第33日-5 行方

 バルト病院の前に着くと、すでにグレンが待っていた。捕まえたのは俺だが、傷害事件はバルト地区で起こったため、カミロの警備はバルト署が行っているのだ。

 三人で、カミロの病室へ。

 そこで腹心の部下さんにオーラスの身に起こったことを話すと、子どもを平然と実験体に使うような冷血なカミロもさすがに憤りをあらわにした。


「あの女、今までの恩を仇で返しやがって!」


 苛立ち紛れに、拳を布団の上に振り下ろす。この男に会ったのは三日前。ワットに刺された傷は深く、完治にはそれなりの時間を要するとの話だが、それでも日が経つにつれてだいぶ良くなってきたらしい。食事ももりもりと食べて元気だとのことだ。

 お陰で話すのに気を遣わなくて良い。


「それでさぁ、バルマの居場所、知ってたら教えて欲しいんだけど」

「さあな。俺が奴と対面したのは、光学研だけだった」


 カミロは、強面も含む刑事たちに囲まれてもちっとも臆した様子のない。相変わらず憎たらしくなるふてぶてしさで鼻を鳴らした。


「ん? サルブレアにも行ったんだろ?」

「行ったが。そっちは取次役が居たんだよ。イアン・エバンズという男だ。表向きは光学研に務めている」

「ああ……そっか」


 またあいつか。光学研にガサ入れしたときのことが思い出される。あのとき怪しいと気付いていたらなー、マークして置いたんだが。

 あいつの行方については、ミツルくんが任せろと言っていた。まさか何もしていないなんてことはないだろう。そっちでロッシに行き着けば万々歳ってところかね。

 しかしこいつ、俺たちがエバンズのことを認識しているとは知らないだろうに、ずいぶんとあっさり仲間を売るんだな。ロッシのことは気に食わないみたいだが……。


「なんだよ」


 俺は一体どんな表情をしていたんでしょう。カミロがこっちを見て顔を顰める。


「いいや、なんでも。ずいぶんとあっさり情報を渡してくれるもんだからさ」


 カミロは俺から視線を逸らし、舌打ちをした。俺はお前を敬う気はないよ、と前にも伝えてあったけれどもさ。カミロのほうも、こっちに本性を隠す気はさらさらないようだ。まあ、変に取り繕われるよりは良いけどね。


「それじゃあついでに、バルマの居そうなところを教えてくれると有り難いんだけれども」


 俺がさっきからロッシのことを偽名のほうで呼んでいることに気付いたらしい。カミロは不思議そうな顔をしていたが、顎に手を当てて考えるそぶりをする。


「光学研、サルブレア。それ以外に俺たちが管理している施設であいつが通うのは、ディタ区にあるモア・フリーエっていう実験施設だが――」

「あ、知らない? あそこ、一昨日崩壊したんだけど」


 と教えてあげたら、あんぐりとカミロは口を開けた。さわりくらいはニュースになっていたはずなんだけれどな。テレビ、あるのに見ていなかったのか。


「バルマが壊したらしいよ」

「あのアマ……っ! あの施設にどれだけ金掛けたと……」


 歯を食いしばり、前髪を手でくしゃくしゃにしながら首を振る。隣でモーリスとグレンもドン引いている。こうしてみんなの反応を見ていると、ロッシが如何に豪胆で形振り構わない女かがよく分かるな。そういう意味では、オーラスのほうがまだ行動が常識的だった。

 ちなみに、中の従業員のほぼ全員が犠牲になったこと、ついでに情報のリークもあったことを告げると、さすがのカミロも苦々しい表情になった。カミロも、ひょっとするとオーラスも、ロッシの異常性については把握していなかったのかもしれない。

 少しだけ時間を掛けてショックから立ち直ったカミロは、ふぅ、と息を吐く。


「オーラスの施設で、あの女が使っていたのは、その三つだ。どうやら何処も可能性がなさそうだがな」


 唇をめくるような人を馬鹿にした笑いかたをするので、一瞬イラッとして掴みかかってやろうかと思ったが。


「あとこれは、俺は関わりのないことだが」


 付け加えられたので、動きを止める。


「ディタ区に、バルマの家を用意したらしい。戸籍にあるものとはまた別の、隠れ家だ。エバンズは知っていたと思うが」

「……それが聞ければ十分よ」


 浮かした腰を下ろし、クールダウンのためにこっそりと深くゆっくり息を吐く。なるほど、すべての鍵はエバンズさんが握っているわけね。これはミツルくんに連絡しておきましょうか。


 さて、俺が聴きたいことはこれで全部、ということで、待ち兼ねていたモーリスに後を譲る。病室を出てフリースペースに行きミツルくんに連絡を入れると、同じく部屋から出てきたらしいグレンが近寄ってきた。


「あれ? 立ち会わなくていいの?」

「ああ。……モーリス、嫌そうだったし」


 なんとなく気まずそうな苦笑い。


「俺のときはお構いなしだったじゃん」

「O監に好き勝手されるのは気に入らないんだって、お前も元警察なら知ってんだろ」


 そういうことか、と納得。俺も以前O監の仕事に協力したときは、手伝いの名目で監視させられてたっけな。

 さてまあ、ついでだから訊いてみましょうか。


「ワット少年はどうよ」

「ようやく素直になってきたな。いろいろ話してくれるようになった」


 グレンが聞いたところによると、ワットの父親とカミロはもともと知り合いだったらしい。あまり仲は良くなかったそうだが、だからこそ親に反発していたワットとは縁ができた。っていうか、カミロがワットに近づいたんだろうな。そこそこ財力がある、虎の威を借りている悪ガキには、さらに威を借りたい悪ガキがついてくるから。そういう奴を使って、オーパーツの実験台を探していたのかもしれない。

 結果、捕まったのがアスタたちのような比較的真面目な奴らだった。


「食いっぱぐれていたところを、グループの子どもに救われたそうだ」


 年下の子どもに面倒を見てもらって、いい気になっていたらしい。しかし、そのグループの中には、アスタやメイのような子たちが居た。衝突したこともあり、主導権を握れないのが面白くなくて、逃げ出した。


「情けねぇなぁ」


 他人に何かして貰わないと満足できないとか、とんだ甘えたちゃんだ。

 そして、ペッシェからレッヘンに行ったことで、満足させてくれるオトモダチを見つけて、俺と出会ったあの夜に至るというわけか。


「ろくでもないな」

「なにも子どもだけの責任ってわけでもないだろ」


 そうだな。親と本当にいろいろあったのかもしれない。だけど、アスタたちを巻き込んで殺すのも良しとしたっていう点で、俺はあんまりあいつを赦す気にはなれない。


「親が釈放を願い出ているが……さすがに余罪が多すぎだ。前のようにはいかないだろ」

「ならいいや」


 アスタたちに危害が及ぶこともなさそうだな。それなら後は司法の手に委ねます。

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