第2日-1 バルト署へ

 翌朝。一度局に出勤して時間を潰してから、バルトの警察署へ向かう。

 シャルトルトは規模の大きい都市だ。今や政経の中心になったシャルトルト・セントラルは、近代化が特に進んでいて、アスファルトとビル群ばかりの区画になっている。時折ビルの合間からシャル山が見えて、それでようやくこの街が小島の一角であることを思い出す。

 だが、それも島の西側を周遊する鉄道に乗り北上すると、三十分もしないうちに、レトロな雰囲気の寂れた鉄筋コンクリートの街並みが見えてくる。現在は旧市街とも呼ばれるバルト区。中央区セントラルの出現によって時代に取り残された、かつてのシャルトルトの中心街だ。

 シャルトルトに警察署と呼べるものは、二つ。一つは中央区セントラルにある中央署。もう一つはバルト区の真ん中にあるバルト警察署。俺が向かうのは、バルト警察署だ。ワット少年を捕まえた商店街は、このバルト署の管轄にあるからな。


 バスと乗用車がすれ違うのがやっとな広さの通りで足を止め、束の間建物を見上げる。周囲に溶け込むように味気ない四角いデザインをしているくせに、入口に翳された屋根にどてんと飾られた警察のシンボルの自己主張が激しすぎて、相変わらず笑える。

 通りを渡って中へ。受付で、昨日連絡したリルガですけど、と名乗れば、受付のおねーさんはすぐに担当者を呼び出してくれた。あちらでお待ち下さい、とソファーを勧められる。

 三列あるソファーのうち、なんとなく真ん中を選んで座り込む。背にもたれ、足を組ながら、建物の中を見回した。多少の模様替えはあれど昔と大して変わらない景色に口許を緩ませていると、目の前を通り抜けようとするベージュ色のロングコートの男に気がついた。

 こちらの視線に気がついたのか、ヤツのほうもこちらを向く。


「――よう、グラハム」


 そいつは気さくに手を挙げて、俺の前までやってきた。


「よう、グレン」


 こちらも同じく手を挙げて、そいつの掌に思いっきり自分のを打ち付けてやった。

 グレン・グリッター。ブロンドの前髪を逆立てた刑事は、警察学校のときから付き合いのある俺の同期だ。


「どうした。再就職か?」

「馬鹿言ってるよ。少年課に用事があってね」

「少年課?」


 眉間に皺が寄る。

 昔は俺と一緒に強行犯を追っていたグレンは、今も刑事課。昔のよしみでたまーに俺の仕事に協力してもらっているのだが、ワットくんの件は別の部署の案件だったため、今回ばかりは知らないようだ。


 ――そう。今でこそ俺は、オーパーツを専門に追っているが、昔はただの警察官だった。このバルト署で刑事の一人として、旧市街にあるスラムの犯罪者をしょっぴいていた。

 が、六年前、オーパーツの事件に関わったのをきっかけに、オーパーツ監理局に引き抜かれた。それからはO監の捜査官として、活躍しているっていうわけだ。


「へえー、珍しいこともあるもんだ」


 こっちからO監に連絡するなんて、とグレン。


「なんだよー、まるで腫れ物扱いじゃん」

「みたい、じゃなくて、実際そうだろうがよ。知ってんだろ」

「まあな」


 今更ながら説明すると、オーパーツ監理局は、位置づけとしては警察の派生組織だ。だが、一般の警察官よりは特殊な権限を有していて、大雑把に力関係を言うならば、こちらのほうが上。ざっくりと言ってしまうと、こちらが協力を〝お願い〟すれば、警察は〝快く〟応じてくれることになっている。

 だから、まあ……O監と警察の関係性は、実のところあんまり良くない。O監は警察側の事情を考えず、ズカズカと踏み込んで好き勝手していくからな。控えめに言っても迷惑な存在に違いない。


「でも、その割にお前さん、助けてくれるよね」


 まあ同期だからな、と顔を背ける照れ屋さん。意外にお人好しでね、こいつは。それに俺は付け込んじゃって、度々協力をお願いしちゃっているわけです。


「お陰で俺は、O監の回し者扱いされてるよ」

「そりゃすまん」

「軽い!」


 でも、悪いと思っているのは本当よ? 真面目に謝るとお互い気まずくなるのが分かっているから、言わないけど。


「今度、メシでも奢るよ」

「じゃ、アルタシアのフルコース」

「え、高ーい」


 セントラルの高級料理店じゃん。お料理の値段もそうだが、男連れで行くようなところじゃない。

 ま、甘んじて引き受けますけれども。

 

 グレンは仕事があるから、と去っていった。

 退屈になったので、早く担当者来ないかな、なんて天井を見上げていれば、今度は見知らぬお姉さんがやってきた。黒いパンツスーツをびしっと着こなし、長い髪を後ろで一つに括って清潔感を漂わせつつ、如何にもできる大人って感じ。


「バルト署生活安全部少年犯罪対策課、エミリー・レインリット巡査長です」

「オーパーツ監理局監理部捜査課、グラハム・リルガ捜査官です」


 お互いにびしり、と敬礼を決めて挨拶を交わす。うん、やっぱり知らない人だな。俺が抜けた後六年の間に配属されたんだろう。


「ワット・ネルソンから話を訊きたいとのことでしたね」


 そうしてレインリットさんは眉を下げた。


「はじめに言っておきますが、彼は素直に応じる子ではありませんよ」

「やっぱりひねくれもんですか」

「ええ、相当に」


 レインリットさんは憂い顔で頬に手を当てて溜め息を吐いた。口振りからして、ワット少年のことはそれなりに知っているみたいだ。


「もともと素行は悪かったのです。こちらで何度かお世話することもあったのですが……聞かなくて」


 事前に見た資料によると、ワット少年は裕福な家で育ったらしい。住まいはシャルトルト都市の最南端にあるニュータウン。父親はシャルトルトに君臨する大企業オーラス鉱業の重役。恵まれた環境で育っているように思えるんだが、住心地の良い南からわざわざバルトに北上して入り浸っていたっていうんだから、相当荒んでいるんだろうな。


「数ヶ月前にはとうとう両親に勘当もされてしまったらしく」

「それで窃盗ですか」


 さあ、とレインリットさんは暗い表情で肩を竦めた。これはずいぶんとワット少年に苦労させられたんだろうな。


「ともあれ、取り調べですね。今からご案内します」


 レインリットさんは俺を丁寧に促し、取調室に連れていってくれた。O監は大概嫌われ者だから、こういう扱いはちょっと新鮮。


 バルト署は古い建物だから、リノリウムの廊下を歩いているだけでも妙な薄暗さと埃っぽさが目につく。夜に歩いたらお化けが出てきそうで怖いかもな。真新しく近代的な監理局の建物に慣れた俺には、いろいろと不安を覚える場所だ。

 そして、そんなところにある取調室は、判を押したように暗く簡素な雰囲気の部屋だ。簡素な机がど真ん中にあって、格子の嵌った窓側にパイプ椅子に座ったワットくんがいる。部屋の角には調書を書いてくれる記録担当用の机。そして、取調べの様子が側面から見える位置には、マジックミラーがある。


「あ、てめぇ、この野郎! 俺のナックル返せ!」


 ワットくんは、入ってきた俺の顔を見るなり腰を浮かした。


「返しません。オーパーツは例外なく政府管理と決まってるの」

「人に貰ったもんも取り上げるってーのかよ! 横暴だぞ、警察官!」


 厳密には警察官じゃないんだけど、と肩を竦めるが、まあ良いか。O監が警察の派生組織だから、と一緒くたにされることは良くあることだし。

 よっこいしょ、とワットくんの対面に座る。


「何を言われたって、決まりは決まり。どんなに正当な手段で手に入れたって、オーパーツに関しては、所持することそのものが違法なんだよ。――ていうか、貰ったんだ?」


 口を滑らせたことに気付いたのか、ワットくんは腰を下ろし、ぐっと押し黙る。


「誰に貰ったの? そこんとこ教えてもらいたいなー」

「てめぇに喋ることなんざねぇよ」

「義理立てするような人物ってこと? ますます気になってきた」


 そっぽを向いて、口を引き結んで、目を泳がせて。分かりやすい反応が実に面白い。


「じゃあ、別の質問。お前以外にオーパーツ貰った奴っているの?」

「喋ることはねぇっつってんだろ!」


 机をどん、と叩き、吠える。今度は威嚇。ほんっと分かりやすいな。


「これ以上はモクヒさせてもらう。俺を喋らせたかったら、ベンゴシ呼んでくるんだな!」

「お前、また刑事ドラマの受け売りみたいなことを……」


 頭を抱える。ここまで来るとむしろ白けるっていうか――なんと頭の悪い台詞。呆れて物が言えないとはこのことかなー。

 さてと、どうしようか。分かりやすい性格のようだから、揺さぶれば何か落ちてきそうな気はする。が、揺さぶるにも切り札カードが足りない。かといって、強気に攻めたところで、そう簡単に口を開くとも思えないし……。


「私からも質問したいんだけど」


 出入口の扉を塞ぐように立っていたレインリットさんが、俺の隣に立った。


「この件、アスタは知っているの?」


 アスタ? って誰だ? じっと黙って様子を窺う。途端、ワットくんは気味が悪いほどニヤニヤと笑い出して――


「さあなぁ? 俺は知らねーよ。今あいつらが何して金稼いでいるかなんてさ。なんたって俺、二ヶ月くらい前にあいつんとこ出てってるしさぁ」


 なんだ? こいつ、黙秘するとか言いながら、急に様子が変わりやがった。しかもにまで答えて。そこに何かあるんだろうが……さて、これはどう受け止めるべきだろうか。


 その後、何を聞いてもワットは喋らなかった。

 諦めて俺たちは取調室を出る。


「アスタっていうのは?」


 部屋を出てすぐ、俺はレインリットさんに尋ねた。そのアスタって奴が非常に気に掛かる。


「彼が身を置いていた、愚連隊のリーダーです」


 愚連隊――いわゆる不良グループ、か。


「愚連隊といっても悪さをしているわけではなく、どちらかというと行き場のない子供たちが身を寄せ合っているようなものなのですけれど」


 その結果、そんなグループみたいになったってことだな。そこにワットくんも身を置いていた、と。

 行き場のない、ねぇ。ワットくんもそうだったのかしら。親に勘当されたっていうくらいなんだから、あながち間違いじゃないんだろうが、今会った様子からしてなんとなく〝身の置き所がなくて誰かを頼る〟っていうイメージがあいつにはない。

 そのことをレインリットさんに言ってみれば、彼女も頷いた。


「その子たちとは折り合いが悪く……本人も先ほど言っていたように、二ヶ月前に決別したと言っていました」


 二ヶ月前に決別、ねぇ。親父さんに勘当された時期と被るか。その頃に何か心境の変化があるのかな?

 さっきの〝アスタくん〟についても気になるし……。


「そいつに会えませんかね?」


 なんて持ちかけてみれば、レインリットさんは快く案内をかって出てくれた。

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