知っている夢月ノゾムだった。レアリティがNで、だけど誰よりも頑張り屋で明るい、武士少女だった。


 ノゾムは普段とは違う例の怪しい雰囲気を纏いつつも、しかし表情はゆったりと落ち着いており、正気を失っているようには見えなかった。

「チビ、もう前を向いて走りなさい。何が起きているのか想像するより、本人に問い詰めたほう早いはずよ」

「あ、ああ」

 後はあの角を曲がれば、もうそこが目的地だ。

 僕達は最後の力を振り絞ってスパートをかけようとした。


 その時、角の向こうから数人の不良グループが現れた。見るからにガラの悪そうな男達で、出来ればお近づきになりたくないような雰囲気がびんびんに漂っている。

 彼等は僕達を見つけると、にやにやとした笑みを張り付けて近づいてきた。

「お、可愛子ちゃんはっけーん!」

「でもよ、巫女服の方は明らかにJSじゃん?」

「あれー。デカイ方の女さ、どっかで見たことね?」

「あ! 愛だよ、愛。黒森愛!」

「ええ、マジかよ!?」

「ってことはさ、どっちもJCじゃんかよ」

「ブサイクなJKよか、よっぽどいいって! 俺、溜まっちゃってるんだよね」

「おいおい、そんなんでいいのかよ。さすがに引くぜー」

「でも有名人と巫女服の子とお楽しみできるなんて、滅多に無いぜ」

「やるか?」

「いいね、やっちまおうぜ!」


「お姉ちゃんたち超可愛いねー。ちょっとお兄さん達と遊んでいかない?」

 彼等は下品に笑い、僕達に迫ってくる。

 僕はすっかり怯んでしまって、動けなくなってしまった。女の子になってしまったからじゃない。元から僕は臆病者なのだ。自分より年下の女の子さえ守れない、情けない奴なのだ……。


 だけど守は僕を庇い、男共に啖呵を切った。

「アタシ達急いでるんですけど、道を開けてもらえませんか?」

「いーじゃん、ちょっとぐらいさー」

「君さー、黒森愛ちゃんでしょー。いつもテレビとかで忙しいんだし、たまにはお休みしないとさー」

「ぎゃははは! お休みって、何言っちゃってんの!?」

「あれっしょ、ラブるホテル?」

「ラブって火照る場所に決まってんだろ!」

「あ、アタシ達、そんな場所に行きません!」

「あのさー、君等自分達の立場分かってないんじゃない?」


 男の一人がそう言って、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出した。

「ひっ……」

 恐怖で悲鳴を上げる。さっきまで毅然とした態度で僕を庇ってくれていた守はすっかり怯えてしまい、へなへなとへたり込んでしまった。


「ひゃひゃひゃ、やりすぎだよ」

「何言ってんだよ、まだやってねえだろ?」

「ちげえねえや!」

 奴等はげらげらと声を上げて笑った。

 ……こんなこと、やってる場合じゃねーだろうが。ノゾムがこの先にいるんだ、このクソったれ共のお遊びに付き合ている暇はねえ!


 僕は臆病な自分を叱咤し、守の前に進み出て、クソったれ共にガンをくれてやった。

「テメェ等、僕達は急いでるんだ。漫才なら内輪だけでやってくれ」

 その途端、男共の空気が緩んだものからギスギスしたものに変わった。どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。

 ここはメインストリートから大きく外れた、廃ビルの集合地。人気も無く、彼等に襲われても誰も駆けつけてくれないだろう。だがそういう状況だからこそ、僕には都合がいい。


「ちょっとお嬢ちゃん? お口の利き方が鳴っていないようでちゅねー」

「ゆとりの俺等の方が礼儀正しくね?」

「お勉強が忙しくて、社会勉強ができなくなっちなったんじゃねーの?」

「ああ、ありえるな! ゆとり前の昭和アニメの言葉使いとか見れたもんじゃねーからな」

「つまりゆとり最強ってことか!」

「で、こいつ等どうするよ?」

「決まってんだろ」


 集団のリーダー格らしい男がニヤリと笑って、僕の肩に触れようとした。

「俺達が教育し直してやるんだ……」

 ヒュン!

 リーダーの耳のすぐ横を風切り音が鳴り、地面にテーブルナイフが突き刺さった。

「な、何だ!?」

 慌てて飛びのいたリーダーの眼前をさらに幾本のナイフが空を裂く。


「ひ、ひぃっ」

 情けなく尻餅をついたリーダーの前に、一人の女性が舞い降りた。

「愛様に指一本でも触れて見なさい。その瞬間にあなた様の指を跳ね、腕を切り、目を貫きましょう。死よりも恐ろしい恐怖、味わってみますか?」

 両手に十本近いナイフを携えた、ワイルド・メイド。そんな稀有な存在は、この世に一人しかいまい。


「遅いじゃないか、星夜」

 彼女は優雅な動作で首を傾け、頬を緩ませた。

「遅れて申し訳ありません。傘の調達に少々手間取ってしまいました」

 彼女は守に空色の傘を、僕にはどうやって差すのかも分からないような和傘を放ってきた。


「ずいぶんつまらない用事で遅刻したな……」

「すみません。このお詫びはケチャップライスで」

 星夜が再度向き直った時には、男共は傘を放り出して逃げ出していた。

「じょ、冗談じゃねえ! あんな怪物の相手なんかしてられっかよ!」

「ええー、メイドさんマジでイイ女だったのになー!」

「だったら口説いて来いよ! あんな年増、どこがいいって……ひっ!」


 男の一人はナイフの追撃で髪をバッサリ失っていた。

「まったく……。最近の学生は、口は禍の元という言葉を知らないのでしょうか?」

「さ、さぁな……」

 僕は冷や汗をかきつつ、若き男の禿頭に心の中で敬礼した。……強く生きろよ。


「何してるのチビ、早く行くわよ!」

 さっきまでへたりこんでいた守はいつの間にやら立ち直り、僕を急かした。

「ああ、分かったよ」

 僕は和傘を小脇に抱えて、彼女の後を追った。

「あ、あのさ、チビ……」

「何だ?」


 守はぼそぼそとした、聞き取りづらい声で言った。

「……ありがとう」

「え、何だよ?」

 彼女の小声は雨音にすっかり打ち消され、僕の耳元には届かなかった。

「だ、だから! 庇ってくれてありがとうって言ったの!!」

 顔を真っ赤にして、やけくそ気味に叫ぶ守。その朱に染まった横顔を見た瞬間、僕の胸が天まで跳ねてしまうのではないかというぐらい、激しく高鳴った。


「い、いいよお礼なんて……。僕だって、お前に助けてもらったんだし……」

 顔が火照っているのが自分でも分かった。羞恥心が胸の中で疼いているのに、いつものような反抗心は起きず、素直にお礼の言葉を口にしていた。

 守は一瞬きょとんとしていたが、すぐにおかしそうに笑った。

「……何だかチビって、私より女の子っぽい。っていうか、女々しい」

 僕は上手い返しも思いつかず、黙り込むしかなかった。


「さぁ、着いたわよ。ここが、ナルミ達が最後にいた場所」

 裏路地とメインストリートの境のような場所。表通りから死角になっており、さっきのようなクソったれがうろついていそうな雰囲気が漂っている。


「それで愛様、これからどうなさるのですか?」

 星夜に問われ、僕は困ってしまった。別段、何か考えがあってここまで来たわけでは無い。ただノゾム達がここにいると分かり、いてもたってもいられず駆けてきた、それだけなのだ。


 僕が次にすべきことを思案し始めた直後。守の持っていたプログラムデータが突如、目映い光を放ち始めた。

「な、何……!?」


 光の中から凄まじい強風が吹き荒れ、僕は腕で顔を覆う。髪と服が乱れてしまうのが気になるが、それに構っている余裕は無かった。

 風は僕と守を捕らえ、光の中に引きずり込もうとする。

「愛様……!」

 星夜が懸命に手を伸ばしてくるが、僕に届くことは無く。彼女は光の向こうに消えた。

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