第16話 飲み会

 店員に2階に案内されるともう半分くらいの席が埋まっていた。飲み会は以前ステージの打ち上げで使ったのと同じ居酒屋で行われることは知っていたが、席の場所も同じだった。


 入口に近い端っこの席に座っていると、後からきた優香が

「ちょっと、なにめぶそんなとこに座ってんの!こっちこっち!」と奥の方に呼んだ。


 結局、全員揃ってみれば、合コンと呼ぶには多すぎる20名ほどの男女が集まっていた。

 優香の乾杯の掛け声に私は一杯目に頼んだファジーネーブルを掲げて口をつける。すると前に座っていた男の人がビールを持ちながら笑いかけてきた。

「めぶちゃんだっけ?ファジーネーブルとかかわいい~」

 私は今まで男性にかわいいなどと言われたことがなく、一気に顔が赤くなってしまった。


 レイと名乗ったその男性は私のその様子をからかうように黒のワンピースが似合っているとか、イヤリングがキレイとかピアスは空けないの?などと次から次へと私に話かけ、私が恥ずかしがるのを楽しんでいるようだった。

 私の隣に座っているサキという女の子は、そのイヤリングはどこの?とかチークはどこの?などと聞きながら褒めてくれた。


 またレイの隣に座っている女の子は今どき珍しいゴテゴテのネイルで金髪のザ・ギャルという感じだったがあまり喋りはせず、たまに電話に立ったりスマホをいじったりしていた。私がトイレに立った時、ちょうど電話から戻ってきたサキと鉢合わせた。サキが突然「楽しい?」と聞いてきて焦ったが、「うん。」と答えると、「よかった。」と言って笑った。あまりにも派手な場所で最初は躊躇していたが、みんながとても優しくしてくれて来てよかったと思った。



 私が3杯目にカルピスサワーを頼んだ時、レイが「リョウ!」と向こうに座っていた男の人を呼んだ。レイがサッカー部だと言っていたので、きっとその人もそうなのだろうが、その人はそう言われなくてもそうと分かるような髪型やファッションをしていた。


 リョウと呼ばれた人がジョッキを持って電話に立ったギャルの席に座ると、それに気づいた優香が少し離れたテーブルからこちらに叫んだ。


「めぶ!そのリョウが、めぶのこと気になるって言ってた人!」


 おい、優香、先に言うなよ!と横を向いて言った後にその人はこっちを見た。

「リョウです!もう言われちゃったんで先に言うと、大学で歩いてるの見てかわいいなと思って、で、優香と同じ学部の棟に入っていったんで、優香に聞いてみたってわけです!よろしく!」


 リョウの口調がやはり今まで話したことのないような類の人だと感じ緊張したが、男性から好意を寄せられたのが純粋にうれしかった。


 しかし、ビールを一口飲んだリョウは私の顔をじっと見つめてなにやら考えこむような顔をして聞いてきた。

「あれ、名前って、めぶ、だよね?」

「え?はい、めぶこ、ですけど、みんなからはめぶって…」

「わかったあー!デブのめぶじゃん!」


 私の言葉を遮ってリョウの言った言葉に私は硬直した。そんな私の様子などお構いなしに、リョウはレイに話しだした。


「ほら!お前言ってたじゃん!お前のバイト先のセブンにいっつもすごい量買い込むデブがくるって!で、前に男と来た時にめぶって呼ばれてたって大学で話したときに、ちょうど本物が通りかかって。で、まじでデブでさ、俺面白くって、俺がデブのめぶって名付けて一時期俺らの間でブームだったじゃん!」

「やば!全然わからんかった!!」


 聞くうちにレイもそれを思い出したらしく、2人で笑い転げだした。


「ちょっと、2人とも」私の隣に座っているサキが2人をたしなめる。


「いや、でも今はめっちゃかわいいと思ってるから!」

「そうそう!あ、でも顔みたらデブのときの面影が…!」

 2人は再び笑いだしたが、私は目の前の光景が受け入れられなくて、サキが私のことを気遣ってくれていることが嬉しいなあなどと考えるようにしながら、

「あはは、そうだよね。私前太ってたから…。」と笑っていた。


 笑っていないとだめだった。


 2人の笑い声以外の音が私の耳の中でどんどん大きくなる。隣の席の話し声、グラスの合わさる音、注文を繰り返す声がぐわんぐわんとする中で声が響き渡った。


「飲みすぎ!」


 声のした先を見ると、ギャルが両手にジョッキを持ってそこに立っていた。


「これ1杯ずつ飲むまでなんも喋んな!」

 2人は赤ら顔で「はーい!」と片手を挙げ、そのまま水の入っているらしいそのジョッキを受け取った。

 ギャルはその様子を見ると私の方に顔を向けた。


「めぶはあっちの机で呼ばれとったで!」

 あ、うん!と私が固い笑顔を作って席を立ち、ギャルの横を通ろうとするとギャルが、私の耳に口を近づけ本当は水ぶっかけてもよかったんやけどな、と言った。その言葉に、いきなり冷や水を頭からかけられた2人を想像して笑ってしまった。なんだか胸がすっとしてありがとうというと、ギャルは少し笑ってまたスマホをいじっていた。

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