第4日  〝未知〟のオーパーツ

「どう、調子は」


 息抜きがてらアーシュラたちの研究室を訪ねてみると、縦長の狭い研究室の中には、難しい顔のキアーラだけが居た。アーシュラは、ワット少年のナックルダスターを調べに別の部屋へ行っているのだという。


「捗っていないわよ」


 短く、キアーラ。うん、なんかすごいインパクトのある報告だ。まあ、思うようにいっていないってことなんだろうけれど。キアーラの眉間に深い皺が刻まれてるし、二人の家に行ったときもそんな話していたから、予想はしていた。


「いろいろ漁ってみたけど、やっぱり見つからない。記録上では、結晶なしのオーパーツなんて存在しないわ」


 あったらとっくに話題になっているだろうし。一方で、何故今更そんなものが見つかったのかという疑問はあるが。この点はすごーく引っ掛かるんだよなぁ。


「それで、O監の事件記録も調べてみたのだけれど」

「事件記録?」

「一般閲覧が禁止されている中に埋もれているかもしれなかったから」


 なるほど。新しいタイプのオーパーツなんていったら、研究者はこぞって集って解析に努めると思っていたから、その発想はなかった。


「結果は?」

「怪しいものがいくつか。その中でちょっと気になるものが一件」


 キアーラがキーボードを叩き始める。その事件記録とやらを引っ張り出してくれてるんだろう。

 ちょっと苛立たしげな、強めのカタカタ音が止まる頃、研究室の扉が開かれた。顔を出したのは、アーシュラだ。


「キアーラ、研究に使っているオープライトで、余っているものはない?」


 キアーラは椅子を回転させてじっとアーシュラを見返した。


「あまり余剰はないけれど。何故?」

「少しこのオーパーツが動くかどうかを試してみたくて」


 アーシュラがナックルダスターを掲げて見せると、キアーラは怪訝そうな表情を浮かべた。オープライトなしで動くオーパーツなのにオープライトを使いたいというのだから、奇妙に思ったんだろう。


「この前見つかった、この腹の部分についてなのだけれど、昨日使ってみたらね――」

「使ったの」


 呆れたようにキアーラ。俺も言わないけど、不安になった。どんなものかも分からないのに、危ないんじゃないの、それ。

 しかし、アーシュラは心配する俺たちはお構いなしに、話を続ける。


「ここ。腹の部分にね、回路が集約されているみたいなんだけど――」


 アーシュラは、ナックルダスターを指差す。横長の楕円の上に、四つの円を並べた形。厚みは、男の指の第二関節と第三関節の間の長さの半分を覆うほど。だが、問題となるのは拳を覆うほうじゃなく、握るほうなのだそうだ。


 オーパーツは、ざっくり言うと、電池となる結晶を配置する『エネルギー供給部』、そのエネルギーを別のエネルギーに変換する『変換部』、変換エネルギーを何らかの形で外に出す『出力部』、そしてそれらを繋ぐ『回路』で構成されているという。

 例えば、俺の持つ《ムーンウォーク》。結晶が埋められた踵部分が『供給部』。それから回路を通って、靴底の中央部分に薄っぺらく『変換部』があり、そこで結晶から抽出されたエネルギーが反重力作用のエネルギーに変換される。そして、変換部に重なるように設けられた靴底が『出力部』でそのエネルギーが打ち出され、晴れて俺は人外染みた跳躍力を手に入れるというわけだ。

 因みに、オーパーツがここまで解析されてもなお〝未知〟とされている理由は、オープライトから出るエネルギーの正体と、変換部の変換作用が理解されていないからである。


 それで、ナックルの話に戻るが、アーシュラがナックルをX線で透過して見た結果、長楕円形の握り部分の外縁部――ちょうど掌が当たる部分に、出力部や変換部とは違う何かがあることが判ったのだという。通常のオーパーツの構造で考えると、ここが供給部……のはず。だが、X線で見てもオープライトらしきものはなかった。

 その代わり、その部分は押圧すると僅かに凹むのだという。そこを押すと、空気弾が出るのだそうだ。


「なら、圧電圧みたいな原理じゃないの?」


 肩を竦めつつキアーラは指摘するが。


「私もそう思ったのだけれどね。でも、これスイッチの働きをしてるような気がするのよ」

「スイッチ? じゃあ動力は」

「だから、オープライトを使って調べてみたいの」


 アーシュラの言に納得したらしく、キアーラは立ち上がると向かいの棚を漁った。小さな透明の石――オープライトを出して、アーシュラに渡す。オープライトを受け取ったアーシュラは、軽く礼を言ってすぐに外に出ていった。俺のことなんか構いもしない。寂しい。


「それで?」


 アーシュラの素っ気なさは置いておいて、O監のデータベースの話に頭を切り替える。怪しい記録があったって話だったけど。

 既に目的のデータを引っ張り出していたらしく、キアーラは画面を指差した。


「犯罪じゃなくて、事故のだけど。記録が短すぎるの」


 どれどれ、と画面を覗き込む。


「発掘現場での爆発事故……」


 キアーラからマウスを借りて、スクロールする。

 それは、七年前にシャル島の南にある『トロエフ遺跡』で起こったという事故だった。

 トロエフ遺跡といえば、オーパーツが発掘された遺跡として有名だ。現在は、警備課の警備の下、オーパーツ研究所が管理している。

 その遺跡の一角で、ある研究チームがオーパーツの発掘に乗り出していたそうなのだが――ある日、何かのオーパーツを発掘した場所が、爆発したのだという。

 その報告書には、『ガス爆発などの可能性は低く、原因は高確率でオーパーツである』とだけ記載され、あとはもう犠牲者の名前が連ねられているだけだった。


「……これだけ?」


 爆発原因は間違いなくオーパーツで、さらに死者を多数も出しておいて、概要しか書かれていない。


「事故まで起きたっつーのに、どんなオーパーツが発掘されたのかとか何も書かれていないのか。だから結晶なしが関わっている可能性もあるかもしれないってこと?」

「そういうこと」

「完全否定はできないが……確実性もねーな」


 それはそうなのだけど、とキアーラは頷いたあと、俺の身体を押し退けてパソコンを操作し出した。


「気になることが一つ。この事故の唯一の生存者が、懲戒処分になってるの」


 その、生存者と思われる人物の名前が反転されて表示される。


「マーティアス・ロッシ、ね」

「彼の情報は、O研、O監どちらのデータベースからも抹消されていたわ。名前だけが残されているだけ」


 キアーラがご丁寧にもそのマーティアスとやらの名簿を引っ張り出してくれる。が、その在席記録には、顔や経歴、所属部署すらも書かれていなかった。眉根がみるみる寄っていく。どんな不祥事を起こしたのか知らないが、何もかも消去って、そんなことってあるのか?


「調べてみる?」


 伝手はあるわよ、とキアーラは言う。研究データを共有したりアドバイスを貰うのにってO研の知り合いがいるらしいから、そいつに訊いてみることはできるのだと。


「うーん……」


 果たして、これがその結晶なしのオーパーツにどれだけ関わるかが疑問なんだよな。

 マーティアスの名簿の前後にあった名前に目を向けてみるが、直上の人物は事故の犠牲者だった。下のほうはご存命・ご在籍らしいから、もしかすると情報は得られるかもしれないが……。

 一応当たってみる、のほうに天秤が揺らぎかけたとき、研究室の扉がまた開かれた。アーシュラだ。


「どうだった?」


 訊いてみると、アーシュラは満足そうに頷いた。


「使えたわ。だからおそらく、このオーパーツも他のオーパーツと同じエネルギーで動いている」

「でも、それは握り込むだけで使えるのでしょう?」


 キアーラの指摘に、アーシュラの顔が曇り出す。キアーラもなんだか反応が芳しくない。……なんだ? 何か問題があるのか?


「……キアーラ、オープライトの成分って……」


 不安そうに尋ねるアーシュラに対して、


「環状の有機物の中心にカルシウムかリンが配置されている等軸晶系の有機鉱物」


 淡々と機械的にキアーラが情報を読み上げる。話についていけない俺は、ただ黙って様子を見守るしかない。


「……この結晶がどうエネルギーを発生させるのかまだ全然分かってないけれど、これでますます分からなくなったわ。使用後の黒ずみもなんなのか、まだよく分かっていないし」


 オーパーツを使用すると、透明なオープライトは黒く濁り出す。そしていずれ使えなくなる。ここもまた電池みたいだな。そんなオープライトがどうして変色するのか、というところについては、オープライトの作るエネルギーと同様解っていないんだが……。


「共通しているのは、組成物、か……」


 ぼそり、とキアーラは呟く。共通って、何と?

 何かを見透かすように目を細めてしばらく考え込んでいたキアーラは、突然身体を反転させて、パソコン前に貼り付いていた俺を突き飛ばした。


「どうした?」


 よたよた、と二、三歩後退して場所を譲って、俺。


「用事。追放者については、また今度」


 それだけ答えて、キーボードを打つのに集中するキアーラ。どうやら誰かにメールを打っているようだ。

 視線を上げると、苦笑したアーシュラと目が合った。


「……また来るよ」


 扉の方へと移動する。


「ええ。夜にね」


 小さく手を振って応えてくれるアーシュラ。キアーラも席で軽く手を上げてくれている。


「じゃあなぁ」


 追放処分のロッシさんとやらについては、また今度。昔のことはさておいて、とりあえずまたワット少年のほう、当たってみますか。

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