第33日-4 オーラス逮捕未遂劇の背景

 さて、マーティアス・ロッシの行方だな。

 独自に当たってみるというリュウライと別れて、俺は俺で動くことになって。さて、とりあえずバルトのほうにでも行ってみようかとオーパーツ監理局局内の一階ロビーに出たときだった。


「あーららー」


 受付に、ものすごい形相で立つ黒くて背の高いお兄さんがいる。

 受付の姉ちゃんを威圧していたモーリスは、こちらに気付くと、ずかずかと音のしそうな勢いでセキュリティゲートを抜けた俺の前に迫ってきた。


「おい、グラハム!」

「はいはーい」


 胸倉を掴まれるような気がして、腕でガードしながら答える。


「はいはい、じゃない! オーラスが消えたと聞いたが、どういうことだ!」


 やっぱりそのことか。耳が早いな。さすがの俺も連絡する余裕なんてなかったから、誰かが手続き的に警察へ連絡を入れてくれたんだろう。もしかしたらミツルくんかもしれない。


「吼えんなよ。声でかいって」


 ようやく冷静になるモーリス。ここが局内で良かったぜ。一般人に知れたらもう、大騒ぎだからな。この街の創設者が居なくなったなんて、何の準備もなしに流したらパニックになりかねない。


「飯時だし、外で話そうぜ。消化に悪い話だけどな」


 そこでふと思いついて、車もあればありがたいんだけど、なんて言ったら、今にも噛みついてきそうな凶悪な形相になった。が、最終的に受け入れてくれた。


 駆け足でキッチンカーの立ち並ぶ広場に行き、ハンバーガーを四つとコーヒーを二つ買う。空気はもう肌から染み込むような冷たさ。いよいよ冬が訪れるってわけだ。

 ほかほかと温かい紙袋を抱えて足早で通りに出る。広場に向けて膨らむように造られたロータリーに横付けされた黒いセダンに乗る。


「まったく、車くらい使えないのか」


 清潔な黒いシートに座った途端に、モーリスから文句が飛んだ。


「俺、電車派なの」


〈輝石の家〉に行くときは公用車借りたけどね。車を運転することにさほど興味を持てなくて、基本的に電車やバスばかり。

 オーラスはあれほどダーニッシュのことを嫌っていたが、自動車なんていらないと思えるほど、ダーニッシュの交通機関はこの街に根付いている。俺にしてみれば、有り難い限りだ。


「俺を脚に使っておいてよく言う。……行き先は?」

「バルト病院。そこなら俺も用事が済むし、お前も多少は赦してくれるだろ」


 理由は分からんが意図は分かった、という顔でモーリスは頷く。こういうときぐだぐだと言わないから、助かるぜ。

 ハンバーガーに手を伸ばす前にグレンに電話を入れた。お願いをして電話を切るとようやくハンバーガーを取り出して、開封済みのそれをモーリスに手渡してやる。


「本題だ」


 片手でハンバーガーを受け取ったモーリスが催促する。


「どうもこうもないぜ。先日伝えたとおりに、今朝オーラスの確保に乗り出した。そうしたら、オーラスにオーパーツを使われて……あの爺さん、そのまま姿を消しちまった」

「逃げられたということか?」

「可能性としてはないこともないが、うちの女神さまによれば、オーラスは時空の穴に落っこちたのかもしれないんだと」

「なんだそれは」


 彫りの深いモーリスの顔の皺が深くなる。まあ、これだけ聴いて納得できるはずもないよな。


「難しいことは、後々キアーラに聞いてよ。取り次ぐから。とにかく、行方不明になって、もう二度と帰ってこないだろうってこと」


 大きな口でハンバーガー一個を腹に収めたモーリスは、片手で包装紙をくしゃくしゃに丸めながら、うーむ、と唸り、自動車を発進させる。それだけでかい身体をして、ハンバーガー一個で足りるのかと驚きです。


「今朝、お前たちが捕まえたオーラスの護衛だが」


 ハマー丘陵公園でおさんぽしていたときのオーラスは、当初護衛を二人引き連れていた。が、憩いの時を邪魔されたくなかったんだろう、護衛は公園の入口に待機していた。そこを密かにリュウライたちが取り押さえた。だから今朝俺はオーラスに簡単に近寄れたっていうわけ。

 で、その護衛さんたちは、公園を取り囲んでいた警備課の連中に身ぐるみ剥がされて、モーリスのところへと送られたと聞いている。


「さっき話を聞いてきた。お前たちに取り囲まれて詳細は分からなかったらしいが、同じようなことを言っていた。『あれは時間停止と空間凝縮の作用があるだけだって聞いてたのに』と」

「ふーん。あの爺さん、護衛にオーパーツの機能を伝えてたんだ」


 自己本位さを発揮して、もったいぶって隠しているかと思ってた。


「護衛をするうえで重要だからだろう。対象がどのような動きをするかわからんと、対処のしようがないからな」


 因みに、彼らもオーパーツを持っていたらしい。〈スタンダード〉だったらしいけど。オーラスが悪事を行っていて、自分たちもその恩恵を受けていたっていう真っ黒さんだったってわけだ。


「……呆れた話だ。逮捕した護衛、元警察官だった」


 ステアリングをゆっくりと回しながら、モーリスは苦虫を噛み潰したような表情で呟く。

 しかも一人はモーリスの先輩――経済犯罪専門の捜査官だったということだ。オーラスがモーリスたちの手をことごとく掻い潜ることができたのも、そいつがモーリスのチームのやり方を漏らしていたからだということらしい。モーリスたちはかつての仲間の裏切りに遭い続けていたっていうわけだ。


「お前たちの協力のお陰で、ようやくオーラスを追い詰めることができたというのに……ずいぶんとお粗末な結果だな」

「それは本当に申し訳ない」


 素直に頭を下げる。モーリスたちには悲願だっただろう。俺たちだってなんとしても捕まえたかった。こんな結果になっちまって、虚しいったらありゃしない。


「それで? バルト病院にはなにがある」

「オーラス腹心の部下」


 そう言えば、得心した、とばかりにすぐに頷いた。


「ゴンサロ・カミロか。ようやくこちらに引き渡してくれるってわけだ」

「それは俺の所為じゃないよ」


 モーリスがカミロに会えなかったのは、怪我で入院しているからだ。なにせ犯罪者だから面会はほとんど謝絶。俺の場合は捕まえたから特別に許されただけで。

 俺と一緒だから、今回モーリスはカミロに会えるってわけだ。


「お詫びの品にゃ申し分ないだろ」


 オーラス逮捕の手がかりとして、モーリスはカミロの面会を切望していたのを知っている。色々あってできなかったのは、申し訳なかったな。


「ついででなければ、誠意を感じて気持ちよく受け取れたんだが」


 返しはまあまあ辛辣。まあ、警察とO監の関係性を考えると、嫌味の一つくらい言いたくなるかもな。


「それで、お前はいったいどんな用事だ?」

「いなくなっちまった女の居場所を訊きに」

「はぁ?」


 モーリスの片眉が吊り上がる。どうせ俺が寝惚けたことを言っているとでも思ったんだろう。


「光学研の所長だよ」

「……確か、オーパーツの研究をしているという話だったか」

「そ。その女が、オーラスを消した可能性があってね」


 話していいものか微妙だったが、モーリスには敢えて打ち明ける。オーラスの行方に関しては、オーパーツ監理局おれたちの仕事だっていうことを印象づける意味合いもあった。ここで中途半端にオーラス財団に関わられたらマズいからな。オーパーツを持つ人間に接触したときのことを考えると、牽制も必要だろう。


「……解った。そちらはお前に任せる」


 沈んだ声。せっかくカミロに会えるというのに、俺に捜査を止められて、本当は癪に障るはずだ。だが、モーリスは俺の気持ちを理解してくれたらしい。協力的で非常に助かる。

 今回はモーリスにいろいろ助けてもらった。早いところきっちりと片付けて、お裾分けをしてやらないとな。

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