3-03

 無防備な状態のレナリアに、巨大な拳が振り下ろされる――が。


「――《水神の聖盾》! レナリアちゃんに、手は出させませんわっ!」

「あ……り、リーンさんっ……ご、ごめんなさい、私、どうかしてました……!?」


〝水の盾〟が、巨人の拳を中空で受け止め、その動きを止める。

 その間にレナリアが慌てて立ち上がる、と、ナクトは彼女に向けて声をかけた。


「レナリア――小指だ。もう一回、小指を狙って、思い切り打ち込んでやれ」

「えっ、な、ナクト師匠……でも、私の攻撃じゃ、全然……」

「そんなコトなかったぞ。脛への一撃も、効いてはいた。急所が人間と大差ないなら、への一撃は、良く効くはずだ。大丈夫だ――俺を、信じろ」


「! ナクト師匠を、信じる、なんて……そんなの、もちろんです!」


 改めてレナリアが構え直し、思い切り右後方へ、光剣を振りかぶった――その時。


「今度こそ、喰らいなさいッ――たああああああっ!」


 光の刃が、今までにない、強い光を放ち――レナリア自身はそれに気づかぬまま、巨人の小指を打ち付けた――!


『ウグッ。……ウ、ンンッ……ンンンンンンンッ!?』

「!? な、ナクト師匠っ……効きました! ナクト師匠の、言う通りでしたぁーっ!」


 足の小指を押さえて巨躯で転げまわる巨人に、ぴょんぴょんと嬉しそうに飛び跳ねるレナリア。確かに今の一撃は、とてつもなく痛そうだ、とナクトでさえ思う。

 だが――足の小指を打ち付けられて、(かなりの)怒りに打ち震える巨人は、立ち上がって遥か上方からレナリアを睨み下ろしていた。


 憤怒の形相で、青筋を立てた拳を、気付かぬまま喜ぶレナリアに振り下ろす――


「―――オイ、何のつもりだ?」

『………エッ』


 ――直前に、いつの間にか巨人の肩に乗っていたナクトが、低い声を発する。

 いつの間に、と巨人が狙いを変えるが、すぐに動けなくなった――ナクトに睨みつけられ、地の底を震わすような声が、風に乗って届いてゆき。


「俺の弟子に、文句があるなら―――俺に言え」

『……………』


 ぴたり、完全に動きを止めた巨人が、直立した……次の瞬間。


『サァッセェンッ! ッシタァァァァァ!』


 全力ダッシュで、北の果てへと駆け去っていく。とても、とても良い姿勢でした。

 いきなり地響きを立てて逃げ出した巨人の姿に、レナリアは驚いていたが。


「きゃっ!? あ、あわわっ、地面が揺れて……きゅ、急にどうしたのでしょう……?」

「――レナリアの一発が、よほど効いたんじゃないか? 俺から見ても痛そうだったし」

「あっ、ナクト師匠! いいえ、特別、痛がりな個体だったのでしょう……何しろレナリアは、まだまだ弱くて、未熟ですから。……でも、ちょっとだけ……えへへっ♪」


 謙遜しつつ喜びは隠せないレナリアに、ナクトは軽く失笑する。

 和やかな雰囲気、だが遊んでいる暇はない。一先ず城壁付近の巨人は撃退したが、離れた場所からは、巨大な影がまだ幾つも迫ってきているのだ。

 ほとんどの兵は、一先ずの退却に成功しているが――……いや、違う。


 たった一人だけ、城壁の外側に、残っている者がいた。


「……………」


 それは、頭から手足の先まで、分厚い漆黒の鎧で覆われた、重装の大柄な騎士。

 今も迫りくる巨人と相対し、何も言わず、立ち尽くしている。

 恐怖で身が竦んでいるのか――いいや、それも違う。


 重装の黒騎士は、両手持ちしていた大斧を振り上げ、そして。


「―――《剛地裂斬アース・ブレイク》」


 大地に叩き付けると――叩き付けた箇所から、地は真っ二つに裂けてしまった――!


『グ? ……グ、グオオオオオ!?』

『ウ、ウオオオオオオ……!?』


 地割れの起こった場所に、巨人達がその巨体を沈め、落ちてゆく。

 強烈な一撃を放った黒騎士、だが――その手中で、大斧が粉々に砕け散った。

 その光景を目の当たりにして、震える口を開いたのは、レナリア。


「あ、あの漆黒の重装……まさかあの方が、《剛地不動将》……?」

「ん? レナリア……あの騎士のコト、何か知っているのか?」

「は、はい。といっても、私も実際に見たのは、今日が初めてですけれど……」


 ―――《剛地不動将アース・ジェネラル》―――

 人類最前線の《城塞都市ガイア》にて、数か月前から参戦し始めた、謎の騎士。

 誰とも語らわず、誰にも近づかず、誰一人として寄せ付けず。


 ただ、魔物が襲撃してくると――戦場に立ち、それらを屠るのみ。

 他者とのかかわりを一切持たぬゆえ、どこから来たのかさえ、知る者はいない。


 分かっている事と言えば、最高峰の〝地〟属性の力を持つ事と――味方さえ恐れるほどの、最強と呼んで過言でない武力の持ち主である、という事実だけ。

 たとえ万の敵が相手だろうと、たった一人で戦い得る、恐るべき実力者。


 彼の者こそが〝万人敵ミリオン・テラー〟――人呼んで《剛地不動将》――!


「――と、呼ばれているのも異名で、本名さえ知る者はなく、経歴も一切不明……つまり、ほとんど分かっている事のない、謎の人物という話です。もちろん、素顔を見た者など、いるはずもなく……味方にすら、恐れられているそうでして」


 なるほど、確かに他の兵達と比べても、桁外れの力の持ち主だ。恐れられている、というのも事実らしく、怪我をしているのか動けない兵士達が、口々に何やら呟く。


「あ、あれは《剛地不動将》……相変わらず、とんでもねぇ力だな……あの大斧、《稀品クラス》のはずなのに、粉々に砕けちまったぜ……」

「くっ、アタイとしたことが……見てるだけで、ブルっちまうよ……!」

「味方で心底良かったぜ……もし敵に回ったら、なんて、想像したくもねぇな……」


 畏敬よりも、畏怖の方が勝っている辺り、レナリアやリーンの時とは雰囲気が違う。

 だからといって、巨人の群れを前にして、たった一人で立ち向かう訳にもいかないだろう。今しがた武器も壊してしまった黒騎士に、レナリアが語り掛ける……が。


「あ、あの、《剛地不動将》殿……と呼んで、良いのでしょうか……と、とにかく! 協力して戦いましょう。私達と一緒に――」


「……コチラ、寄ルナ」

「――へっ? あ、あの……?」


 兜の下から妙な反響をして、重低音に響く声に、レナリアは戸惑うが――黒騎士は、そのまま続けた。


「向コウ、行ケ……下ガッテ、イロ」

「!? な、何を言っているのです。まさか、一人で戦うつもりだと――」


 突き放している、とさえ思える黒騎士の言葉に、食い下がるレナリア。しかし黒騎士はそれ以上何も言わず、退却した兵士達が放り捨てて行った、一本の槍を拾い。


「《剛地擲アース・スロー》―――フンッ!」

『!? グアアアアッ……』


 遠投した槍で、更に巨人を一体、討ち果たす。

 確かに実力は本物だが、他者を省みぬ言動に、レナリアは少し頬を膨らませていた。


「きゃっ!、あ、あわわっ……危ないじゃないですか! 少しは周りを見て戦って――」


「……いや、さっきの〝寄るな〟〝下がってろ〟って言葉、こっちを心配して言ってたんじゃないか? 危ないから、って感じで」

「な、ナクト師匠!? いえ、いくら何でも、それでは言葉足らず過ぎますよっ」


「ああ、それはそうだな。……内気なのかな?」

「あの豪快な戦い方を見ても、内気扱いなのですー!?」


 ががーん、とショックを受けるレナリアだが、ナクトは至ってマイペース。

 ただ、レナリアの言った〝周りを見て〟という言葉に、ナクトは同意した。


「まあ、確かに気を付ける必要があるな。……レナリア、リーン! 城壁の外側に、怪我をして動けない兵士が、まだ大勢いる。救助して、下がらせてくれ!」

「えっ、あっ……ほ、本当です! でも……ナクト師匠は?」


 上目遣いで尋ねてくるレナリアに、ナクトは腕組しながら考える。


「そうだな……こっちの鎧の人も、どうやら逃げる気は無さそうだし」

「………ム?」


 思いがけず話の種となった黒騎士が、疑問らしき声を漏らしている間に。

 ナクトが出した結論とは。

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