初穂料はメロンパンひとつで。

梔子

初穂料はメロンパンひとつで。

菜月(なつき)……24歳、地元から都会へと急に異動になり、一人暮らし中。新しい環境にあまり馴染めずにいる。

ミケ……神様の使いとして神社に住んでいるキツネ。人間の姿に化けられる。


菜月「はぁ……やっとお昼。」


菜月「といっても、逃げてきちゃった……せっかく声掛けてもらったのに……」


菜月「ダメだなぁ………………まぁいいや。食べよっと。」


(菜月、バッグから菓子パンを出し食べ始める。)


菜月「(食べながらキツネ(ミケ)がいることに気付く)ん?……んん??」


菜月「あれってキツネ?……かわいい!


菜月「あっ、こっち見た。おいでおいで。」


菜月「来たぁ……!ん、これ?欲しいの?

(パンをちぎる。)はい、どうぞ。」


(ミケ幼女の姿になる。SE:魔法的な?)


菜月「うわっ!」

ミケ「んー!うまいのう。新感覚のあぶらあげか?」

菜月「化け……た……化け狐だぁ!」

ミケ「化け狐とはなんだ失礼な!我はこの神社に棲う神の使いじゃぞ!」

菜月「神社……?ここ神社だったの?」

ミケ「悉く失礼な娘じゃのう……そうじゃ。ここはこの街で1番古いと言われている稲荷神社なのじゃ。今はあまり働けていないがのう。」

菜月「へぇ……」

ミケ「それより!このあぶらあげは何なのじゃ?あまーくてさくさくしておって美味いのう……」

菜月「え、メロンパンだけど。」

ミケ「めろ、え?めろ……」

菜月「メロンパン。」

ミケ「あげではないのか?」

菜月「うん、パンだよ。」

ミケ「我としたことがなんという失態……供え物はあげでなければこんな姿にはならんというのに……」

菜月「あぶらあげ食べると人間になるの!?」

ミケ「そうじゃ……月が出たら戻るがの。」

菜月「へぇ、人間になった時は何をするの?」

ミケ「とりあえずは、あげを供えてくれた人間の悩みを解決させようと神の元で働くぞ。」

菜月「え、じゃあ、私のことも助けてくれるの?」

ミケ「ダメじゃダメじゃ。あれはあげではないからのう。」

菜月「でも目きらきらさせながら美味しいって食べてたじゃない。」

ミケ「うぅ……」

菜月「もし私の話聞いてくれるなら、またメロンパン持ってくるから。ね?」

ミケ「仕方ないのう……今回だけじゃぞ?」

菜月「ふふ」

ミケ「それで、お主の悩みは何じゃ?」

菜月「いざ聞いてもらえるとなると言いにくいなぁ……」

ミケ「恥ずかしがることはないぞ。今からお主が悩みをうちあける相手は神の右腕なのじゃからの。」

菜月「えっと……」

ミケ「うむ。」

菜月「友達が欲しいんだよね。」

ミケ「……ほう。」

菜月「何それって思ったでしょ。」

ミケ「いや、なんというかお主のような歳頃の娘の相談を受けると、大体こう……色恋やら金のことやら仕事でクソ上司がなんたらかんたらというような、スレた内容になりがちなのだが……」

菜月「うん。」

ミケ「何とも純粋な悩みで我も驚いているのじゃ。」

菜月「おかしいかな……?」

ミケ「いや、健全じゃと思うぞ。」

菜月「ありがと……私ね、まだこっちに来たばっかりなのね。だから、友達どころか知り合いもいないの。」

ミケ「だから寂しいと。」

菜月「うん、まぁ。そんな感じだからね、せめて職場で親しくなれるような人がいたらなって思うんだけど、私コミュ障だから、今日だって話しかけてもらったのに逃げてきちゃったんだよね……」

ミケ「それでここにいたのじゃな。」

菜月「うん……ダメだよねこんなんじゃ。」

ミケ「うーむ、ダメじゃの。」

菜月「あはは……そこははっきり言うんだ。」

ミケ「友達が欲しいと言っておるのにそれはダメじゃろ。」

菜月「そうなの。分かってるの。」

ミケ「ふむふむ、何となく見えてきたぞ……要するにお主は職場の者と仲良くなりたいということじゃな。」

菜月「そうだね。何とかなるかな……」

ミケ「我の手にかかればな!と言いたいところじゃがの……これはお主の心の問題じゃ。我が超常的な力を使ってどうにかすることもできなくはないが、ちょっと手伝うだけでも何とかなるならば我が余計な事をしない方が良い気がするのじゃ。」

菜月「つまり……?」

ミケ「お主が頑張れ!」

菜月「そんなぁ!」

ミケ「と、ほっぽるのも気の毒じゃからの。明日もう一つめろんぱんを持ってきたら、協力してやるぞ。」

菜月「んー、分かった。明日同じ時間に持ってこればいいの?」

ミケ「朝餉にしたいから辰の刻前に持って来るのじゃ。」

菜月「辰の刻?って……」

ミケ「ああ、朝の8時前じゃよ。」

菜月「早っ!」

ミケ「文句を言うでない。我は朝早くから忙しいのじゃ!お主が一人ぼっちで良いのなら話は別じゃがの〜。」

菜月「あーはいはい、分かりました!私仕事戻んなきゃいけないから、また明日ね!」

ミケ「頼んだぞ。」


菜月「面倒くさいやつに打ち明けちゃったかなぁ。だいたいちっちゃい子どもみたいな見た目だったし、神様じゃなくて神様の使いなだけだし、何でメロンパンあげる約束したんだろ……まぁ、いっか。」


(翌朝 SE:お好みで、鳥の声とか)


菜月「ふわぁぁ……キツネ、キツネーどこぉ?」


菜月「あっ居た。はい、これ。」


(ミケ、メロンパンを食べ菜月と同じ歳頃の娘の姿に変わる。SE:魔法的な?)


ミケ「(モゴモゴしながら)我をただのキツネのように呼ぶでない!」

菜月「あれ?昨日と姿違くない?」

ミケ「話を聞けぇ!」

菜月「だって、名前知らないし。気軽に呼べるような名前なんてあるの?」

ミケ「あ、それもそうじゃの。」

菜月「ほら、ないじゃん。」

ミケ「うーむ、ならばお主が付けてみよ。」

菜月「え?」

ミケ「人間が友を作る時は始めに互いの呼び名を決めるものじゃろ?友達作りの試練のひとつと思ってやってみよ。」

菜月「えー、じゃあ……ミケ。」

ミケ「み、け?」

菜月「御食津神(みけつかみ)から取ったの。」

ミケ「うっ……畏れ多い気もするが、悪い気はしないのう……小娘のやった事じゃ、神様も許してくれるじゃろう。」

菜月「猫みたいでかわいいしね。」

ミケ「我はお主の飼い猫ではないぞ。まあ良い……今日我がお主をこんな時間に呼び出したのはだな。少し練習に付き合ってやろうと考えたからなのじゃ。」

菜月「練習?」

ミケ「ああ、同じ歳頃の娘と自然に会話する練習じゃ。」

菜月「だからその姿なのね。」

ミケ「その通りじゃ。なかなか美しかろう?それじゃ早速始めるぞ。我がそこの角から歩いてくるから、さりげなーく話しかけてみるが良い。」

菜月「さりげなくって……なんて言えばいいの?」

ミケ「それくらい自分で考えろ!そうじゃな……試しに昼食に誘ってみるのじゃ。では行くぞ。」

菜月「う、うん。」


(ミケが歩いてくる。)


菜月「あっ、あ、あの……えと……やっぱりいいです……………」

ミケ「良くない良くない!声が小さ過ぎて話しかけられたかどうかも分からんわい!もう一度!」

菜月「うぅ、はい……」


(ミケが再び歩いてくる。)


菜月「あっ、あの!」

ミケ「ん、何じゃ?」

菜月「えと……今から、一緒に……ご飯!食べに行きませんか……」

ミケ「ううーむ……先程よりは幾分かマシじゃの。しかし、そんなオドオドしておっては相手が緊張してしまうぞ?もっと軽くやってみよ。」

菜月「う、うん。かるーく、かるーく……」


(ミケがまた歩いてくる。)


菜月「あの!」

ミケ「何?」

菜月「今から、一緒にご飯、行きませんか?」

ミケ「おうおう、良いぞ!やれば出来るではないか!」

菜月「できて、た?」

ミケ「うむうむ。今の話しかけ方なら相手も悪い気はせんじゃろう。おっと、そろそろ行かねばならない時間じゃな。」

菜月「あっ、本当だ!ミケ、ありがとう!会社行ってくる!」

ミケ「転ぶでないぞ。それと、昼に逃げてくるなよ。」

菜月「頑張る!」


ミケ「こりゃ、気の持ちようで簡単に叶いそうじゃの。」


(翌朝 SE:お好みで鳥の声とか)


菜月「昨日、同僚の子と二人でランチできたよ。」

ミケ「おお良かったのう。成果があったんじゃな。」

菜月「でも、あんまり話が弾まなかったような気がするんだよね……」

ミケ「ほほう。何故じゃ?」

菜月「うーん……その子が色々質問してくれたのに、私が緊張して上手く答えられてなかったかも。」

ミケ「何故緊張したのじゃ?」

菜月「えっ、だって……初めてだし。」

ミケ「そう緊張するシチュエーションでもなかろうに。」

菜月「そんなことないよ。変なこと言っちゃったらどうしようとか、自分が挙動不審になってないかとか気になっちゃうから……」

ミケ「お主は意識が内向きになり過ぎじゃ。誰もお主が気にしているほどお主のことなど気にしておらぬぞ。」

菜月「自意識過剰ってこと?」

ミケ「まあ、そうじゃのう。」

菜月「ひどい。」

ミケ「では、お主は一緒に食事をしている相手の瞬きの数や、食器を持ち替える手の動きや、ただ相槌を打った時の声色がすべて気になるのか?」

菜月「そんなに気にしないかも……」

ミケ「それならきっと相手も同じじゃ。見られてる、探られているという意識が行き過ぎているがために、お主はカチコチになっているのじゃ。相手のことに興味を持って開けた心で話し合えば、もっと良き時間を過ごせるじゃろう。」

菜月「相手に興味を持つ……か。」

ミケ「うむ。お主はおかしな緊張をしなければ会話のできる人間じゃ。その証拠に、得体の知れない我と普通に話しておるじゃろう?」

菜月「それもそうだね。なんかできる気がしてきた。」

ミケ「その意気じゃ。」

菜月「じゃあ、行ってくる!」

ミケ「気を抜いて行ってこい。」


ミケ「……ふぅ。もう大丈夫そうじゃの。来なくなる日も近そうじゃ……」


(翌朝 SE:お好みで鳥の声とか)


菜月「おはよう!はい、これ。」

ミケ「(モゴモゴしながら)それで昨日は上手くいったのか?」

菜月「うん!」

ミケ「うむうむ、良かったのう。それでまだ何か聞いて欲しいことがあるのか?」

菜月「え、今日はそれだけだけど。」

ミケ「ならば、何故めろんぱんを持ってきたのじゃ?」

菜月「え?うーん。なんか、ミケと話すのが普通になってきたから。」

ミケ「しかし、毎日会いに来る必要もなければ毎日供え物をする必要もないのじゃぞ?」

菜月「そうだけど、なんていうか、親しみが湧いてきたって言うか。友達みたいなものかなって……」

ミケ「なっ、我は神の使いじゃぞ!人間と友達になんて……」

菜月「やっぱダメかな?」

ミケ「いや……ダメというわけではないが……見返り無しの供え物など今までに受けたことがなくての……」

菜月「お近付きの印ってやつだよ。」

ミケ「そ、そうか…………明日からぱんは要らぬぞ。」

菜月「え?」

ミケ「友達、だからの……お主の声を聴けば姿を合わせてやることもできぬわけではない。」

菜月「えっ?お供え物なしでも人間になれるの?」

ミケ「初めから言うておろうが。『あぶらあげではければこんな姿にならない。』と。」

菜月「あっ……」

ミケ「あげがなくとも変わり身は可能なのじゃ……我が望めばの。」

菜月「なんか騙された気分なんだけどー」

ミケ「悪かったの。まあ、キツネだけに許してくれぬかの?」

菜月「もー、憎めない顔してるんだから……しょうがないなぁ。」

ミケ「へへ。」

菜月「これからもよろしく。」

ミケ「こちらこそなのじゃ。あーしかしな……」

菜月「何?」

ミケ「たまにはめろんぱんもほしいのじゃ。」

菜月「はいはい。そういえば、この近くにメロンパン専門店があるらしいから今度一緒に買いに行こ。」

ミケ「うむ!楽しみにしておるぞ!」

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