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 結局、店主が「もう堪忍してください……」と泣き(申し訳ない)、〝レナリアの求める装備〟は手に入らなかった――が、それどころではない状況になっている。

 ナクトとレナリアが退店した直後、『城下町に《姫騎士》がいらっしゃった』という情報を元に現れた衛兵達に、囲まれたのだ。

 連行、というほどではない。〝人類の希望〟たる《姫騎士》の、出迎えという風情である。ただ、レナリア当人の顔は、その時からずっと青ざめており。


 夜を迎える頃、ナクト達は元々の目的地だった《光の聖城》へと入城する。暫く待たされてから通されたのは、絢爛豪華な女王の私室。

 そして、跪くレナリアの前で、華々しい座具に腰かけているのは――


「っ……お、お母様。レナリア、ただいま……帰還、いたしました」


 言葉通り、レナリアの母であり、《聖城クリスティア》を収める女王。

 その若々しい風貌から〝二児の母とは信じられぬ〟と囁かれるほどの美貌は、娘たるレナリアにも受け継がれているものだろう。

 けれど、その厳しい眼差しと声色は、レナリアとは似ても似つかない。はあ、とため息を吐いた女王は、入り口の扉を固める二人の女性近衛兵へと手をかざした。


「下がりなさい、貴女達。今から、《姫騎士》レナリアと、大切な話があるわ」

「……えっ? し、しかし女王様、姫様はともかく……そこの、マントの……怪しいマントの男も一緒だというのに、危険では……!」


 ナクトがこの場に同席する事を願い出たのは、レナリアだ。ナクトが一緒でなければ、城へは戻らない、とさえ言っていた。

 しかし〝怪しい〟という近衛兵の危惧は、なかなか失礼だとは思うが、否定できないのも確か――けれど女王は、厳格な眼差しに鋭さを含め、冷徹な声を放つ。


「危険、と言ったかしら? かつての《姫騎士》にして、光剣を振るい数多の魔物を討ち滅ぼし、当代の女王にまで昇りつめた――この私に、危険と?」

「……ひんっ!? い、いいえ、何でもありません! 失礼します~っ!?」


 女王に睨まれ、二人の近衛兵は泡を食って退室していく。

 こうして、女王の私室に残ったのは三人だけとなったが――女王はナクトの存在など気にも留めず、レナリアに向けて厳しい言葉を与えた。


「さて、レナリア――貴女は先ほど、帰還、などと嘯いたわね? 黙って勝手な行動をとって、申し訳ございませんでした……の、間違いではないかしら? しかも帰ってきてみれば、そんな怪しいマントの男まで連れて……貴女一体、どういうつもりなの?」


 その言葉は静かに、けれど明らかな怒気を孕んでいて、娘をますます委縮させる。

 それでもレナリアは、ナクトの事だけは弁解しようと、震え声で説明した。


「お、お待ちください、お母様! 彼は、私が兵士達に無理を言って、付き添って頂いたのですっ……彼は、私の未熟を、鍛えなおし……共に、戦ってくれるお方で……」

「レナリアの、未熟? はあ……つまり彼は、知っているのね。《光冠の姫騎士》が、〝偽りの希望〟だ、と。レナリア、貴女……それがどれだけ重大な秘密か、忘れたの?」


 母にして女王たる者の冷たい声に、レナリアは見て取れるほど身を竦ませている。

 だがレナリアは、それでも辛うじて、青ざめた顔を上げて言葉を紡ぐ。


「お、お母様……レナリアへのお叱りは、甘んじて受けます。罰があれば、逃げはしません。ですが、今は人類存亡の危機……《魔軍》と戦わねばならぬ時のはずです! どうか私に、レナリアに……旅立ちの許可を――」

「《魔軍》と、戦う? 何の冗談かしら。未熟で、《光神の姫冠》の力を、まるで引き出せない……〝偽りの希望〟である、あなたが?」

「うっ! そ、それは……そのっ……」


 人払いされたこの部屋には、ナクトとレナリア、そして女王の、三人しかいない。だからこそ、秘中の秘である〝偽りの希望〟の話も、大っぴらに口にできるのだろう。

 ただナクトだけは、〝世界〟を通して気付いていた――女王が、座具の側部に備えている長剣に、意識を向けている事に。話が終われば、ナクトを斬って捨てるつもりだ。


 一方、純真な性格のレナリアは、母がナクトへと放つ殺気には気付かず、震える声で食い下がっている。


「み、未熟なのは、誰よりも私が、理解しています……ですが、私は……一人では、ありません。かの《神々の死境》にて、私は……私の命を預けられる、偉大なる師匠に出会ったのですっ……ナクト師匠と共に……旅立ちたいのです!」

「……《神々の死境》、ですって? あの〝危険領域〟に許可なく赴いた事も、罪だけれど……師匠? そこのマントの彼の事を、言っているのかしら?」


 レナリアの発言を受けた女王は、ふっ、と鼻で笑う。


「レナリア、貴女……自分の立場を、理解しているのかしら? たとえ偽りとはいえ、貴女は人類の希望たる《姫騎士》なのよ? それが、命を預けるなんて、二人で旅に出るだなんて……それはもはや、生涯の誓いと同義だと、分からないかしら?」


 ちなみにナクトには、よく分かっていない――が、言葉を受けたレナリアは。


「い、いいえ、それは分かっていますっ……ナクト師匠さえ良ければ、そのっ……誓っても、一向に構いません! れ、レナリアは、この身を……捧げられます!」


(レナリア、そうか、なるほど……そこまでの覚悟で、俺と共に《魔軍》とやらと戦おうと。それなら俺も、全力で戦わないといけないな)


 女王&レナリアと、ナクトとの間に、見解の相違がある事に、両者は気づいていない。

 そもそもレナリアの決意を聞いた女王は、小娘の戯言とばかりに吐き捨てた。


「話にならないわね。レナリア、そんなものは、一時の気の迷いよ。そんなもののために、《姫騎士》たる貴女を――たとえ偽りだとて、〝人々の希望〟として創り上げた虚像を壊すなんて、馬鹿げているのよ」

「こ、壊しは、しませんっ。私は〝偽りの希望〟ではなく、〝真実の希望〟になるのですっ……この《光神の姫冠》の力を、引き出せるようになって……」


「駄目ね――今の貴女は、《光神の姫冠》の力を、全盛期の私の半分ほども引き出せていない。《魔軍》を倒すには、《姫騎士》だった頃の私以上にティアラを使いこなせねば、到底不可能よ。……それともレナリア、貴女は、この母を超えられるのかしら?」

「! そ、それは……私は、お母様を……超え、て……――っ!」


 そこで母たる女王に一際強く睨みつけられ、レナリアは身を竦ませ、言葉を封じられてしまう。そんな娘を見た女王は、


「……聞こえないわね。そんな有様で、《光神の姫冠》の力を引き出せるはずがないわ。偽りのまま《魔軍》と戦い無駄死にするより、偽りでも希望として、人々の士気を高められる方が、ずっとマシよ。分かったわね、レナリア、もう――」


 話は終わりだと、女王が会話を打ち切ろうとした――

 ――が、その前に。



「――そろそろ俺も、話していいか?」

「―――! な、ナクト師匠……?」

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