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「驚いているようですね」

 先生はメガネをかけ直しました。

「たとえば、マコトくんがいつも見ている船着き場の舟屋は、全部、京都の伊根町の港から、この島の湾の形に合うように再設計して、運んできて建て直したものです」

 窓の外の方を向いた先生は、横目でマコトくんをちらりと見ました。

「それから、通学路の坂道に広がる何軒もの屋敷も、鹿児島の出水の街から移してきました。この校舎も、長野にあった中学校を移して修繕したものです。学校の前の店も、違う目的で使われていた建物を、ここの街並みに合うように並べなおして使っています。マコトくんが住んでいるアヤネさんの家も、廃墟になっていた徳島の祖谷の古民家を、数軒組み合わせて建築したものです。さすがに大きな城や神社や寺などは、移すことが難しいので、ここには来ていませんが」


 ここで、先生は一息つきました。

「保護されているものは、他にもあります」

 マコトくんは、次の言葉を待ちました。

「ここに住む人々は、伝統工芸や産業の担い手だったり、各地の食文化の後継者だったり、音楽や芝居などの芸能の伝承者だったりと、それぞれに貴重な文化を守ってきた人々です。皆さん、ここに移り住んできていただき、ご自分の技術や文化を後に残していけるように、資金や人材などの環境が整えられています」

 言おうとしていることはなんとなく伝わってきました。

 竹工房のダイチさんも、陶芸職人のミナミさんも、鍛冶屋のアカボリさんも、皆が皆、思わず見入ってしまうくらいに綺麗な手つきやしぐさなのは、そのせいなのでしょう。

 アヤネさんのご飯やユイナさんのパンも、そう聞くと納得のいくおいしさです。

「この特区には、後世に残す遺産、財産となるものを集めてきました」

 ひと呼吸おいて、先生は続けました。


「マコトくんたち子供についても、同じことです」

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